小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 一気にイメージの変わった髪型は予備校で注目を集めた。教職員だけでなく、生徒の中でも噂は広まったらしく、その多くは失恋説だった。確かに高橋に失恋したと言えば失恋したのだが、別になにがあった訳でもなく、一方的に聡美が淡い恋心を持ち、そしてたまたま高橋がゲイだっただけの話なのだ。
 誰も髪を切った理由など聞いてはこなかったが、もし聞かれたら「気分転換」と言うつもりだった。
 聡美の仕事の範囲は徐々に増えつつあった。副教材作りで入ったはずだったが、今では出欠管理や成績の集計、保護者へのDM発送など忙しさは増す一方だった。
 そんなある日高橋から昼食に誘われた。珍しく外に食べに行こうというので、何か重大な話しなのだろう。聡美は(もしかしてクビ?)といぶかしく思いながらついて行くと、ちょっと高級な寿司屋だった。お寿司は食べたいがこんな状況なら近所のラーメン屋で餃子セットを食べた方が落ち着くに決まってる。
 すでに予約してあったらしく個室に通された。
 高橋は
「あんまり時間をとってる訳にもいかないけど、大事な話だから落ち着いて聞いてね」
と、慎重に話し始めた。
「今の予備校って親会社があるのは知ってるよね。で、関連会社にWebデザイン専門学校があるのも知ってるよね」
「はい」
と、聡美が答えたところでちょっと豪華な料理が運ばれてきた。
「実は聡美さんの仕事ぶりなんだけど、評判がいいんだよね。バイトの時間を増やせないかと言う声もあるくらいなんよ。そこで訊いてみたいんだけど卒業したらどうするの?」
 聡美は高橋から卒業後の話が出るとは思っていなかった。しかもまだ三年生だ。思案のしどころではあるはあるが高橋になら何でも話せそうな気がする。
「以前、レオナさんと会ってからいろいろ考えたんです。就職することができるんだろうか?って。もしできないのなら、無理に就活しても意味がないし、その分アルバイトに時間を費やして、お金貯めて資格とって自営業しかないのかも知れないなぁとか。」
 高橋が目の前のお寿司のコースを食べ始めたので聡美を手をつけはじめた。
「でも、まだ全然具体的じゃないんです。迷っている。戸惑っているって言う感じです」
と、正直な気持ちを伝えた。
「そうだよね。もっともだね。そこでちょっと相談なんだけど、四年になって就活するかどうか分からない訳だよね」
「はい。するかも知れなし、しないかもしません」
「これは聡美さんが判断することなんだけど、うちにこない?」
 聡美にはとっさに何を言っているのか分からなかった。そんな聡美に高橋は続けた。
「就活する時間を全部うちに預けてほしいんだよね。さっき言ったように評価が高いんだよ。知っての通り事務所の中はごった返しているし。来年度からは専門学校にももっと力を入れるから事務所は一部専門学校の事務作業も入ることになった。立場としてアルバイトでこんなことをお願いするわけにもいかないでしょ。だから来年から契約社員でやってもらえないかってことなんだよ。もちろん授業は出てもらわないと困るから契約書にはそれは明記するから、毎日朝から夜まで仕事すると言う訳じゃない。ただし、責任は増える。給料は時給換算すると一割以上増える」
 高橋はそこまで一気に話した。
 寝耳に水とはまさにこのことである。せいぜい(卒業後もアルバイトで使ってください)とお願いすることもあるかも知れないとは思ってはいたが、突然、契約社員の話しなのだ。
「とてもありがたい話しなんですが、なんだかびっくりしちゃってなんて言っていいか・・・」
「それはそうだよね。でも、働きながら大学に行っちゃいけないなんてことはないし、学生起業家なんてざらにいるんだから悪い話しじゃないと思うよ。で、ここから先は僕の希望的な予測なんだけど、契約社員でうまくいけば正社員も見えてくんじゃないかな。というのはね、今は一般事務をやってもらっているけど、会社の内部情報にタッチする必要が出てくるんだよね。そうなると契約社員という身分だと仕事にならなくなってくる。何年先かなんて言えないけど、がんばりしだいでは正社員になれる可能性もある」
 聡美は高橋の言う言葉に気をとられて食事にほとんど手をつけていなかった。
 高橋は
「今日の話しはここまでなんだ。いい返事を期待しているからね。さぁ、食べよう」
と、言ってくれた。

-67-
Copyright ©高岡みなみ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える