小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 十一月に入った頃に、母親から電話があった。話しは唐突に始まった。
「聡、実はねぇ、性同一性障害の勉強会みたいな催しがあって行ってみたのよ。全部で二十人くらいの方がいらしたかな。色んな人がいらしたわ。あなたみたいな人って結構大勢いらっしゃるのね。」
「うん」
「ぐるっと見回したけど、あなたよりかわいい人はいなかったわ」
と、母はお世辞とも本当のこととも分からない口調で続けた。そして、
「当事者の方がほとんどで私みたいに親がしゃしゃり出ていくような場所じゃなかったみたいだけど、主催者の方々は気を遣ってくれて、二次会も誘ってくださった」
「うん」
「でもねぇ、二次会で何人かの当事者の方とお話ししたけど、妙な感じがしたのよ。中には、この人病んでるなぁ、って感じた人もいたし。もちろん、中には、社会で立派にお仕事についてがんばっていらっしゃる方もいたわ。どんな社会でも、がんばっている人とそうでない人っているのね。自立できないことの理由ばかり言って(逃げているだけなんじゃないか)と腹の立つ人もいたし」
「うん」
「そこで見えてきたのが多くの人が躰を変えたいと望んでいるってことだったのよ。聡、あなたもそう考えているの?」
 聡美は電話口の向こうの母を思い浮かべながら
「・・うん。実はそう考えてる。金銭的にも大きなことだし、躰へのリスクや、もう絶対に元に戻れなくなることも分かっているんだけど、私は、躰を変えないと乗り越えなられない何かがあるような気がする。せっかく健康に生んでくれたのに本当に申し訳ないんだけど、私はいつか手術をうけるつもり」
と、言った。
 母親は
「私が行った勉強会でも、かたくなに躰さえ変えれば何とかなると信じている人もいたわ。外見上どう見ても男の人が女装しているとしか見えない人もとても多くて、そういう人も手術を口にするのよ。正直なところ、この人たちが手術して、これからさきの人生をやっていけるのか不安だった」
と、言った。そして母親は続けた。
「人生は長いわ。若いうちはいいかもしれない。でも五十になり六十になり高齢になっても手術したという事実は残るのよ。今のあなたにそんな将来の自分自身に責任を持てるの?」
 聡美は歳を重ねたときどうなるかはあまり考えていない。今で精一杯で、そこまで気が回らないというのが現状だ。
 母親はさらに続けた。
「様々な人がいろいろな考え方や感じ方をしていたわ。誰一人として聡と全く同じという人はいなかった。中には権利の主張を繰り返し訴える人もいたわ。でも、その前にやるべきことがあるのではないのかしら。それが何かは分からないが、生きているというと言うことを確信できるような何かを得るような何かをしておかないと行き詰まるんじゃないかしら」
 聡美は、静かに「そうかもしれない」と言うのが精一杯だった。
「今の聡にそれがあるの?お父さんはまだ怒って話にならないだろうから、お母さんも一緒に考えるから、聡も考えましょう」
 聡美の頬に涙が流れてきた。
「お父さんは相変わらず怒ってばかりいるから当面帰ってこれないと思ったほうがいいわね。でも、仕送りは続けるから卒業だけはしなさいね。就職はしばらくあるから何か考えましょう」
 聡美は先日高橋から契約社員の誘いを受けた話を涙声ですると、母親は
「いい話ね。聡ががんばったからね。その話はお母さんは賛成よ。やってみるだけやってみればいいわ。お父さんにはそれとなく話しておくね」
と、賛成してくれた。
「今にして思えば、あなたは小さい頃から女の子と遊んでたね。でも、そのときはこんなことになるなんて思いもよらなかった。あなたを女の子に生んでやれなくてごめんね。せめて普通の男の子にでも、生んであげていればこんな苦労はしなかったわ」
 母親は涙声で続けた。
「これから先は茨の道しかないわ。でも、これだけは分かっていてほしい。あなたの周りには味方しかいないのよ。敵なんて存在しない。社会がどうこう言ってもそれはあなたの中で解決すべき問題で社会のせいにしちゃダメ」

聡美はただ泣きじゃくりながら聞いているしかなかった。

−−−完

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