小説『魔法少女リリカルなのは 〜俺にできること〜』
作者:ASTERU()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

56. ツキヒメ









 美しいモノというのはこの世には無数に存在する。
 映像、風景、絵画、草花、宝石など、それこそ星の数ほどあるだろう。
 しかし、その中でも息を呑むほどの美しさを誇るモノは、見る者の魂にいつまでも
 刻み込まれるほどのモノは、本当に限られた数しか存在しない。



  「……綺麗……」



 それは果たして誰が呟いたのか……。
 今は緊急事態。 
 一分一秒が惜しいはずだ。
 しかし、誰もその場から動けずにいた



 ――――眩いばかりの穢れなき“白”で彩られた持ち手


 ――――まるで月明かりの様に輝いている、儚く華奢な刀身
 

 ――――鍔の部分にはめ込まれた透き通るようなクリスタル


 ――――柄頭の先から伸びる、まるで空気に溶けているかのような細長い帯



 ツキヒメを構成している全てに、一種の神々しさを感じてしまう。
 まるで、この世のモノではないかのような……
 それほどまでに、ツキヒメは美しかったのだ。


 ユウは静かに眼を閉じ、意識を研ぎ澄ませる。
 すると彼の周りにハッキリとはわからない、見えない何かが集まってくる。
 そして、透明に近かったクリスタルと帯が徐々に色を帯びていった。


 
  ――――緋色



 クリスタルと帯が、まるで燃えているかのような鮮やかな緋色へと染まっていく。
 それを見届けたユウは、深呼吸を行い、静かに動き始める。


 ツキヒメを構え、横に一閃。
 その勢いのまま回る様にしてその場から移動し、今度は上段に構え、そのまま振り下ろす。
 彼の動きに合わせて、柄頭から伸びている帯が、空中に緋色の軌跡を描いていく。


 ユウが行っていること、それは“剣の舞”。
 とあるモノを呼びだすために必要な前準備、“儀式神楽”。
  
 
 ユウに残されたマナは残り少ない。 
 かつての彼だったら、なにも出来なかっただろう。 
 しかし、今のユウにはツキヒメがある。


 クリスタルと帯が色づいた理由。 
 それはなのはのレアスキル“魔力収束”が関係している。 
 周囲の精霊から送られたマナが帯からクリスタルへと送られ、それを自分のモノとして利用しているのだ。 
 これなら今のユウでも魔法を放つことが出来る。


 そしてユウが行っている“剣の舞”
 それは生前、“満月の子”であるサクヤが行っていたモノ。
 彼女の家系は、代々マクスウェルを祭っている一族。
 マクスウェルに祈りを捧げる際、彼女は何度も舞っていたのだ。


 ユウはそれこそ何百、何千とサクヤの舞を見てきた。
 彼の舞は不格好でまだまだ拙く、サクヤの舞には遠く及ばない。
 それでも彼の舞は鋭く、力強く……


 ユウが行っているのは、舞というよりは演武のようだった。 
 だからだろうか、ユウの舞は不思議と見る者を引きつける。



  「……古より伝わりし浄化の炎……」



 舞を一旦中断し、詠唱を開始しながら両手でツキヒメを前に突き出す。
 するとユウの足元に緋色の魔法陣が展開。
 そのままツキヒメを片手に持ち替えると、その場で複雑な舞を繰り出す。 
 彼に応えるかのようにコアがより一層輝き、舞に合わせて緋色の軌跡が、複雑な術式を描いていく。


 突如闇の書の闇の周辺に、凄まじいまでの熱が渦巻き始める。
 それに気付いたなのは達は、ハッとしたように意識を切り替え、素早くその場から離れた。



  「落ちよッ!!」
 


 術式を描き終えたユウはツキヒメを天に突き出すようにして構え、声を張り上げる。 
 全てを終わらせるために、自分にできることをするために……
 






  「―――――エンシェントノヴァ!!!」







 詠唱の完了と同時に上空が赤黒く染まる。
 空を見上げれば、そこには紅い球体が現れており、徐々に膨れ上がっていく。


 そのまま紅い球体が螺旋を描きながら闇の書の闇へと突き刺さり、そして爆裂した。
 悲鳴を上げる闇の書の闇。
 しかし傷を負ったところからすぐさま回復を始めてしまう。 
 このままでは前回の二の舞だ。 
 だが、これで終わりではなかった。



  「まだ……まだぁ!!」



 自身に残された力の全てを解放。
 オーバーリミッツによって瞬間的にユウのマナが膨れ上がる。
 準備は全て整った。
 後は自分を信じて突き進むだけ。







  「我が呼びかけに答えよ!!!」







 瞬間、闇の書の闇の頭上に巨大な魔法陣が出現。
 それは今までユウが扱ってきたモノの比ではない。



  「我が力、解放せよッ!!」
 


 魔法陣の中心に黒い球体が出現し、それに向かって周囲から同色の雷が降り注ぐ。
 そこから圧倒的な熱が収束していき、球体が弾けると、とある生き物が姿を露わした。


 それは、今まで見たことがない生き物だった。


 巨大で強靭な紅い身体。
 まるで鎧のように体を覆い尽くしている強固な鱗。
 力強く羽ばたく翼。
 

 生き物の正体。 
 それは炎の大精霊“イフリート”に仕えし眷属“フランブレイブ”
 ツキヒメを通してこの世界に顕現したその存在は、見る者すべてに圧倒的な存在感と畏怖の念を抱かせる。 



  「灼熱と……業火の意思よッ!!」



 フランブレイブは、自身の両手に凄まじい熱を秘めた炎を宿し、
 それを闇の書の闇に向かって薙ぎ払う様にして振るう。
 必死に抵抗するかの様にして再生を行うが、
 そのスピードは自身の体を焼く炎にはまるで追い着いていない。


 幾度となくそれを行ったフランブレイブは、一旦動きを止める。
 すると、両腕を交差させたフランブレイブの前に、直径十メートルほどの炎が収束。
 それはまるで、小型の太陽であるかのようで……







  「焼き尽くせッッ!!!」







 ユウの言葉と共に、収束させた炎を、両腕を叩きつけるようにして一気に振り下ろした。 
 闇の書の闇に迫りくる巨大な炎弾。
 闇の書の闇にぶつかった瞬間、ソレに秘められていた力が解放され、
 全てを焼き尽くさんばかりに炸裂した。



 地球に存在する全ての大気を揺るがすほどの凄まじいまでの轟音が鳴り響き、
 周囲を海水が蒸発したことによって発生した水蒸気が満たしていく。
 役目を終えたフランブレイブは、ユウに視線を向けた後、空気に溶けるようにして姿を消していった。



  「――――……シャマル! 後の仕上げは頼むぞ!!」


  「ッ!? ……わかったわ!!」



 ユウの声にハッとしながらも、眼の前に転移魔法“旅の鏡”を出現させる。
 しばらく意識を集中させていると、“旅の鏡”の中心に黒い光が出現した。



  「……捕まえ……たッ!!」


  
 フランブレイブの攻撃によって闇の書の闇のコアを捕らえることに成功したようだ。
 後はアースラのところに転移させるだけ。



  「長距離転送!!」


  「目標、軌道上!!」



 闇の書の闇のコアを挟むようにして若草色と橙色の魔法陣が展開。
 お互いが共鳴し合うかのようにして輝きを増していく。



  「「「転ッ送ォォォ!!!」」」



 闇の書の闇を包み込むようにして虹色のリングが出現し、中心を同色の光が覆い尽くしていく。
 ソレが膨れ上がっていくと、花火の様にして空へと打ち上げられていった。



















 高速で打ち上げられた闇の書の闇を迎え撃つべく、
 アースラはアルカンシェルの発射準備を始めており、それは完了しつつあった。



  「アルカンシェル、バレル展開!!」



 高速でパネルを操作し、アースラの先端、音叉の様にわかれている部分の先に幾つもの環状魔法陣が展開。
 光の粒子がその中に収束していき、戦艦アースラに匹敵するほどの巨大な光となった。



  「ファイアリングロックシステム、オープン」



 リンディの眼の前に透明なケースに囲まれた鍵付きの箱が出現。
 ソレはアルカンシェルの発射スイッチ。 
 リンディは発射後の対応についての指示を飛ばしたのちに、箱に鍵を差し込んだ。


 アースラの前に転移魔法によって送られた闇の書の闇が姿を露わした。
 怪物のようだった成りは影を潜め、見るも醜悪な姿へと変貌していた。
 今度こそ終わらせなければならない。 
 この悲しみの連鎖は絶対に断ち切らなければならないのだから。



  「アルカンシェル……発射ッ!!!」



 鍵穴に差し込んだ鍵を回し、最後のセーフティーを解除。
 巨大レーザーが闇の書の闇に直撃、そして……



  「……効果空間内の物体、完全消滅。 再生反応……ありません!!」



 終わったのだ、全てが……



















  『――――……というわけで、現場の皆さんお疲れさまでしたッ!!!』



 エイミィからの通信を聞き、皆はホッと息をついた。
 顔に浮かんでいるのは笑顔。 
 戦いは終わったのだ、自分達の勝利という形で。
 アリサとすずかは被害の少ない場所に転移させているのを聞いて安心するなのは達。
 皆はそれぞれ喜びを分かち合っていた。



  「あ〜〜〜……、みんな? 一つ頼みがあるんだけど……」



 ユウの突然のお願いに皆が彼に視線を集中させる。
 ユウは申し訳なさそうな表情をしながらも、ツキヒメを納刀し、ホルスターに納めながら口を開いた。



  「俺とはやて、もう限界っぽいから……後、よろし……く……――――」



 そう告げたユウは、そのまま眼を閉じると、重力に従って海へと落ちていく。
 はやての方も、初めての魔法の行使で疲労が溜まったのか、ユウと同じように気絶してしまった。









-56-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




魔法少女リリカルなのはtype (タイプ) 2012 AUTUMN 2012年 10月号 [雑誌]
新品 \0
中古 \1397
(参考価格:\820)