小説『魔法少女リリカルなのは 〜俺にできること〜』
作者:ASTERU()

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86. 服選び









 場所は変わり、此処はサクヤの屋敷に存在するユウの自室。
 

 今は診療所や集会所としてしか機能していないが、
 それでも時々、村人総出で掃除や修繕などを行っている。
 サクヤがどれだけ村の皆に慕われていたのかが窺えるだろう。



  「―――――」



 この部屋は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
 ユウが消えてから今までの経緯を簡単に説明したが、
 カスミもヒメカも簡単には事情を呑みこむことが出来なかった。


 ユウが語りだした内容があまりにも出鱈目過ぎたのだ。
 村で崇めていたマクスウェルとの邂逅、別次元の存在。
 何より、死んだはずのサクヤに逢ったというのが。



  「……確かに、あの場で話しても皆を混乱させるだけだね。
  僕自身、すぐには信じることはできないよ」


  「まぁ、確かにそう思うだろうな。 俺がカスミの立場でも、簡単には信じられねぇよ」


  「……でも、本当のことなんでしょ?」



 確認を込めて視線を真っ直ぐに見つめ返すユウの瞳には、嘘をついているような様子はない。
 何よりこんな話、ワザワザ嘘をつくような内容ではないのだ。



  「その……サクヤはどうだったの?」



 サクヤの死は、村の皆にとってはあまりにも突然のコト。
 彼女の最後がどうだったのかなど、知りはしない。



  「……色々話したけど、最後には笑って逝ったよ」


  「そう……あの子らしいわね」



 だから、ソレを聞いたヒメカとカスミは、僅かに微笑んだ。
 ずっと気になっていたことだった。
 苦しんでいないか、哀しんでいないか、不安で仕方がなかったのだから。



  「それと、ユウ。 さっきからずっと気になっていたんだが……」



 そう言ったカスミの視線が、ユウの隣に座りながら今まで傍観していたホタルに向けられる。



  「その子は誰なんだい? ……まさか、誘拐してきたなんてことは……」


  「……喧嘩売ってんのか? そうなんだろ? 買うぞコラ、あぁ?」


  「イヤ、だって……」
 


 今のホタルの格好を見れば、カスミが疑惑の眼差しを向けるのも無理はない。


 下着といっても差支えないワンピースタイプのインナーの上に、
 ユウが普段着にしているワイシャツを羽織っただけ。
 ワイシャツに至ってはサイズが合っていないため、ブカブカで袖の半ばから垂れている状態だ。


 ホタルと再会していた時に、彼女はインナー一枚しか着ていなかった。
 ユウは知らないが、守護騎士達がはやての前に初めて現れた際に、
 ヴィータが着ていたモノと同じモノをホタルは身に纏っていたのだ。



  「ホタルって言うの。 よろしく……」


  「ワケあって一緒にいることになったんだよ。
  後、コイツのこと話しても全然分かんねぇと思うから、気にしないでくれると助かる」


  「気にするなって、全く君は……。 はぁ……分かった、君がそう言うならこれ以上聞きはしないさ。
  それと、自己紹介がまだだったね、僕はカスミ。 で、こっちはヒメカだよ」


  「よろしくね、ホタル。 それじゃあ自己紹介も済んだことだし、
  まずはホタルのその格好をどうにかしなきゃね。 
  そんな恰好でうろついてたらそのうち風邪ひいちゃうわよ」



 取り敢えず今のホタルに合うサイズの服を取り出していく。
 だが、ここで問題が。



  「……どうすんだよ。 俺がガキの頃に着てた服は誰かに上げちまったんだろ?」


  「仮に残ってたとしても、ホタルにはサイズが合わないわよ」


  「私はこのままで良いんだけど……」


  「そう言うワケにはいかないわよ。 ユウを犯罪者にしたいの?」


  「はっ倒すぞ、テメェ……!」


  
 初めはユウが子供の頃に着てたモノを着させようとしたが、既に別の誰かにあげてしまったようだ。
 リーネは別段貧乏というワケではないが、村の皆が親戚同士みたいなモノなので、
 普通に今回のようなコトは珍しいことではない。


 ユウは自分の服が勝手に渡されていたコトについては全く気にしていないのだが、
 事態は振り出しに戻ってしまった。



  「……ねぇ、ヒメカ。 “ヒカリ”のじゃあダメかな?」


  「あの子のじゃサイズが合わないわよ。 ホタルの方が頭一つ分ぐらい高いんだから」



 ココで、聞いたことの名前が挙がる。
 一体だという意味の視線を込めながら、疑問をぶつけてみた。



  「……カスミ。 ヒカリって誰のコトだ?」


  「ああ、ユウには言ってなかったね。 僕たちの娘で、名前はヒカリ。
  今年でもう六歳になるんだ……」



 嬉しそうにカスミは説明するが、途中から先はユウの耳には届いていなかった。
 
  

  「ぼっ、僕たちって……お前等、まさか……」


  
 ユウにしては珍しく、かなりうろたえている。
 それくらい、カスミが言った内容は衝撃的だったのだ。



  「うん……僕たち、結婚したんだ」



 頬を掻きながら照れ臭そうに、だけどそれ以上に幸せそうな表情。
 


  「結婚……ねぇ」


  「な、なによ……」



 ニヤニヤしながらヒメカの方を向くと、彼女は頬を朱に染め、若干うろたえながら睨み返してきた。


 
  「しっ、仕方ないでしょ!? こんな頭の固い奴、誰も好きになるワケないんだから!!
  そ、そんなモノ好きは、世界中探したってアタシくらいのモンで……。
  だっ、だから、仕方なく……そう! 仕方なく結婚してやったのよ!!」


  「酷い言い方だね……。 でも、ヒメカの言う通りだよ。
  僕みたいなのを好きになってくれたのは、ヒメカくらいのもんさ」



 ユウは何も言ってないのに、何やら言い訳のようなコトを言い始めた。
 だが、ソレが嘘であることは、カスミ以外の村の皆が知っている。


 カスミはかなりモテる。


 容姿端麗、文武両道。
 少し頭が固いが、性格は優しくて誠実。
 カスミの髪の毛だって、光の具合によっては綺麗な銀髪に見えなくもない。
 まさに、物語に出てくる王子様そのものなのだ、カスミという男は。


 だが、カスミはそんな自分のコトを一切自覚していない。
 謙遜とかではなく、本当に気付かないのだ。
 彼の笑顔や無自覚の好意で、今までに何人の乙女が犠牲になったことか。
 自分が皆にどう思われているのか、あまり関心がないのだろう。


 ちなみに、ユウはモテたことがない。
 容姿という点なら、ユウはカスミに引けを取らない。
 爽やかな好青年タイプのカスミに対し、ユウは中性的な美青年といった感じであるのだから。
 しかし、自身の性格と言動が全てを台無しにしているのだ。
 もっとも、ユウがモテなかった理由はそれだけではないのだが……
 


  「……ねぇ、ユウ」

  
  「ん? どうした、ホタル」



 ユウの袖をクイクイと引いているホタルの方を振り返る。
 神秘的な紫の瞳が、ユウを無表情に見上げていた。



  「“けっこん”ってなに?」


  「……知らねぇのか?」


  「うん……」



 ホタルは世間の常識というモノを殆ど知らない。
 知識を得る方法がなかったため、闇の書の防衛プログラムから生まれた際に予め備わっていたコトと、
 ユウを通して得た知識しか知らないのだ。


 ユウはホタルに結婚とは何かを簡単に説明した。
 ホタルはよく分かっていない様子だったが、とりあえずは納得したようだ。


 ソレが終わると、ユウは今だに何やら言い合っている二人の方を指差した。
 具体的に言うと、顔を赤らめながらソッポを向いているヒメカに。



  「良く覚えとけ、ホタル。 ああいうのを“ツンデレ”って言うんだよ」


  「つん、でれ……?」


  「良いか、ツンデレってのはなぁ――――」


  「ヘンなコト教えようとしてんじゃないわよッ!!!」


  「一般常識だろ、知らねぇの?」


  「そんな不思議そうな顔したって騙されないわよ!!」


  「良いかホタル、ツンデレ――――」


  「アタシを無視すんなぁ!!!」



 ヒメカの妨害により、事なきを得ることが出来た。
 しかし、彼女は知らなかった。
 この後コッソリと、ホタルが“ツンデレ”とは何かをユウに聞きに来たことに。


 “百聞は一見にしかず”。
 実例が身近にいた為、“結婚”について説明した時とは違い、ホタルは容易に理解することが出来た。
 ツンデレとはヒメカのコトを言うのだということを。


 話は振り出しに戻り、ホタルの服をどうするのかについて、皆は頭を悩ませていた。
 


  「で、結局どうすんのよ、ホタルの服のコトは」


  「……ヒメカ。 サクヤの服ってまだ残ってんのか?」


  「ちゃんと残ってるわよ。サクヤが着てた服、確か……“ユカタ”って言ったっけ?
  小さい頃のもあると思うからホタルに合うサイズのもあると思うけど……。
  でも、アレってすっごく動きにくいから誰も着たがらないのよね」



 サクヤが着ていた異国風の衣装“ユカタ”は、偶然にも地球にあった浴衣と名前も形もソックリだった。
 

 持ち主がいなくなったため、ユウの服同様に貰い手を探そうとしたが、結局誰も現れなかったったのだ。 
 造りは丈夫、なにより上質な素材を使っていて、見た目も華やか。
 しかし、作りの構造上、馴れていないと動きづらい。


 肉体労働が基本のリーネでは見た目よりも機能性が重視される。
 みんなが着たがらないのはそのためだ。



  「こんな感じの服だけど、どう?」


  「……それなら、今のままの方が良い」



 サクヤの部屋から持ってきた浴衣をホタルの前で広げて見せるが、結果は村人たちと似たような反応。
 オシャレとして着るというのもアリだが、ホタルはその手のコトには関心はまったく無いようだ。


 最も、ホタルにとって服とは着るモノであって、
 動くのに支障がなければ、後はどうでも良いとさえ思っているが……



  「……悪ぃけどホタル。 一日だけ待ってくれねぇか?
  俺にちょっとした考えがある」


  「良いけど……どうするの?」 



 浴衣を手に取りながら考え事をしていたユウの言葉に、皆の視線が集まる。



  「明日になりゃあ分かるさ。 ソレと……ほら」


  「……コレ、なに?」



 ポケットに手を突っ込み中に入っていたモノを取り出し、ホタルに放り投げた。
 空中に綺麗な赤い放物線を描いたソレはホタルの手の中にスッポリと収まるが、
 一体にソレが何なのか分からなかったので、両手で持ち上げながら聞き返してきた。



  「アンタってホント、何にも知らないのね。 リンゴよ、リンゴ。 甘酸っぱくて美味しいわよ」


  「いつの間にこんなモノを?」


  「さっき貰ったんだよ。 帰郷祝いってことじゃねぇの?」



 初めて眼にして触れた、赤い果実。
 色々な角度から覗いたり、リンゴから香る匂いを嗅いだりするが、中々食べようとはしなかった。



  「……どうすればいいの?」


  「貸してみな」


 
 どうやら、肝心の食べ方が分からないようだ。
 ユウが差し出した手にリンゴを乗せると、彼はそのまま齧り付いた。


 
  「こうやって、好きなところを齧れば良いんだよ」



 お手本を見せたユウは、もう一度ホタルに手渡した。



  「…………」



 手渡されたリンゴをジッと見つめた後、恐る恐るといった風に口に近づけ、小さく齧りついた。
 シャリッという瑞々しい音がホタルの耳に届き、ゆっくりと咀嚼する。
 


  「凄い……!」



 眼を見開き、僅かに顔をほころばせながら、ユウの方に振り返る。



  「ユウ! 凄い、凄いよコレ!」



 初めて使った味覚に伝わってくる未知の感覚。
 ソレが何なの分からないが、とにかく凄いのだと思えるモノで。



  「凄いってのはちょっと違うな。 そういう時は“凄い”じゃなくて、“美味しい”って言うんだよ」


  「美味しい……。 コレが、美味しいっていう気持ちなんだ……」



 そう言いながら、再びリンゴに齧り付く。
 時間をかけながら、味わいながら食べ進めていく。


 ユウと再会してからそれほど時間は経っていないのに、
 この短時間で、ホタルの中には様々なモノが満たされていっている。

 
 人のぬくもり、見たこともない景色、頬を撫でる心地よい風、知らなかった言葉、美味しい食べ物。


 たくさんの初めて。
 見て、触れて、知って、感じて、味わって……。
 かつてのホタルでは絶対に出来なかったことを、彼女は体験していく。


 全てが凄くて、楽しくて、嬉しくて――――


 外の世界はこんなに素晴らしいモノなのだと心の底から思えた瞬間だった。









◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


ユウがモテモテ。
すいませんが想像出来ないです、マジで。

もし本作が学園恋愛モノだったら、という例えばの話になりますが、
カスミがクラスの中心的存在で男女問わず慕われ、特に女子からはかなりの人気がある男の子に対し、
ユウの場合、各クラスに隠れファンが一人か二人は存在する、
実は結構モテる奴、みたいな感じになると思うんですよ。
兄貴肌で結構良い奴なんですけど、何処か不良っぽいですからね、ユウは。

些細なことに敏感に反応し、知らないことは何でも聞く。
感受性豊かとはなんか違う気がしますが、とにかく純粋無垢というのが、ホタルを表す言葉。
なんかユウが余計な知識を植え付けてますが、性格改変はしないのでご安心を。
ただ、所々ユウに似た箇所が出てくるかもしれませんが。

さてさて、ホタル衣装チェンジフラグ。
どんな風になるのかは次回明らかに。

-86-
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