小説『魔法少女リリカルなのは 〜俺にできること〜』
作者:ASTERU()

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65. 生まれた意味









 その少年は膝を抱え俯き、微動だにせずにいた。


 光が一切届かず、周りに明りとなるモノは一つもない、
 全てが黒に染まった部屋。
 まるで暗闇の中に浮かんでいるかのような錯覚を覚えてしまう。


 少年が最近眼にした光は、全て人工的な光だけ。
 もう長い間、自然の光を見ていなかった。
 太陽も、月も、星明りでさえも……。


 ここに連れてこられてからどれくらいの時間が経っただろうか。
 一週間、一か月、半年、一年?
 それすらも分からない。 そんなこと、考える余裕もないのだろう。
 そして、そんなことは少年にとって、もはやどうでもいいことだった。


 何故なら少年は、両親に見捨てられたのだから。
 どれだけ泣いても、声が枯れるまで叫んでも、それでも両親は助けてくれなかった。


 初めは自分のことを必死に守ろうとしてくれた。
 でも、自分のことを連れて行こうとした黒服の男達があることを告げると、
 さっきまでの勢いは鳴りを潜め、そのまま黙りこんでしまった。
 



  ―――――あなた方の御子息は、もう亡くなっていると



  ―――――自分は死んだ息子のクローンであると




 それからの日々は、少年にとってまさに地獄のようだった。
 少年が連れていかれた研究所で行われたのは、非人道的な実験の数々。
 そこでは人間として扱われず、まるで物の様に扱われたのだから。


 初めのうちは我慢できた。
 きっと自分の両親が助けに来てくれると信じていたから。
 しかし、どれだけ待っても、両親は助けに来てくれなかった。
 ただ、時間だけが過ぎ去っていく。




  ――――もう……嫌だ




 痛いのも、苦しいのも、寂しいのも、辛いのも。 


 だから、自分はこのまま……―――
 


  「……どうしたんだろ?」



 なにやら扉の向こうが騒がしい。
 何かが壊れる様な音が連続して聞こえてくるが、
 それもやがて聞こえなくなり、再び辺りは静寂に包まれた。


 やがて、少年の眼の前の扉がゆっくりと開いていく。
 真っ暗だった部屋に突如光が差し込み、あまりの眩しさに少年は眼を細めた。

 
 光を背にしながら扉の前に立っていたのは、
 少年がいた部屋と同じ真っ黒の髪と瞳をした、十二、三歳ほどの男。


 いや、真っ黒ではない。
 男の右眼は、暗闇の中でも輝くような、綺麗な紫の瞳をしていおり、
 腰にはホルスターから吊り下げられている真っ白い鞘に納められた刀を携えていた。


 男は少年の姿を見た瞬間、安堵したように息を洩らし、そのままゆっくりと少年の元に近づいてきた。
 
 
 
  「お前、名前は?」


  「……僕の、名前は……―――――」



 眼の前の男に名前を問われた少年は、何かを言おうとするが、そのまま黙り込んでしまう。


 少年が口にしようとしたこと、それは自分の名前。
 だが、少年は名乗らない。
 いや、名乗ることが出来なかった。
 何故ならそれは、自分の名前ではないから。
 自分の元となった、自分のオリジナルの名前なのだから……



  「……答えられないんならそれでもいい。
  とにかく、こっから早く出るぞ。 もうすぐ管理局の連中が来るからな」



 男はそう言うと、少年に背を向けて扉から出ようとする。
 しかし、少年がついてこないことに気付いたのか、少年の方を振り返り、ゆっくりと近づいていてきた。



  「どうした? 早くこっから出るぞ」


  「…………」



 男の問いかけに、少年は俯いたままで答えない。
 しばらく時間が過ぎていくと、やがて少年はゆっくりと言葉を溢していった。



  「……して……」



 かすれた様な、耳を澄ませていなければ絶対に聞こえない様な声で少年は何かを呟く。
 


  「どうして……助けに来たんだ」



 それは、一見矛盾している様な言葉。
 少年はあれほど助けを求めていた。 
 にもかかわらず、助けにきた眼の前の男にそのような言葉を投げかける。



  「僕は……クローンなんだ……。 元になった人の……偽物なんだ」



 何故なら少年は、何度も何度も聞かされてきたから。
 自分はクローンなんだと、使い捨ての道具にすぎないんだと。
 そのために生まれてきたのだと。


 そんなことはないと、何度も否定しようとした。
 でも、出来なかった。
 どれだけ否定しても、自分がクローンであるという事実は変わらないのだから。



  「ここから出ても、偽物の僕に、居場所なんて……ないんだ」



 自分は両親に見捨てられたのだから。
 ここから出ても、自分に帰る場所なんてどこにも存在しないのだから。



  「……教えてよ」



 まるで何かに耐えるかのように身を震わせながら、眼の前に居る男に問いかける。
 


  「僕は、どこに行けばいいんだ……」



 少年は分からなかった。
 自分が何者なのか。
 クローンである自分は、いったい誰なのか。



  「何のために……生まれてきたんだ」



 こんなこと尋ねても無駄だとは分かっている。
 この人は自分とは無関係。
 そんなこと、分かるはずがない。

 

  「どうして……僕なんか造ったんだっ!!」



 顔をあげ、男を見る少年の顔は涙で、苦悩で溢れかえっていた。
 立ち上がり、拳を震わせ、叫ぶようにして……。



  「教えてよ!! 答えてよ、ねぇっ!!?」



 だが、男は何も答えない。 
 ただ黙って少年を見つめるだけ。



  「もう……嫌だ……」



 少年は力尽きたかのように俯く。





  「もう……生きたくなんかない……死にたい」





 それは、男がここに来る前に考えていたこと。
 逃げ出したかった。 
 そうすれば、これ以上苦しまなくていいから。
 生きていることに意味などのだと。





  「死んで……楽に……」





 次の瞬間、男は少年を殴り飛ばしていた。
 そのまま後ろの壁に背中からぶつかる。 
 少年は何が起こったのか分からないのか自身の頬を抑えながら唖然としていた。





  「たった数年しか生きてねぇガキが、悟った様なコト抜かしてんじゃねぇよ!!!」





 男は少年に近づくと、胸倉を掴み強引に引き寄せる。
 男の顔に浮かぶのは、激しい怒り。
 少年の虚ろな眼を、食いつかんばかりに激しく睨みつける。



  
  「死ぬことなんて考えてる暇があるんなら生きることだけ考えろ!!!
  死にたいなんて言うな!! 死んで楽になろうなんて絶対考えんな!!」




 だが、その剣幕もすぐに鳴りを潜めてしまう。
 少年の胸倉を掴んだまま、俯いてしまったのだ。

 



  「死んだら、なにもできねぇんだ……。 どんなに会いたくても……もう、会えないんだぞ。
  だから、それだけは……それだけは言わないでくれ……頼むから……」





 声を震わせながら、まるで懇願するようにして語りかける。
 その様子は、傍から見ればまるで泣いているかのようだった。

 
 少年は困惑していた。
 目の前の男は、どうしてこんなに必死になっているのか。
 どうしてこんなに怒っているのか。
 どうして……そんなに哀しそうな眼をしているのか。



  「なんで……偽物の僕なんかのために、こんなに……。 僕は人じゃないのに……クローンなのに」


 
 だから、眼の前の男に思わず問いかけていた。
 自分なんかのために、どうしてそんなに悲しんでくれるのか、
 分からなかったから。




  「……お前のコトを人じゃないって認めたら、俺は二度と“アイツ”に顔向け出来なくなる」




 男は少年を、いや、まるで少年を通して誰かを見ているかのようだった。
 決して少年から眼を逸らさずに、そのまま話し続ける。
 


  「俺にお前の気持ちは理解できねぇし、お前の問いかけにも答えらんねぇ。
  例え答えられたとしても、そんな言葉、全部嘘っぱちだ。 上っ面だけの言葉に過ぎないんだよ」



 それは、先程の少年の問いかけの答え。 
 だが、男の答えは当然のモノ。 
 初対面の人間が何を言っても、その言葉は、気持ちは少年には決して届かない。
 男と少年では、置かれた状況や境遇が違いすぎるから。
 


  「だから、答えのヒントになるかもしれねぇ奴に、お前を会わせる。
  ……アイツなら、お前の気持ちを理解してくれるかもしれない」



 だから、男が差し出すのは可能性のみ。 
 少年が求めている答えは、誰かに与えてもらうモノではないから。
 そのようなモノに意味などないし、なにより少年が納得しないだろう。
 これは、少年が自分で考えて、自分で導き出さなければならないモノなのだから。
 


  「それと……これは俺の勝手な考えだ。 すぐに忘れてくれてかまわねぇよ」



 男が小声で何かを呟くと、男のすぐ横の空間が割れ始める。
 男はその空間の歪みの方を向きながら、ポツリと言葉を洩らす。





  「……お前が生まれてから感じてきた気持ちや思い出は、全部お前だけのモンだ。
  だから……自分を否定しようとすんな」


  「…………」





 空間の歪みから出てきたモノは、透明なレンズが付いたペンダント。
 男がそれを握りながら眼を閉じると、辺りが光で満たされる。
 光が治まった部屋には、誰もいなかった。









◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


今回の登場人物の名前は一切出していませんが、分かる人は分かると思います。

-65-
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