小説『魔法少女リリカルなのは 〜俺にできること〜』
作者:ASTERU()

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75. 告白









 今にも切れてしまいそうなほどの張りつめた空気。
 それが、三人がいる部屋の中を満たしていた。


 ユウを向けられた二つの眼差し。
 そこに込められているの、様々な感情。
 


  ―――――怒り



 二人の視線はまるで物理的な威力を秘めているかのようだった。
 



  「……さっきサクヤがここから飛び出していったけど、なんかあったの?」




 質問であって、質問ではない。
 この二人は見ていたのだ、聞いていたのだ。
 だから、知っていた。



  ――――どうしてここから出ていったのかを


  ――――なんでサクヤの瞳から涙がこぼれていたのかを




 これは、確認の言葉。
 二人に背を向けたまま黙り込んでいるユウに向けられた、そんな質問。



  「……知らねぇよ。 散歩にでも行ったんじゃねぇのか」



 だが、返ってきた答えは二人が望んだものとは全く違うモノだった。
 ユウに向けられた視線の圧力がさらに増していく。
 それはいつ爆発してもおかしくないモノだった。



 
  「――――“ごめん、母さん”」


  「――――ッ!!?」




 ユウの身体が、ビクッと跳ねる。
 

 二人に背を向けているためユウの表情は窺えないが、今のユウは青ざめきっていた。
 そこに先程までの勢いはどこにも存在しない。


 ユウは震えながら俯く。
 唇を動かし、何かを言おうとするが、その言葉は出てこない。
 開きかけた唇を、ギュッと閉じてしまう。



  「アンタが眼を覚ました後、もう一回気絶した時に呟いてた言葉よ」


  「…………ろ」



 淡々と事実を述べていくヒメカ。
 何も言わないカスミ。
 


  「アンタがなんでそんなに苦しんでるのか、私は知らない。
  何であんなことを言ったのかも、何でアンタの体中に火傷やら切り傷なんかの跡があるのかも……」


  「……めろ」



 そして、まるでうわ言の様に何かを呟くユウ。



  「でも、何があったのか想像することは出来る。 アンタは……」




  「――――止めてくれッ!!!」




 怯え、哀しみ、恐怖。
 様々な感情を含んだ、そんな悲鳴のような叫び声。


 駄々をこねるように激しく首を振り、耳を両手で塞ぐ。
 自分の心を守るために取った、防衛本能。
 何も聞きたくない、一人になりたかった。



  「辛いのが君だけだと思っているのか? ……自分だけが不幸だなんて、自惚れるなよ」


  
 今まで黙っていたカスミが、その重い口を開いた。
 ユウは相変わらず耳を塞いでいたが、それでも構わず、言葉を紡いでいく。




  「……サクヤ様に……両親は、いない」




 語り明かされた内容は、サクヤの家庭事情。
 気軽に踏み込んでいい問題ではない、まして第三者であるカスミなら尚更だ。
 それにもかかわらず、カスミは打ち明ける。
 ソレをヒメカは止めようとはしなかった。



  「母親のキサラ様は、サクヤ様を産んで直ぐに亡くなった。
  父親のオウカ様も、流行り病にかかったサクヤ様を必死に看病して、それで……」



 何故なら、これから二人が行おうとしていることに、必要なコトだから。
 サクヤに嫌われてもいい。
 自分達が最低なことをしているのだと自覚している。
 だけど、それでも……




  「サクヤ様は今でも苦しんでいる。 自分を産んだせいでキサラ様が死んでしまったのだと、
  自分の流行り病が移ってしまったせいで、オウカ様は死んでしまったのだと。
  自分さえいなければと、そう後悔し続けながら……」




 それは、誰にも責めることなどできはしないモノだった。
 サクヤは何も悪くない。
 運が悪かった、ただそれだけのことに過ぎないのだ。

 

  「僕もヒメカも、村の皆がそのことを必死に否定してきた。 
  二人のことをあまり知らない僕たちが、こんなことを行って仕方がないかもしれない。 
  それでも、言わずにはいられなかったんだ。 でも……僕たちの言葉は、サクヤ様には届かなかった」



 それでも、サクヤは自分を責め続けてきたのだ。
 自分が全て悪いんだと、自分さえ居なければ、生まれてこなければと。



  「サクヤ様が君に執着していたのは、今の自分と重ね合わせていたからなのかもしれない。
  いつも誰よりも優しい人だけど、今回は少しおかしいと思ったから」



 だからだろうか、サクヤはユウのことが気になったのだ。
 自分と同じように、己を責め続けているユウのことが。
 だから、必要以上に構おうとした。



  「こんなことを言う僕は、どうかしてると思う。 君のことは正直今でも殴り飛ばしたいって思ってる。
  でも、これは君にしか頼めないことなんだ」



 本当なら自分がしたいと、カスミは思っていた。
 でも、自分では無理なんだと、思い知っているから。
 何年かかっても、絶対に無理だから。





  「……頼む。 サクヤ様を救ってくれ」





 拳を握りしめる。
 血が滲むほど、強く、強く……


 こちらに背を向けている自分より年下の少年に。
 サクヤを、自分の友達を傷付けた少年に向かって、深々と頭を下げたのだ。



  「……アンタみたいなガキンチョに借り作るなんて、本当なら真っ平ごめんだわ。
  でも、私たちじゃあの子の傷は癒せないの。 アンタじゃなきゃ、駄目なのよ……」



 ヒメカの声は、震えていた。
 それは涙であり、無力な自分に対する怒りでもあった。



  「……お願い。 サクヤを、救って……ちょうだい。 さっきのことは、幾らでも謝る。
  アタシに出来ることなら何でもするから……だから……」



 そのまま、崩れ落ちる様にして膝をつく。
 力尽きたかのように俯き、ズボンをギュッと握りしめる。
 



  「あの子の笑顔は……見てるこっちが辛くなるのよ。
  何年友達やってると思ってんのよ、気付かないとでも思ってんの…………バカァ―――!!!」




 友達の前でも無理して笑っている、自分たちに心配をかけまいとする、
 心優しき少女のことを想いながら涙を流す。


 誰かに頼ることしかできない自分のことが、本当に腹がたつ。
 こんなことしか出来ない、無力な自分のことが。



  「…………」



 いつの間にか、耳をふさいでいた両手は下ろされていた。
 ユウの心の中に浮かび上がってくるモノ。
 ソレが何なのか、ユウもよく分かっていない。


 でも、サクヤのコトが、何故だか頭から離れなくて――――



















 サクヤ達が住んでいる村の裏山。
 そこに広がっている花畑の、大樹の向こうにある岬の先。
 サクヤはそこで、膝を抱えたまま、眼の前に広がる湖を眺めていた。


 この場所に来ることは、村の大人達に禁止されている。
 道中に魔物―――危険な生き物がうろついているから。


 しかし、サクヤは今まで魔物に襲われたことがなかった。
 それどころか、サクヤに懐くモノさえいるくらいだ。
 サクヤの血筋が関係しているのか、それとも彼女だからなのかは謎だが。



  「…………」



 サクヤが抱えている、一振りの刀。
 まだまだ彼女には大きくて、振り回されているという感が否めない。
 しかし、サクヤにとって何よりも大切な、彼女の宝物。



  ―――――死んだ両親の形見



 サクヤの家系に代々伝わる宝刀――ツキヒメを持っていれば、両親が傍にいてくれるような気がして。
 しかし、同時に苦しくもあった。
 ツキヒメを見る度に、悲しい気持ちが、サクヤの小さな身体に降りかかってくる。


 何度も逃げ出したいと思った。
 捨ててしまいたいと思ったりもした。
 でも、そんなことは出来なかったのだ。
 

 両親――オウカが、顔すら知らないキサラのことが、サクヤは大好きだから。


 ツキヒメが無くなってしまったら、サクヤの中にいる両親まで一緒に消えてしまいそうな気がして。
 だから、どんなに苦しくても、辛くても、悲しくても……。
 それでも、両親が大好きだから。



  「……父様、母様。 私、どうすればいいんでしょう」


 
 ポツリと呟かれた言葉は、空気に溶けるようにして消えていく。
 サクヤ自身、初めから答えなど望んでいない。
 ここにいるのは、サクヤしかいないのだから……。



  「今日、ユウに嫌われちゃったんです。
  前から嫌われてましたけど、今回のことで完全に嫌われてしまいました」



 両親のお墓はちゃんとした所に建ててある。
 でも、サクヤは両親と話すときはいつもここで話す。
 

 一人になりたい時に、皆には黙っていつもここに来て、そして悩みを打ち明けたりした。
 一人静かに涙を流したりもした。
 誰にも心配をかけたくなかったから。




  「分かってたんです。 ユウに言ったことは、本当は自分のことでもあったんだってことは。
  笑ってほしいと言ったのも、自分に言い聞かせてるだけなんだってことは」




 辛そうな顔をしていると、笑ってほしいと言ったりした。
 でもそれは、サクヤにも言えることだった。
 鏡に映っている自分の顔は、偽りの表情。
 罪悪感で塗り固められた、物心ついた時から被り続けてきた仮面。


 
  「私って最低ですよね……」



 自嘲的な笑み。
 だがそれも、直ぐに消えてしまう。
 そのまま俯き、自分の殻に閉じこもろうとする。
 





  「―――お前が最低なら、俺は人間のクズだな」






 しかし、それはかなわなかった。


 背後から聞こえてきた、聞き覚えのある声に身体が震えた。
 怖くて、後ろを振り返れない。
 でも、それでも頑張って後ろを振り返ろうとするが……。




  「こっち見んな。 そのままあっち向いてろ」




 それは声の主―――ユウによって止められた。
 ユウはそのままサクヤから1メートルほどのところで立ち止まると、
 彼女に背を向けながら地面に腰をおろし、胡坐をかいた。


 しばらくの間、二人の間に静寂が訪れる。
 聞こえてくるのは風が草木を揺らす音だけ。



  「……どうして、ここが……」



 それは純粋な疑問。


 ここは基本的にサクヤ以外誰も来ない。
 確かにここの景色は絶景と呼べるほどのモノだが、
 道中に魔物と遭遇するなど、様々なリスクが付きまとう。
 ましてや、ユウはこの村の出身ではないのに、どうして……



  「……お前のお友達に聞いたんだよ」



 返ってきた答えに、サクヤは納得してしまった。
 ここには何度も、ヒメカやカスミと一緒に訪れたことがある。


 二人はここから離れたところに待機していた。
 カスミもヒメカも、戦いの心得があったため、道中の護衛ということでユウをここまで案内した。
 だが、それは杞憂に終わってしまった。


 途中に三人の前に現れた、一匹の魔物。
 即座に警戒したが、魔物は三人に背を向けた後、ゆっくりと歩き出した。
 それはまるで、着いてこいと言っているかのようで……。
 それ以降、目的地にたどり着くまで一匹の魔物にも遭遇しなかった。



  「ごめんなさい。 今すぐここから離れますから……」



 そう言って立ち上がろうとする。
 律義にユウから言われたことを守ろうとするサクヤ。
 だが、それはまたしてもユウに阻止された。



  「いいから、そのまま座ってろ」



 ソレを聞いたサクヤは、黙って指示に従った。
 再び二人の間に沈黙が訪れる。
 何か話さなければと思いながらも、何も頭に浮かんでこない。
 それでもサクヤは、必死に頭を働かせる。




  「……この一年間、俺はずっと逃げてきた」




 唐突に話しだしたユウ。
 サクヤはソレを黙って聞くことにした。
 何故か知らないが怖いと思いながらも、それでも……。




  「俺の親父は酒ばっか飲んでて、ずっとイライラしてて……、
  そのイライラを、俺と母さんに何度もぶつけた。
  母さんはそれで心労が溜まって死んだって、俺を引き取ってくれたオバサンは言ってた」




 それは、ユウの過去。
 今まで誰にも話したことのない、ユウの心の傷。


 ユウはカスミとヒメカの頼みを聞いたわけではない。
 単純に、サクヤの過去を自分だけ知っているのはフェアじゃないと、そう思ったからだ。
 だからここに来て、こんなコトを話している。



  
  「でも、ホントは違うんだ……。 そのことを知られるのが怖くて、俺はオバサンの家を飛び出した。
  逃げて逃げて、誰も俺のことを知らない遠い場所に行きたくて、ずっと……逃げてきた」




 あまりにも平坦な、感情の全てを殺したかのような、そんなユウの声。
 しかし、聞いている者の心に直接響く様な、そんな声音でもあった。
 それは恐怖からか、不安からか、悲しみからかは分からない。
 だが、聞いているサクヤも胸が締め付けられてしまうような、そんな声。


 
  「母さんは心労で死んだんじゃない。 確かに、いつそうなってもおかしくない状態だった。
  でも、本当はそうじゃないんだ……」



 止めてと、サクヤは思った。
 これ以上聞きたくなかった。


 何より、サクヤに背を向けているユウが、あまりにも痛々しくて……


 そしてユウは、言葉を放つ。
 己がこれまで抱え続けてきた罪を、さらけ出していく。









  「……俺が、母さんを……………………殺したんだ」









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