小説『魔法少女リリカルなのは 〜俺にできること〜』
作者:ASTERU()

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111. チームプレイ









  「ずるい、ずるい、ずるいぞ! なんで僕らだけ仲間外れなんだよ!」

  「ふん、所詮は鴉の下っ端! とうとう我の圧倒的な力を前に、恐れをなしたか!」



 場所は訓練スペース。
 フィールドの使用は乱立するビル群。
 現在は早朝訓練の真っ最中である。

 コンクリートで舗装された道路の上では新人たちが荒い息をつきながら直立不動の姿勢をとり、
 しかし、彼らの視線は一か所に固定され、表情は呆れや苦笑など様々。
 視線の先にいたのは、不機嫌顔で文句を垂れているディアーチェとレヴィ。
 そんな二人に、疲れた様に溜息を零すホタルとシュテル。
 そして、両足に着けた桜色の魔力フィンで宙空に浮き、困ったような表情をしているなのはだった。

 六課の運用が始まってから、二週間が経過しようとしていた。
 皆が六課での生活に慣れ始めたが、出動などはないため、平和の時間が過ぎていた。
 しかし、新人フォワードの皆は毎日忙しい日々を送っていた。

 なのは指導の元、朝から晩まで訓練漬け。
 それも、体力向上を目的とした基礎訓練が中心の、訓練としてはまだまだ最初の段階だ。

 そのため、最初のうちは殆ど訓練には参加していなかったホタルだったが、
 今では積極的に訓練に参加する様になっていた。
 ホタルにとってはあまりためにはならない基礎訓練。
 しかし、自身と同等の力を持つ者達が研鑽している姿は、良い意味でホタルに刺激を与える。
 お世辞にも交友関係が広いとは言えないホタルにとって、
 新人たちと一緒の時間を過ごすというのは、それだけで価値のあるモノなのだ。
 
 しかし、ホタルの戦い方故に、必然的に三人小娘も訓練に参加することになる。
 といっても、出番が来るまではそれぞれ自由に時を過ごすという形でだが。

 時々はホタルと一緒に訓練に参加しているが、基本的に本能の赴くままに行動しているレヴィ。
 そんなレヴィの世話を焼きつつ、コーヒーの配合研究や読書などの趣味に勤しむディアーチェ。
 暴走列車のレヴィのブレーキ役や天邪鬼なディアーチェのフォローを行う苦労人のシュテル。
 
 基本的に三人は一緒に行動し、ホタルが頼めば駆けつけるというのが、彼女たちの日常。
 今日もホタルに呼ばれて訓練を行ったのだが、ちょっとした問題が発生した。

 早朝訓練の仕上げということで、対魔導師戦で処理や回避の困難な自動追尾弾、
 思念操作弾への対応を覚えることを目的とした訓練――シュートイベーションを行うことになったのだが、
 なのはがこの訓練に三人小娘を参加させることを許可しなかったのだ。
 そこで、冒頭のような事態となったワケである。
 しかし、なのはの言いたいことは分からないでもない。

 三人小娘と一緒に戦った際のホタルの魔導師ランクは、少なくともAAはあるだろう。
 新人たちの平均がBランク前後の中、そんな突出した実力の者が居ては訓練にならない。
 ホタル自身の実力はAランク相当のため、バランス的にちょうど良いのだ。
 
 シュテルはそのことを理解している様で、時に何も言わなかったのだが、
 ディアーチェとレヴィが全く引こうとしない。
 デバイス化して自身の力をフルに使えることは、彼女たちにとっては楽しみでもあるのだ。

 

  『――なのは。 何かあったか?』

  「あっ、ユウ君。 えっとね……」



 どうしようか悩んでいたなのはの前に現れたモニターに映ったのは、
 少し離れた所から訓練を覗いているユウ。
 表向きには民間からの協力という形で六課に所属しているため、何時も時間を持て余している。

 しかし、ユウのモットーは“働かざる者食うべからず”。
 過去の経験からそのことを痛感しているユウは、普段は隊員やスタッフの手伝いをしている。
 事務仕事は機密等の関係上こなせないが、今まで多種多様な仕事を経験してきたため文句なしの即戦力。
 この二週間で様々な所から頼りにされる存在になっていた。
 そして、こうして空いてる時間は大抵、訓練を覗きにきているというワケだ。

 ちなみに、なのはは当初、ユウに見られていることを意識してか、
 良く訓練中にポカをやらかしていたのだが、人とは環境に慣れる生き物。
 今ではこの通り普通に対応できるほどまでに成長していた。
 傍から見れば些細なことかもしれないが、なのはにとっては大きな進歩なのである。

 なのはは今の状況を簡単に説明。
 ユウは暫し思案顔になるが、口の端を僅かに持ち上げると、回線を一旦遮断。
 一分後、皆の前にモニター越しに現れたユウを見て、ディアーチェが眼を見開いた。



  「なっ!? 貴様、何を――!」

  『ン? イヤ、何って見りゃ分かんだろ。 たまには豆汁も悪くねぇかなって思ってな』

  「そうではない!! 何故我の道具を持ち出しておるのだ!!」

  『茶菓子あんだけど、レヴィも食うか?』

  「食う!」

  「我の話を聞――って、こら!? 待たんか、レヴィ!!」



 ディアーチェのコーヒーセットでコーヒーを沸かしつつ、木彫りの茶菓子入れを見せびらかす。
 自身の持ち物を許可なく使われたことに憤慨するディアーチェは、
 甘いお菓子がたくさん詰まった茶菓子入れ以外眼に映ってないレヴィと共に、
 離れたビルの屋上からニヤニヤしながら自分達を見下ろしているだろうユウの元に直行していった。



  『つーワケで、始めちまって良いぞ』

  「あ、ありがと、ユウ君」

  『お前らも訓練頑張れよ。 コレが終われば甘いモンが待ってるぞ』

  「「「はい!!!」」」

  「何で急に元気になってのよ……」

  「仕方がない。 それが自然の摂理」

  「どんな摂理よ!? ってか、どんだけスケールでかいのよ!?」



 力強く返事をするスバルとエリオとキャロ。
 さも当然のように言葉を漏らしながら賛同するホタルに、ティアナ渾身のツッコミが炸裂した。
 さっきまでバテバテだった癖に、お菓子如きで元気を取り戻すとは、大変現金な奴らだ。



  「ありがとうございます、ユウ。 それと、私の分の紅茶、お願いしてもよろしいでしょうか?」

  『了〜解。 でも、早く来ねぇとレヴィに全部食い尽されるぞ』

  「それは由々しき事態ですね。 では皆さん、訓練頑張ってください」



 三人小娘の中で唯一飛行魔法を行えるシュテルは、
 フワフワと浮きながらユウのいる屋上目指して飛んでいった。



  「……よし! それじゃ、皆。 早朝訓練のラスト一本、始めよっか!」

  「「「「はい!」」」」

  「ん」

  「キュ〜!」



 シュテルが無事、ビルの屋上に着いたのを見届けたなのはは正面に向き直り、
 凛々しい声と共に、皆に気合を入れ直す。



  「じゃあ、シュートイベーションをやるよ。 レイジングハート!」

  『―――アクセルシューター』



 魔法陣の展開と共に、なのはの周囲に十を超える魔力弾が現れ、桜色の軌跡を残しながら高速で移動する。
 シュテルの“パイロシューター”を見たことあるため、それほど驚きはしなかったが、
 まるで息をするようにコレだけの魔力弾を同時に遠隔操作するなのはの力量は、舌を巻くほどだった。



  「私の攻撃を、五分間被弾無しで回避しきるか、私にクリーンヒットを入れればクリア。
  誰か一人でも被弾したら……最初からやり直しだよ。 頑張っていこう!」



 万全な状態ならともかく、今は訓練の終盤のため、全員が疲労困憊の状態。
 何回も再挑戦するだけの体力など既に残されてはいない。



  「このボロボロ状態で、なのはさんの攻撃を五分間、捌き切る自信……ある?」



 正面を向いたままのティアナが確認の意味を込めて問うた質問。
 


  「ない!」

  「同じくです」

  「無理」

  「私もです」

  「キュ!」



 迷いなく即答。
 ティアナも無言のため、皆と同じ気持ちということだろう。
 


  「じゃ、なんとか一発入れるわよ!!
  指示は動きながら出すから、それ以外は各自の判断で動いて!!」

  『うん / はい / 了解 / 分かりました / キュウ』



 各々が構え、臨戦態勢を整えた。
 


  「準備はオッケーだね。 それじゃ……レディ・ゴー!!!」



 “アクセルシューター”の発射と共に、早朝最後の訓練がスタートした。



















 殺到する“アクセルシューター”を散開することで回避。
 なのはは周囲に魔力弾の待機させ、次の出方を窺っていた。

 しかし、相手の手の内は容易に読める。
 残り少ない体力を考慮し、この一回に全てを注ぎ込む短期決戦。
 
 ならば――――。



  「! ……来たね」



 空を遊泳する龍の様に、宙空に帯状魔法陣が展開し、スバルが雄たけびと共に接近。
 ホタルは“ウイングロード”を足場に、三次元的な動きをしながらなのはを翻弄。
 離れた所からは、ティアナが魔力弾を生成し、狙撃の構え。



  「―――アクセル!!」

  『―――スナイプショット』



 コマンドワードを唱えると同時に加速する魔力弾が、三人に目掛けて飛来。
 だが、魔力弾は三人の身体を貫通し、直後、その姿を消失。
 
 ティアナの幻術魔法“フェイク・シルエット”だ。
 


  「シルエットか……やるね、ティアナ!」

  「でぇりゃあああああああ!!!」



 なのはのすぐ傍を走る青い光。
 それと同時に、スピナーが唸りを上げながらスバルが突撃してきた。
 即座に障壁を展開し、防御をとる。

 桜色の火花が散り、その衝撃の強さを物語るが、なのはの障壁は堅牢にして絶対。
 この程度の攻撃ではビクともしない。
 


  「――ッ!?」



 こちらを睨みつけていたスバルが顔を上げ、素早く左右に視線を走らせた。
 先程放った魔力弾が向きを変え、三方向からスバルに襲いかかってきたのだ。
 だが、スバルの反応的確で早かった。

 ローラーブーツを逆回転させ、バックステップも合わせて後方に回避。
 


  「うん、 良い反応……?」



 教え子の好判断に感心したなのはだったが、怪訝な表情をする。
 バックステップで回避したスバルだったが、突如バランスを崩し、そのまま滑る様にして後退していった。
 
 油断大敵と言わんばかりに、先程回避に成功したと思っている魔力弾をスバルに向けて放った。



  「うわぁわわわ!? だ、誰か援護!?」



 スバルは悲鳴のような叫びを上げるが、魔力弾は無慈悲に迫っていく。
 迎撃しようにも、これは回避訓練。
 当たった時点でアウトのため、スバルお得意のクロスレンジでの打ち合いは出来ない。
 かといって、スバルの持ち技の中では数少ないミドルレンジの技の中では、
 “ソウハ”では威力が足りず、“リボルバーシュート”では間に合わないのだ。
 もう駄目かと諦めかけたスバルの元に、涼やかな声が響き渡る。



  「―――霊子障断!!」



 左から右へと駆け抜けていく光の壁。
 魔力弾はその壁と拮抗し、数秒間だけ動きを封じられてしまった。
 光の元を辿れば、ビルの屋上をホタルが素早い足運びで移動していた。

 スバルは隙をついて裏道に逃げ込むと、背後を振り返り、ホタルに感謝のジェスチャーを送る。
 ホタルは頷きで応答すると、そのままなのはに向けて駆け出していった。



  ――特攻? いや、コレは……!



 接近して来るホタルに身構えるなのはの死角から飛来する橙色の魔力弾。
 しかも、直射型ではなく誘導型。
 こちらも冷静に対応し、“アクセルシューター”を迎撃に回す。



  「我が乞うは、疾風の翼。 若き槍騎士に、駆け抜ける力……!」

  『―――ブーストアップ・アクセラレイション』



 肩越しに振り返れば、キャロが魔法の詠唱を終えていた。
 傍でベルカの魔法陣を展開しながら待機していたエリオのストラーダの矛先に桃色の光が宿る。 
 
 対象の機動力を強化するブースト魔法。
 スピードが持ち味のエリオとは相性抜群の魔法だ。
 
 エリオの足元の魔法陣がより一層輝きを放ち、
 ストラーダに設けられた二つの噴出口から漏れ出た黄色の魔力が迸った。

 空中で踊る様にティアナの誘導型魔力弾を回避し続けていたなのはは、
 二人に魔力弾を向かわせようとするが、上空から発せられる高熱に上を見上げた。
 太陽の中心から直接降ってきたかのような小さな火球の正体は、
 仲間を守らんとするフリードが放った“ブラストフレア”だ。

 なのはは魔力フィンを羽ばたかせて素早くスライドして回避。
 そのままエリオに向かって一直線に向かっていく。



  「――スバル、ホタル!! 今!!」



 ビルの窓から身を乗り出すティアナの合図。
 振り返った先で見たのは、砲弾のような勢いで真っ直ぐ飛んできたホタルと、
 その背後で大仰なフォロースルーをとっているスバル。

 なのはは驚愕からか、眼を見開いた。

 二人の現状から察するに、二人は合流した後、
 スバルがなのは目掛けてホタルをブン投げたということになる。
 確かにキャロと殆どサイズが変わらないため、一応可能ではあるが、普通やろうとは思わないだろう。
 あまりにも無茶苦茶で予測困難な行動。
 絶対にユウの影響を受けていると、なのはは頭を抱えたくなった。 
 
 

  「いっ……けええええええええ!!!」



 空気を震わすほどの爆発音。
 魔力噴出とブースト魔法で極限まで加速したエリオが、猛スピードで突進してきた。
 絶対的な威力を秘めた左右からの挟撃。
 避けられないと判断したなのははその場で留まり、防御の姿勢をとった。



  「必中必倒!!!」



 ホタルの右足に収束する白銀の光。
 空中でクルクルと回転し、遠心力とスピードを溜め込み、
 風切り音とマナの収束音が、甲高い独特のシンフォニーを奏でる。
 放つのは、今のホタルに出来る最高の一撃。



  『―――スピーアアングリフ』

  「―――クリティカルブレード!!!」



 解放された突撃槍と回し蹴り。
 放たれた二つの力はその威力を保ったまま、左右からなのはに襲いかかった。



















 ホタルとエリオが放った渾身の一撃によって発生した煙。
 煙から飛び出してきた二人はなんとか着地をとり、
 皆と一緒に徐々に晴れつつある煙へと視線を集中させていた。



  『――ミッション・コンプリート』

  「ふ〜……皆お疲れ。 合格だよ」



 煙の中から聞こえてきた機械音。
 遅れて響いたのは、溜め込んだ空気を履き出し、皆に向かって微笑みを向けるなのは。



  「えっ、でも……」

  「……届いたの?」



 そう、なのはに目立った外傷は見られない。
 そのことに疑問の声を上げる、最後になのはに攻撃を放ったホタルとエリオ。
 問いかけに答えるように、なのはは自身のバリアジャケット――左胸の部分を指し示した。



  「ほら。 ちゃんとバリアを抜いて、ジャケットまで届いたよ」
 


 指し示した場所に会ったのは、小さな焦げ跡。
 あれだけの攻撃を受けておいて、たったこれだけの損傷で済ますとは、あまりにも堅牢。
 あまりの凄さに、ただただ脱帽してしまう皆だった。



  「じゃあ、今朝は此処まで。 一旦集合しよ」



 なのはは地面に降りながらそう告げると、ホタルと新人たちは駆け足でなのはに駆け寄った。



  「さて、皆もチーム戦にだいぶ慣れてきたね」

  『ありがとうございます!』

  「キュクウ!」



 なのはは唯一返事をせずに、黙って自分を見上げているホタルに向き直る。
 今のなのはの表情は、悪戯をした子供を諌めようとするお姉さんのようだった。



  「でも、ホタル! あんな危ないことしちゃ駄目だよ!」

  「……何処が?」

  「最後の! スバルもだよ!」

  「はっ、はい! すいませんでした……」



 とぼけた様に小首を傾げるホタル。
 性格などはまるで違うが、何となくユウと似てるなと思ったなのは。
 無茶をしているという自覚がないところなどそっくりである。
 最も、ユウは意図的にとぼけている節があるが、ホタルの場合は間違いなく“素”だろう。

 ホタルはまだ納得いっていないようだったが、スバルと共に反省の色を示した。
 満足げに頷きつつ、なのははティアナに視線を移す。



  「ティアナの指揮も筋が通ってきたよ。 指揮官訓練受けてみる?」

  「い、いや、あの……戦闘訓練だけで、いっぱいいっぱいです」



 丁重に断るティアナの様子を見た新人たちは、皆苦笑いをした。
 ようやく訓練に慣れ始めたばかりなのに、此処で更に練習量が増えれば、
 とてもではないがついていけないだろう。
 


  「キュ? キュクル〜」

  「えっ? フリード、どうしたの?」

  「……焦げ臭い」

  「焦げ臭い……って、スバルさん!? 足、足!!」

  「へ……わっ、ヤバァ!?」



 臭いの正体は、どうやらスバルのローラーブーツが原因のようだ。
 見れば、煙だけでなく、僅かに漏れ出た電気が迸っていた。
 


  「しまったぁ……無茶させちゃったな……」

  「オーバーヒートかな? 後でメンテスタッフに見てもらお」

  「はい……」

  「ティアナのアンカーガンも、結構厳しい?」

  「あ、はい……騙し騙しです」



 スバルのローラーブーツにティアナのアンカーガン。
 実はこれ等のデバイスは訓練校時代から使っているモノで、結構の年季物なのだ。
 只でさえ型が古い年代物のため度々動作不良を起こし、六課で毎日行われている激しい訓練で、
 とうとう機体全体にガタがきてしまったようだ。

 先程の模擬戦でも、スバルがバランスを崩したのも、
 ティアナがスバルの援護を行えなかったのもこのためなのだ。



  「皆、訓練にも慣れてきたし、そろそろ実戦用の新デバイスに切り替えかなぁ……」



 なのはの言葉に、新人たちは暫し呆然とし、中々言葉の意味を呑み込むことが出来なかった。



















 早朝の訓練は終了し、三人小娘たちも合流して、訓練スペースを後にする。
 しかし、なのはは少しやることがあるので、後から行くとの事だった。
 各々が荷物を持ち、先程の模擬戦の反省点などを議論し合いながら訓練スペースを後にしていった。



  「ふぅ……」



 教え子たちの後ろ姿を見送ったなのはは、皆の姿が見えなくなると同時に溜息を零した。
 その表情に浮かぶのは、淡い微笑み。

 教え子たちの成長、そして先程の模擬戦。
 まだまだ教えることは山ほどあるが、確かな成長を感じさせる。
 教導をしていて最も幸せに感じる瞬間でもあった。

 いつかはこの部隊を離れ、新たな場所へと巣立っていく雛鳥たち。
 一緒にいられる時間は短いが、その分、今の自分に出来る最高の教導をしようと、
 改めて決意を露わにしたのだった。



  「――ッ……」



 僅かに顔を顰め、右手首を抑えるなのは。
 右手に嵌めているグローブ型のバリアジャケットを部分的に解除し、肌を晒す。
 彼女の手首は炎症を起こし、僅かに腫れあがっていた。
 
 しかし、顔を歪めたのは一瞬。
 自身の手首を一瞥し、そのまま訓練スペースを後にしようと歩き出した。



  「――シャマルにチクろっかなぁ……」

  「!!!」



 ビクリと震えた小さな肩。
 そのまま急いで振り返れば、ユウがツキヒメをぶら下げながらゆっくりと歩いてきていた。



  「アイツ、しばらく見ない間に小言ばっか言うようになったからな。
  医務室では素晴らしい時間が過ごせると思うぞ。 そう言うワケで、なのは。 達者でな〜」

  「それだけは止めて!?」



 口の端を僅かに持ち上げながらなのはの横を通り過ぎ、そのまま離れていく背中。
 なのはは懇願するような叫びと共に、ユウの正面に回り込んだ。



  「安心しろ。 匿名だから」

  「そう言う問題じゃないよ!?」

  「しょうがねぇな。 件名に“坂上ユウより”って書いといてやるよ」

  「結局報告するんじゃ変わらないよ!! あ、あの、ユウ君? この事は黙っててくれないかな……」



 左手を胸の前で握りしめ、更には長身のユウを上目遣いで見詰めるなのは。
 本人からしたら無自覚なんだろうが、そのポーズは“スターライトブレイカー”と遜色ない、
 文字通り一撃必殺の威力を宿した、断ることなど出来はしないお願いだと言えよう。
 次元世界中の男の殆どを瞬殺出来る仕草だったがしかし、ユウには全く効果はなかった。
 顔色一つ変えず、なのはの双眸を見詰め返す。

 怪我をしたから医務室を利用する。
 何もおかしなことではないし、誰が見ても普通の行為だ。
 シャマルも別に、なのはを咎めるようなことはまずしないだろう。
 なら何故、なのはは医務室に行こうとしなかったのか。
 
 それは怪我をした理由が、彼女にとって問題だからだ。
 
 模擬戦最後のホタルとエリオの挟撃。
 エリオの攻撃は予め注意を払っていたため余裕を持って防げたが、ホタルの攻撃への防御は咄嗟の判断。
 ホタルの一撃はクリーンヒットとは呼べないが、衝撃だけは届いていた、
 故に、障壁の展開が不十分だったことにより、突き出した右手首を痛めてしまったのだ。
 
 自尊心を守るための浅はかな行為。
 力を持つが故に、格下相手に手傷を負ったと知られれば、皆の笑い者になる。
 なのはのことを知らない者が見れば、傷を隠そうとした理由をそう捉えていたかもしれない。

 しかし、そうではないのだ。
 高町なのはという人物は自分のことよりも他人を心配する、馬鹿みたいにお人好しな奴だから。

 傷を負ったとなれば、傷を負わせた本人――ホタルが傷つく。
 傷を負ったのは自分の判断ミスが招いた、自らの失態のせいだから。
 だから、ホタルが気に病む必要なんてないんだ。

 ――なんてこと考えてんだろうなコイツと、ユウは思っていた。



  「……ったく、そういうとこは変わってろよ」



 なのはに聞こえぬよう、小声でそう呟くと、倉庫を出現させ、中から救急箱を取り出した。
 突然のユウの行動に首を傾げるなのはだったが、



  「え、えっ、ええ!?」

  「いいから、そのままじっとしてろ」



 ユウは突如、なのはの肘より先の部分を掴み、自分の元に引き寄せる。
 結果的になのはも引き寄せられることになり、なのはは至近距離からユウを見上げることになるワケで。
 状況が飲み込めずに、眼を白黒させて、急速に頬に朱が差していくが、
 ユウはなのはの腕しか見ておらず、彼女の変化には全く気づいていなかった。



  「ひびは……大丈夫だな。 軽い捻挫ってとこだろ」



 淡々と診断し、救急箱から湿布を取り出すと患部に張り付け、
 腫れた手首を更に捻らないよう、包帯で固定した。
 幼い頃から生傷が絶えなかったユウには、これぐらいの傷は日常茶飯事。
 手慣れた手付きで処置を施すと、救急箱を片づけ、倉庫に放り込んだ。



  「治癒魔法を使えばすぐに治るだろうが、なんでも魔法に頼るってのは好きじゃねぇんだ。
  だから、コレで勘弁してくれ。 二、三日もすりゃ腫れも治まんだろ」



 便利なモノに頼り過ぎれば、人間駄目になる。
 言外にそう言う意味が含まれた言葉。
 ミッドチルダと地球では、地球の方が文化レベルは下だが、
 ユウの生まれた次元世界の文化レベルは、地球よりも更に低い。
 それ故に、万能の力である魔法に、何かしら思うところがあるのだろう。

 人の手でも出来ることには、なるべく魔法を使わない。
 使ったとしても緊急事態の時か、誰かに頼まれた時ぐらいだ。
 屋上ダイブの時や倉庫は例外だが。
 それに、なのはの利き腕は左。
 日常生活を送る上では問題ないし、彼女の戦闘スタイルは射撃と砲撃が中心。
 あの程度の傷なら、あってない様なモノだ。



  「シャマルには黙っといてやるから、早く行こうぜ。 あんまり遅いとアイツらが心配するぞ」

  「…………」



 歩き出したユウは、正面をむいたまま話しだしたが、なのはからの返事はない。
 しかし、ちゃんと後ろを着いてきているようなので、特に気にせずに歩き出した。
 沈黙が二人の間に流れるが、別に知らない仲ではないため、嫌な感じのモノではない。
 だからユウは気付かない。

 なのははユウに手当てしてもらった包帯を宝物のように抑え、視線を落したまま俯いていることに。
 潤んだ瞳で、真っ赤な顔で、熱っぽい吐息で。
 
 先程ユウにした、上目遣いでのお願い。
 アレですら一撃必殺の威力を宿した、殆どの男がコロッと堕ちてしまいそうになる仕草だった。
 なのは本人に自覚はないが、彼女は一般人十人中十人が即答で綺麗だと言えるほどの容姿を持っている。
 よほど捻くれた者や特殊な趣味を持っている者でなければ、その評価は揺るがないだろう。

 だけど、今のなのはは、そんな奴らですら身惚れさせるほどの、異性を惹きつける状態。
 そしてそれは、今もなのはに背を向けているユウに対しても例外ではないだろう。

 管理局のエース・オブ・エースを、今なら簡単に倒せそうな気さえしてくる。
 普段とはあまりにもかけ離れた、小動物に似た弱々しさ。
 こういうのを“ギャップ萌え”というのだろうか。

 まぁ、結論を申し上げると――――。


 今のなのはを見て平然としていられる奴なんて、この世にいる筈がないのだ。









◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


というワケで、なのはのターン。
現状、ユウと最も一緒にいる時間が多いのが、
ユウが良く訓練を観戦に来るという関係でなのはが断トツです。
作者は三人娘にはなるべく平等に機会を設けたいと思っているので、その辺りは調整します。

-111-
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