小説『魔法少女リリカルなのは 〜俺にできること〜』
作者:ASTERU()

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67. 兄妹









  「――――役立たずが」



 兄であるティーダ・ランスターが所属していた部隊の上官が、
 吐き捨てるようにして放った一言を聞いた瞬間、ティアナの中の何かがキレた。




 太陽が光を差し込む隙間もないほど雲が幾重にも重なり、辺りは薄暗い。
 身体に纏わりつく様にして湿り気を帯びた空気が僅かな不快感を与えている。
 しかし、この場に居る者達は、そんなこととは関係なしに重苦しい空気が満ちている。
 それは、悲しみと苦しみといった負の感情。


 何故ならここは墓地。 
 そして彼等は葬儀の参列者。


 そんな場所に陽気な気持ちで来ている者など、ここにはいなかったのだから。
 そして、参列者の数や彼らが浮かべている悲痛な表情から、
 今からここで眠ることになるだろう者が、どれほど慕われていたのかが容易に想像がつく。


 彼の名前はティーダ・ランスター。 
 両親を早くに亡くしたティーダは、
 当時まだまだ幼かった妹のティアナを親代わりとなって男手一つで育ててきた。


 更に、時空管理局首都航空隊所属の一等空尉でもあったティーダは
 執務官志望のエリート魔導師であったが、そのことを鼻に掛ける様なことは一切せず、
 その優しく妹思いの人柄から、周りの皆に慕われていた。


 だが、運命とは時として残酷なモノ。
 逃走中の違法魔導師を追跡・捕縛する任務にあたっていたティーダは、
 途中で犯人と交戦に敗れ、そのまま帰らぬ人となったのだ。


 皆が彼の死を哀しんだ。 
 そして憐れんだ。
 たった一人の肉親であるティーダを失ってしまった妹のティアナのことを。


 ティーダの死を知らされたティアナは、まるで抜け殻のようだった。
 周りがどれだけ話しかけても一切反応することはなく、
 まるで何処か遠くを見つめているかのようだった。


 そして、なによりもおかしかったのは、ティーダの死を知ってから、
 ティアナは一度も泣いていないことだ。
 あれほどティーダにベッタリだったのにもかかわらず、涙どころか悲しみの表情すら浮かべない。
 まるで、感情の全てが欠落してしまったかのようだった。


 ティーダの知人たちが葬儀の準備を進めていき、今日は葬儀当日。
 たくさんの参列者が集まり、皆が悲しみ、涙を流していた。


 僅か二十一年の生涯。
 未練など数えきれないほど存在するだろう。
 だが、死んでしまった者は何もすることはできない。
 どれだけの想いをその身に宿していたとしても……。


 式はそのまま順調に進んでいき、葬儀は終盤。
 だが、ここで思わぬ事態が起こることに。
 ティーダの所属する部隊の上官がその場に訪れ、彼の遺体が収まっている棺に向かって暴言を吐いたのだ。
 上官はそれ以上は何も言わず、その場を後にしようとする。


 空気が張り詰め、皆が凍りついた。
 その場に居た全ての人間が上官の言葉に絶句し、
 何人かの者は上官のことを血が滲むほど強く拳を握りしめながら睨みつけている。
 

 上官が放った、あまりにも残酷な言葉。
 ティーダの死は、彼が所属している部隊にとっては確かに汚点かもしれない。


 犯人と交戦中に殉職。
 犯人は地上の陸士部隊に協力を仰いだおかげで無事捕まえることが出来たが、
 地上本部に借りを作る形となってしまったのだから。


 それでも、上官の言葉は酷過ぎる。
 それは周囲の人たちの様子を見ても明らかだ。


 彼らが上司に何かを言おうとした時、今まで黙っていたティアナがゆっくりと彼に近づいていく。
 今までどれだけ話しかけても反応しなかったティアナが何故。


 ティアナの心には、とある感情が湧きあがっていた。
 それは怒り。
 殺意といっても過言ではない、純然たる怒りの感情だった。
 自分の大好きな兄のことを侮辱した男をその小さな体全体で怒りを発しながら、
 男に向かって駆け出そうとする。


 
  「うわっ!?」



 だが、それは突如起きた出来事によって、ティアナの脚はその場で止まってしまった。
 布袋を担いだ男の傍を通り過ぎようとした瞬間、上官は前につんのめり、
 そのまま受け身も取れずに転んでしまったのだから。



  「な、何をする!!」


  「あー悪ぃ、ひっかかっちまった」



 怒りの感情を露わにしながら、眼の前の男を睨みつける上官。
 しかし男は、完全な棒読みで謝罪の言葉を口にするだけ。
 その表情には、反省の色は全くなかった。



  「イヤ、マジで悪かったって。 ただ、あまりにも……ムカついたもんでな」


  「なっ!?」


 
 それどころか、上官を見下ろしながらそう呟く。
 それを聞いた上官は茫然としてしまうが、その顔が少しずつ真っ赤に染まっていく。



  「さっきからアンタのこと見てたが、頭だけじゃなくて態度もでかい、おまけにメタボときてる。
  ダイエットをお勧めするぜ、オッサン」


  「キサマアアァァァァ!!」



 怒りが頂点に達したのか、男に向かって拳を繰り出す。
 しかし、男はヒラリと身を逸らしただけでそれをかわし、
 ついでと言わんばかりに擦れ違い様にもう一度上官の脚をひっかけた。 
 そのまま顔面から地面へと突っ込んでいく。
 

 
  「なぁ……アンタ、ホントに管理局の局員か? ……随分素晴らしい拳をお持ちのことで。
  新人たちに混ざって鍛えて貰えよ、ダイエットもできて一石二鳥だぜ」



 男は上官の見下ろし、彼の全てを嘲笑うかのような言葉を投げかけた。
 そのまま上官に近づき、眼の前にしゃがみ込む。



  「……とっとと失せろ、胸糞悪ぃ」


  「ヒィッ!!?」



 顔をあげた上官が男の眼を見た瞬間、その顔が恐怖に染まっていく。
 そのまま、後ずさりながら男から距離を取ると、何度も転びそうになりながら、急いで墓地を後にした。



  「覚えていろよ!!」



 そう、去り際に捨て台詞を残しながら。



  「……あんなこと言う奴って本当に居るんだな、初めて見た」



 男は上官が去った方を向きながら呆れたように呟いた。
 そしてティアナ達の方を振り返る。
 

 ティアナ達は唖然とした表情を男へと向けていた。
 状況に頭が付いて来ていないようだ。


 
  「あ〜、その……悪かった。 せっかくの葬式、台無しにして」



 先程上官に浮かべてモノとは違い、本当に申し訳なさそうな表情をしながら謝罪の言葉を口にした。
 だが、男を責める者などここにいない。
 男がやらなければ、恐らく他の者がやっていた可能性が高かったのだから。



  「気にすることはありませんよ。 私達はなにも見ていない。
  今も予定通り、葬儀は進んでいますよ」



 男の前に神父が近づくと、笑みを浮かべる。
 


  「おいおい、神父さんが嘘ついていいのかよ?」



 つられる様な形で男も笑みを浮かべる。
 神を崇める者にとって、嘘はタブーのはず。



  「神は嘘をついた私のことをお叱りになるでしょう。 ですが、最後にはきっと許してくれるはずです」


  「……随分と話の分かる神様だな。
  神様なんざ信じちゃいねぇし好きでもなんでも無かったんだが……。
  そんな神様なら好きになれそうだ」



 しかし、神父はそれでも自分の意見を押し通した。
 自分達の代わりに上官を懲らしめた男に感謝していたから。


 男はこちらを見つめているティアナに近づくと、片膝をつきて視線を合わせる。
 先程の怒りは鳴りを潜め、再び空虚となった瞳で男を見つめ返す。
 


  「悪かったな。 お前がやりたかったこと、俺がやっちまって」


  「…………」



 だが、相変わらずティアナはなんの反応も示さない。
 男はティアナの瞳をじっと見つめた後、突如行動を起こした。
 ティアナの頭に空いていた片手をやり、そのまま男の胸に引き寄せたのだ。
 突然の男の行動に周りは唖然としてしまう。



  「……これで誰にも、お前の顔は見えない。 周りを気にすることなんてない」



 男はティアナを抱き寄せたまま、静かに話し出す。


 ティアナの心は壊れかけていた。
 大好きな兄を失ってしまった喪失感。
 そして、自分一人だけ取り残されてしまったことによる孤独。





  「頑張れなんて……泣くななんて言わねぇよ。
  お前は頑張ったから、泣かなかったから辛いんだ。 だから……――――」





 だから心を閉ざした。
 感情を表に出そうとはしなかった。
 そうしなければいけないと、心の何処かで思ってしまったから。
 





  「――――……頑張らなくたっていい。 泣きたければ泣いた方がいい」






 男の言葉が、ティアナの周りにあった壁を少しずつ壊していく。
 自分の心を守るための壁を。



  「…………ぅ……ぁ……」



 ティアナは男の服にしがみ付く。
 そして徐々に、自身の心のさらけ出していく。
 自分の素直な気持ちを。





  「うわあああああああああああああああああああああ!!!!!」





 
 心の防波堤の決壊。
 墓地に響き渡る、ティアナの心の叫び。



  「兄さん! 兄さん!! 兄さん―――――ッ!!!」



 光が宿った瞳からボロボロと涙を零しながら、兄のことを何度も口にする。
 そして周りの人たちは誰一人として、ティアナの泣き顔は見なかった。
 どこかほっとしているかのような表情で、ティアナの後姿を見守っている。


 胸のうちに溜めこんできた“哀しみ”をやっと表に、感情に、声に出す。
 どれだけ泣いても、その想いがなくなることはない。
 でも、それでも今は、その感情を抑える必要などないのだから。


 男は、ティアナが泣き疲れて眠るまで、黙って抱きしめてくれていた。









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