小説『魔法少女リリカルなのは 〜俺にできること〜』
作者:ASTERU()

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82. 修羅









  「あァ? 誰、お前?」



 音もなく現れた一人の少年―――ユウ。
 無残な姿で横たわっている少女―――サクヤを見下ろしていた視線をあげながら、
 突如現れた第三者に、少年は怪訝な表情を浮かべる。


 一瞬緊張が走ったが、ソレもすぐに霧散することに。
 サクヤと同い年くらいに見える少年。
 先程はサクヤに痛い眼を見たが、あれほどの強さを持つ者がそう何人もいるはずがない。
 そのことが、この場にいる皆に余裕を与える結果へと繋がったのだ。


 俯いているユウを、恐怖からそうしているのだと判断した一人の男が、
 ゆっくりとユウへと歩み寄ってくる。



  「悪いが、こっから先には行かせられないな」



 しかし、ユウは男の制止の声を無視して、すぐ傍を通り過ぎていく。
 仲間から上がる嘲笑。
 ソレを聞いた男は顔を僅かに朱に染め、苛立たしげな表情をしながら、ユウの肩へと手を伸ばす。



  「おい! 人の話を――――」



 言葉は、最後まで続かなかった。




  「――――魔皇刃」




 ユウの口から洩れでた低い声音。
 木刀の切っ先が、男の腕に目掛けて真っ直ぐに振り下ろされた。


 広大な野原に、男の絶叫が響き渡る。


 
  「―――――」



 男はブランと力無く垂れ下がった腕を抱えたまま泣き叫ぶ。
 ユウはそんな男の顔面に、無造作に蹴りを叩き込んだ。
 顔が跳ね上がり、糸が切れた人形のように顔面から地面に倒れる。


 気絶したのか、それとも……。
 男の声はそれっきり聞こえなくなった。



  「へぇ……」



 一部始終を見ていた少年は、感心したような声をあげた。


 うつ伏せの状態で横たわっている男の腹部に足を引っ掛け、そのまま反転させ、仰向けの状態に移す。
 男が持つ短剣を奪い取ると、感触を確かめるように掌でクルクルと回す。



  「この野郎!!」



 仲間がやられたことに怒りを感じたのか、残った男達がユウへと殺到していく。
 彼らの方は一切見ない状態でスッと前傾姿勢をとり、踏み込みと同時に、一気に男達に迫る。




  「――――星塵絶破」




 交差は一瞬。
 だが、今のユウにとっては、それだけの時間で十分だった。
 
 
 目視するのも難しいほどの速さで斬り抜けたことによって、
 男達はまるで、ポーリングのピンの様に弾き飛ばされた。
 だが、ユウは攻撃の手を緩めない。




  「――――牙連刃」



 
 地面を削る様にして突進の勢いを殺し、そのまま反転。
 男の一人に近づくと、素早い短剣裁きで相手の身体を切り刻んでいく。



  「ヒィィ!?」



 そのさまを見ていた男は、恐怖で顔を歪めながらもなんとか立ち上がり、
 ユウに背を向けて走り出そうとする。
 しかし、男は気付かない。
 今のユウに背を向けることが、どれほど愚かで危険な行為であるかに。




  「――――幻龍斬」




 背後から聞こえた静かな声。
 だけど、男の耳にはやけにハッキリと聞こえた。


 声が聞こえるのと同時に男の眼の前に現れ、顎を木刀で打ち抜く。
 僅かに身体が浮き上がり、激痛で顔を歪めながら地に叩き付けられた。
 これだけやれば十分だ、相手はもう動けない。




  「――――爆砕」




 フワリと身体を浮かせながら空中で身体を捻り、体重を乗せた一撃を男の腹部に叩きつける。


 耳を塞ぎたくなるような、生理的嫌悪感を抱く音。
 男は悲鳴をあげることすら出来ず、そのまま動かなくなった。


 ユラリと身体を起こしながら、最後の一人に、サクヤの傍に立っている少年に身体を向ける。



  「オマエ……最っ高だよ」



 歓喜に震えたような声で、対峙するユウにねめつけるような眼差しを送る。
 その声に答える様にして、今まで俯けていた顔をゆっくりとあげ、少年に視線を送り返す。



  「いいねいいねぇその眼!! その眼だよ!!
  俺を殺したいって殺気が気持ち良いほど伝わってくる!!」



 どす黒く濁った瞳。
 ソレが、少年の瞳を射抜く。
 ゾワリと全身が泡立つ感覚が少年の全身を駆け巡ったが、少年を喜ばせる結果にしか繋がらなかった。



  「自己紹介でも始めますかァ! 俺はハル! オマエを殺す男だァ!!」


  「…………」



 本当に楽しそうな声で少年―――ハルは自身の名前を名乗るが、ユウは答えない。
 ただ、ハルに視線を向けるだけ。



  「オイオイどうした、だんまりかよ! せっかく俺から親切に自己紹介してやったってのによォ!」
  白けちまうじゃねぇかよ、空気読めよ!?
  それともなにかァ、コイツみたいにビビっちゃってんの!!?」



 言葉と共にサクヤに近づき、彼女の頭を踏みつける。
 ピクリとユウが反応する。
 そして、ビリビリと空気が震える様な殺気がまき散らされた。


 歴戦の戦士であり、ユウの実質的な師匠に当たるトウジでも数秒は動けなくなるほどの“凶気”。



  「なになに、コイツってお前の女なの? ゴメンねぇー、俺が殺っちゃったよォ」



 しかし、ハルはふざけた様な態度を崩さない。
 ワザとやっているのか、それともソレが素なのか。



  「―――うるせぇよ」


  「あァ?」



 まるで地獄の底から溢れ出てきたような声。
 瞬間、ユウは動いた。
 しかし、ソレはハルも同じで……




  「串刺しだァ! ――――ロックブレイクゥ!!」




 琥珀色に輝くクリスタル。
 同色の円陣が展開され、ユウの足元の地面が隆起し、先端の尖った岩石が襲いかかる。


 だが、ユウは抵抗しなかった。
 尖った岩石の表面が、ユウの両足に決して小さくはない傷跡を残すが、本人は全く気にした様子はない。
 そのまま隆起する地面の勢いに乗り、ハルの真上まで飛び上がる。




  「――――地砕衝」




 落下スピードと体重の乗った一撃をハルに向かって叩きつける。
 受けきれないと判断したのか、舌打ちしながらバックステップでかわす。
 だが、引いた方向が悪かった。


 着地と同時に砲弾のようなスピードで打ち出されたユウの身体は、
 瞬きするほどの一瞬でハルとの距離を詰める。




  「――――飛燕連斬」




 左手の木刀が、右手の短剣が高速で振るわれる。
 飛び上がりながら振るわれた無数の剣戟。
 ハルの持つ刀―――黒いツキヒメで受けようとするが、捌ききれずに無数の裂傷がその身に刻まれる。




  「――――弧月双閃」




 左右から同時に描かれる、三日月の軌跡。
 殺傷能力が高い短剣を受け流すことは出来たが、もう一つはそうはいかない。 
 ハルの右腕にめり込み、歪な不協和音を奏でる。




  「――――臥竜閃」




 胸に刻まれた横一文字。
 反転する勢いを乗せた渾身の一撃で、ハルを弾き飛ばす。



  「ッ……クソがァ!!!」



 怒りと苛立ちを宿した瞳。
 ザワリと、ハルの中でおぞましいモノがわななく。


 地に伏した身体を素早く起こし、黒いツキヒメに力を込める。
 主の狂気を具現化したかのような緋色の輝き。
 地獄の業火が黒いツキヒメに纏わりつく。




  「――――轟炎斬!!」




 炎を纏った一撃。
 咄嗟に盾にした木刀を切り裂き、切断面から発火し、一瞬で燃え尽きた。
 余波がユウの身を焼き、僅かによろける。



  
  「――――斬空断!!」




 風が、ユウの頬を撫でた。


 炎が消え、黒いツキヒメのクリスタルがハルの瞳と同じ翡翠の輝きを放つと同時に、
 周囲の空気が刀を中心に渦巻いていく。


 地面を削りながらの斬り上げ。


 上体を逸らすことでかわすことが出来たが、
 巻き起こる風が無数の真空波となってユウの身体を切り裂いていく。




  「終いだァ!! ――――裂砕断ッ!!」




 思わず眼を塞ぎたくなるほど眩しい、琥珀色の輝き。
 太陽を背にしたハルは、ユウの眼の前の地面にツキヒメを叩き付ける。


 散弾の様に飛来する無数のつぶて。
 ユウとハルの間に粉塵が立ち込め、視界を遮る。




  「コレが三連殺だァ!!! 冥土の土産に有り難く受け取りなッ!!!」




 今まで幾度も相手を屠ってきた、必殺の三連撃。
 勝利を確信し、空に向かって声を張り上げた。
 

 だが、ハルは知らなかった。
 ユウの怒りが、どれほどのモノなのかを。
 怒りとは、一時の間、いかなる痛みも忘れ去るほどのモノだというコトを。 



  「!?」



 ハルの顔色が初めて変わった。


 粉塵の中から飛び出してきたのは倒れていた男の誰かのモノだろう、
 燃え尽きた木刀の代わりに両刃の直剣を握りしめたユウが。


 怪我をし、顔面を血で染めたユウの間合いに完全に捉えられたのだ。



 
  「死に損ないがァ!! くたばれェ!!」




 再び纏わりつく、灼熱の炎。
 

 横薙ぎに振るわれた黒いツキヒメが、完全にユウを捉えた。
 決まったと、誰もが思うだろう一撃。
 しかし、



  「なッ!!?」



 周囲に立ち込める、肉が焼ける嫌な臭い。


 短剣を握りしめていた筈の右手は完全の無手、なにも持っていない。
 その手で炎の斬撃をなんの躊躇もなく掴んだのだ。


 ユウは止まらない


 半身になった状態で放たれた、三度描かれる三日月の軌跡。
 “月閃光”が、ハルの左眼を深く抉り取る。






  「がああああああああああああああ!!?!?!?!」






 焼ける様な激しい痛み。
 空いた手で左眼を抑えつけるが、痛みも血も止まるはずがない。


 そして生まれた、致命的なまでの隙。
 



  「――――千裂虚光閃」




 空から落ちてきた短剣を掴み、左右のエモノを高速で突き出。
 ハルの身体からエモノを引き抜くたびに、彼の返り血がユウの全身に血化粧を施していく。
 しかし、血で染まったユウの表情はあまりにも冷徹。
 その瞳に宿るのは躊躇いではなく、曇りなき殺意の一点のみ。
 

 まだまだ終わりではない。


 双剣をクルリと回し、刃の向きを“刺突”から“斬撃”の動作が出来るように持ち替え、
 神速の斬撃を縦横無尽に振るった。






  「――――――魔人千裂衝」





 
 吹き飛ばされたハルからおびただしい量の血液が、雨のように降り注ぐ。
 誰が見ても致命傷だと思えるほどの傷。
 このまま放置すれば、ハルは間違いなく死んでしまうだろう。


 ユウが踏み出す一歩は、死刑台への道のりと同義。
 その距離が零になった瞬間、ハルの命は消えることは絶対だ。
 だが、此処で思いもよらない事態が。






  「――――ナ……ァス」






 今にも消えてしまいそうな小さな声。
 瞬間、温かな光が辺りを照らし出す。


 ユウの肩がビクッと跳ね、ゆっくりと振り返った。
 その先にいたのは……









  「……だ……め……で、す」









 残された力を振り絞り、絶対安静の身体を鞭打つようにして顔をあげ、
 ユウに向かって必死に手を伸ばすサクヤ。



  「私たちは、もう……誰も殺し、ては……ダメなんです……。
  ……私は、大丈夫です……から。 だから、もう……止めて、くだ……さい」



 サクヤの治癒魔法が効いたのだろう。
 今まで動かなかった男達の身体がピクリと動き出す。
 ユウはまだ、誰も殺していなかったのだ。


 無意識のうちにできた、ほんの小さな迷い。
 ソレが、彼らの命を繋ぎ止めた。


 サクヤの言葉が、ユウの身体に染み込むと同時に、ユウの身体が震えだす。
 その震えは少しずつ大きくなり、左右に携えた短剣と直剣が手から零れ落ちた。




  「お、俺……さっき、何を……人を……殺そうと――――ッ!?」




 ユウの眼に映ったのは、ハルの返り血によって真っ赤に染まった己の掌。
 震えているのは身体だけではなく、声まで震えていた。


 ユウ自身、殺したことは今まで何度もある。
 食べる為に、自己防衛のために。 全ては生きる為に。
 しかし、それらは全て動物などで、人を殺した経験は今までに一度しかない。
 ましてや、今回の様に自ら進んで殺そうとしたことなどなかった。


 簡単に割り切れるものではないのだ。
 殺らなければ殺られていたかもしれない。
 だけど、ユウにはあまりに酷なコトだ。
 自らの母親を殺してしまったユウにとって、人殺しは最大の禁忌なのだから。


 
  「早く、この方達の、治療を……。 村に戻って人を呼べば……!?」



 サクヤの表情が固まる。







  「く、た……ばれッ」







 声が……聞こえた。







  「――――ブラッディクロス……!!!」







 ハッと顔をあげ、急いで振り返るが間に合わない。


 見えない双刃がユウの胸を切り裂く。
 ザックリと裂けた胸から血が噴き出すさまは、まるで血の十字架の様で……。









  「いやああああああああああああああああああああああああ!!?!!??!?」









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