小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 空は今にも降り出しそうに厚い雲が覆っていた。外の湿気が這うように部屋に流れてくるような気がした。聡美は缶ビールを片手に掃除機をかけていた。いつの間にか増えてきた小物をバスケットに放り込んで、そのバスケットをベッドの上に置いた。バスケットの中はパステル系の明るい色で満ちている。少女趣味と言えば確かに少女趣味だが、新しく買う物はどうしても明るい色を選んでしまう。そして、まとまりのない色が満ちてしまう。
 聡美は模様替えを考えていた。これまでの自分を捨てる意味でも家具やカーテンと言った大物も含めて、これまでと違う雰囲気の部屋にしたかった。聡美は掃除機をかけながら家具の配置に思いを巡らせていたのだ。スチールの本棚にぎっしり詰まった本も見えないように隠したいし、第一、本棚がスチールである事がすでに気に入らない。捨ててしまいたい物がたくさんあった。聡美は(いつか大掃除をしなくては)と思いながら、なかなかまとまった時間が作れずにいた。別に急ぐ事ではないのだが、だらだらと過去の自分を引きずっているのが、どこか汚れているような気がした。
 ガス台を磨いていると不意に電話が鳴った。つけていたFMを切り、聡美として電話に出ると妹の奈津美だった。
 奈津美は
「やっぱり、本当だったんだ」
と、攻撃的な声で言った。聡美が返事しないでいると奈津美は
「昨日、友達から、お兄さんおかしいよって聞いたから電話したんだけど、いったいどうなってるの?」
と、言った。聡美は、聡に戻り
「いや、それは、いろいろあって」
と、答えたが声が震えているのが自分でも分かった。
 奈津美は
「無理なくてもいいよ。声が裏がえってるじゃん」
と、あきれたように言った。
 聡美は、無理をしながら話しても、(どうせばれているのなら、自然に話そう)と思い、聡美として言った。
「お友達ってどういってたの」
「うん、お兄さんがおかまっぽくなってるって、その子はお姉さんから、聞いたらしくて、昨日私に話してくれたの」
「それで、奈津美は、なんて答えたの?」
「うん、訊いてみるって言ったの。でも、それより、なんかその言葉づかいやめてくれない。誰と話してるか、分かんなくなっちゃいそう」
「そうだよね。奈津美にすれば、突然、全然違う人が出てきたみたいのもんだもんね」
「そうだよ。今までのお兄ちゃんはどこにいるのって感じだよ」
「うん、ごめんね。いなくなったわけじゃないけど、いろいろ考える事がいっぱいあって、こうなってんのよね」
「そのいろいろって何?」
「うん、話すと長いし、分かってもらえないと思う」
「今でも、十分、分かんないから、多少の事じゃびっくりしないと思うけど……。長くなりそうね。明日、そっちに泊まりに行っていい?」
「うん、全然平気。一緒に晩御飯でもしようね」
「じゃ、その時にその『いろいろ』って言うのを聞かせてね」

 奈津美は一つ下の妹だった。成績がよく、八王子にある大学に現役で合格した。自由奔放に育ってきて、物事をはっきりというタイプだった。奈津美が受験に成功したした時、同じアパートに住もうかという話もあったが、すでに、玲子が頻繁に来ていたので、聡美の方が嫌がった。母親は、うすうす勘づいていたようだったが、「二人だとあまり仕送りも多くできないから、節約してね」とだけ言ってた。父親の方は「留年だけはしなければいい」という程度だった。
 奈津美はアパートを探す時、中央線でしかも吉祥寺にこだわった。しかし家賃の事を考えると、どうしても無理があり、結局、武蔵境に住む事で妥協した。
 奈津美との電話の後、聡美は、はたしてどう説明したらいいか、思いを巡らせていた。特に、これといって第三者に明確に説明できるような物は何もなかった。奈津美にどうしても理解してほしいとも思わないし、理解してもらえるとも思えなかった。自分自身も(今やっている事が正しい)なんて断言できない。むしろ、このままじゃすまないなあ、という、漠然とした不安があった。

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