小説『魔法少女リリカルなのは 〜俺にできること〜』
作者:ASTERU()

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93. 集いし仲間









 様々な人種の人が忙しなく行き交う空港で、その少年は一人佇んでいた。
 赤い髪に、意志の強そうなやや鋭い瞳が道行く人と自身の腕腕時計をしきりに確認している様子から、
 どうやらこの赤毛の少年は誰かと待ち合わせをしているのだろう。



  「……あっ」



 キョロキョロしていた視線が、エスカレーターから上がってきた一人の女性へと注がれた。
 少年は即座に姿勢を正した。
 


  「お疲れ様です! 私服で失礼します! エリオ・モンディアル三等陸士です!」

  「遅れてすまなかった。 ソレと、今は勤務中ではないんだからそんなに畏まる必要はないぞ、エリオ」

  「す、すいません。 ……お久しぶりです、シグナムさん」



 少年―――エリオの歳不相応で丁寧な挨拶に、
 桃色の髪をポニーテールにした女性―――シグナムは苦笑しながら答えた。
 シグナムの言葉に少しだけ戸惑いながらも、エリオは表情を緩め、知り合いに向けるソレへと変わる。
 
 

  「お前が機動六課のフォワードに自分から志願してきたと聞いた時は、正直かなり驚いたぞ。
  テスタロッサ達からは反対されたんじゃないのか?」

  「はい……プレシアさんとフェイトさんからは特に。 でも、もう決めたことですから」

  「……そうか、なら良いんだがな」



 エリオがテスタロッサ家に引き取られてから、今年でもう六年も経過していた。
 引き取られた当初は心を閉ざしていたエリオ。
 ボロボロになるまで傷ついてしまった心は、そう簡単に癒えるハズがない。
 
 しかし、そんなエリオを救ってくれたのは、かつての自分がどれだけ求めても手に入らなかったモノ。
 ソレは、家族のぬくもり。
 よそ者のエリオに、テスタロッサ家の皆は温かく迎い入れてくれた。

 ずっと傍に居てくれたアルフとリニス。
 何も答えない自分に何度も話しかけてくれたアリシア。
 いつも温かな料理を食べさせてくれたプレシア。

 なにより、フェイトの存在がエリオを立ち直らせた。

 自分がクローンであることを否定しようとはしない。
 自分の存在を受け入れて、その上で自分のことを好きになれたフェイトの存在が。

 そして、教えてくれた。
 “命に色はない”んだってことを。
 他とは違う存在であっても、それでも同じ命であることには変わりがないんだと言うことを。

 他の誰でもない、フェイトに言われたからこそ、その言葉はエリオの心に響いたのだ。
 だから少しだけ、ほんの少しだけ、自分のことを受け入れることが出来た。
 自分のことを好きになれるかもしれないって、そう思えた。

 それからのエリオは徐々に立ち直っていった。
 シグナム達八神家と知り合いなのも、その頃にフェイトから紹介されたからだ。



  「……もう一人はどうした?」



 エリオの周囲に目を走らせたシグナムが眉をひそめた。
 シグナムは新人フォワードの迎えのために此処に着たのだが、
 エリオの他にもう一人居る筈の少女が見当たらないのだ。



  「まだ来てないみたいです。
  ……あの、地方から出てくるって言ってましたから迷ってるんじゃないかと思うんです。
  だから、その……探しに行っても良いですか?」



 遠慮がちな発言。
 だけど、その様子からは本当に心配しているのだというコトが見て取れた。
 そんなエリオのことを、シグナムは僅かな微笑みを浮かべながら見つめる。



  「頼んでも良いか?」

  「はい! なるべく早く戻るので、此処で待ってて下さい!」



 そう言い残し、エリオは駆け出して行った。
 
 

  〜五分後〜


 
  「ルシエさ〜ん!! ルシエさ〜ん!!」



 声を張り上げながら、待ち人を呼び掛けてみるが一向に見当たらない。
 エリオ本人は、ルシエという人がどんな人なのか知らないため、
 こうして名前を呼び続けることしか出来ないのだ。
 


  「管理局機動六課新隊員のルシエさ〜ん!! いらっしゃいませんか!!」



 エリオは足を止め、呼吸を整えると、更に大きな声を出すために息を大きく吸い込んだ。



  「ルシエさ〜〜〜んっ!!!」

  「はっ、はい!! ルシエは私です!!」



 全身から絞り出された声に反応する幼い声。
 声の発信源は、エスカレーターから急いで駆け下りている、
 フード付きのケープを目深にかぶった少女からだった。



  「すいません、遅くなりました……きゃっ!?」

  「ルシエさん!!」



 エスカレーターの足場を踏み外し、前のめりに倒れこもうとする少女。
 


  『―――ソニックムーブ』



 まさに、電光石火。
 エリオの腕時計から電子音が発されると同時に、
 人で込み合ったエスカレーターを一瞬で駆け上がっていく。
 倒れ掛かっていた少女を抱きかかえ、そのまま着地しようとする。
 
 しかし―――。



  「「うわっ!?」」



 どうやら勢いが在り過ぎてしまったのか、二人同時に倒れこんでしまいそうになるが、
 エリオは咄嗟に少女との位置を入れ替え、自分から地面に倒れこんだ。



  「ッ、てて……。 すいません、失敗しまし―――!!!!!」

  

 呻き声をあげたエリオの動きが完全に停止した。
 腕も目も声も思考も、そして心臓さえも停止してしまっのではないかと思うほど、全く動かない。
 自分が今、何をしているのかを頭が理解することができなかった。

 エリオの掌が、少女の僅かに膨らんだ胸部に固定されていたのだ。
 今では十歳のエリオも、そろそろ異性というものに興味が湧いても良い年頃。
 女性しか居ないテスタロッサ家に住んでいるため、この手のことにはある程度耐性があるが、
 これはあまりにも刺激が強すぎる。



  「あれ、もしかして……エリオ君?」

  「すすすすすすいませんでした!!! ……って、え?」



 しかし、どうやら少女の方は特に気にした様子はない。
 この手のことに対する羞恥心というものがまだないのだろう。
 少女はエリオの顔を見た途端、エリオの名前を呼んだ。
 
 少女の声に我に返ったエリオは、
 先程の高速移動魔法“ソニックムーブ”に匹敵するほどの速さで壁際まで後ずさった。
 だが、少女の顔を見た瞬間、間の抜けた声が出てきてしまう。
 少女の顔に見覚えがあったのだ。



  「え……ま、まさか……」

  「キュウウウウウ!!」



 倒れこんだときに傍に投げ出されてしまった、少女が抱えていたボストンバック。
 突如開いた口から飛び出してきたのは、少女の頭と同じくらいのサイズの白い竜。
 竜は羽を広げて飛び立つと、そのまま正座している少女の膝の上に着地した。

 エリオは少女と竜を見比べ、眼を見開く。
 


  「フリード!? じゃあ君は……もしかして、キャロ?」

  「やっぱりエリオ君だ! ホント久しぶりだね!」

  「そっ、それじゃあ機動六課の新隊員のルシエさんって……」



 エリオの脳裏に浮かび上がった、もはや確信というべき可能性。
 眼の前の少女ははにかむような笑顔を浮かべ、エリオにむけて敬礼を行った。



  「キャロ・ル・ルシエ三等陸士と相棒フリードリヒ。 今日からよろしくお願いします!」

  「キュクイッ!」



 桃色の髪を肩口まで伸ばした少女―――キャロ・ル・ルシエ。
 白銀の飛竜―――フリードリヒ。

 過去に一度だけ会ったことのある少女と竜。
 それは、エリオの全く予想外の再会を果たすこととなったのだった。



















 深夜、ミッドチルダの首都クラナガン。
 その一角を囲っている、ドーム状の結界魔法“封鎖領域”。
 周囲への被害を抑えるために張られた結界の中で響く戦闘音。



  『……ヴィータちゃん、ザフィーラ。 追い込んだわ。 ガジェット一型、そっちに三体よ』



 ビルの屋上に展開された緑色のベルカ式魔法陣。
 その上で眼を閉じ、意識を集中している金髪ショートの女性―――シャマル。
 目標を追っている仲間の一人に念話で指示を飛ばしていた。

 シャマルが立っているビルの眼下。 
 複雑に入り組んだ狭い路地を低空で飛行しているのは、現在追跡中の楕円形の機械。
 だが、機械の前方で待ち構えていたのは、青と白い毛並みをした狼―――ザフィーラ。



  「はあああああああ!!」



 雄たけびと同時に地面から出現する光の剣山。
 三体のうちの一体がそれに貫かれ、そのまま爆散した。
 
 ザフィーラから逃れるために散開しようとする機械。
 だが、機械達にとっての脅威はザフィーラだけではなかったのだ。



  「でやああああああ!!」


 
 上空から強襲。

 紅い髪を三つ編みにした少女―――ヴィータは、
 機械の側面にハンマー型デバイス“グラーフアイゼン”を叩きつけた。
 原型をとどめないほど拉げた機械はそのまま大破し、完全に動きが停止した。
 ザフィーラとヴィータに挟み撃ちにされる形で浮かぶ最後に一体は、
 逃げ場を求めて上空に飛び立とうとする。
 


  「アイゼンッ!!」

  『――――シュワルベフリーゲン』



 相棒の名前を告げると同時に現れたのは、自身の魔力で構成された鉄球。
 グラーフアイゼンをバットのように器用に扱い打ち出し放たれた鉄球は、
 深紅の光に包まれながら機械に向かって直進し、機体部分を貫いた。
 
 

  「……片付いたようだな」

  「シャマル、残りは?」

  『残存反応は……なし。 全部潰したわ』



 シャマルの探知魔法で周辺を確認し、残存の有無を確認する。
 それが済むと、皆が纏っていた緊張が解れていった。


 
  「出現の頻度も数も、増えてきているな」

  「ああ。 動きもだんだん賢くなってきてる」

  「でも、これくらいならまだ、私たちだけでなんとか抑えられるわ。
  本当ならリインフォースに手伝ってほしいところなんだけど、無理だものね」
  
  「……そうだな」

  「ド新人に任せるには、ちょっとメンドイ相手だけどな」

  「仕方ないだろう。 俺たちだけでは手が足りん」



 一か所に集まった守護騎士たちは、険しい表情を浮かべる。
 新部隊、機動六課の任務はロストロギアだけではない。
 それとは別にもう一つの任務があり、優秀なフォワード達をスカウトしたのも、もう一つの理由が大きい。



  「……アイツがいれば、今とは全然違うんだけどな」

  「此処にいない奴のことを頼っても仕方ないだろう」

  「けどよ―――」

  「奴は今も何処かで戦っているんだ。 俺たちが弱気になってどうする」



 普段通りのザフィーラの声。
 だけどそこに秘められた、まるで叱りつけているような威圧感に、ヴィータはシュンとしてしまう。
 
 しかし―――。



  「そう、だよな……。 アタシがこんなんじゃ、アイツに笑われちまうからな!」

  「ふふっ、その意気よ、ヴィータちゃん」
 

 
 グッと拳を握りしめたヴィータの表情に浮かんでいるのは、いつも通りの勝気そうな瞳。
 そんなヴィータを、シャマルは淡く微笑みながら見詰めた。



















 時を同じくして、首都クラナガンに建てられた高層マンション。
 辺りが静まり返っている中、一人の男が職場から帰宅していた。



  「……ただいま」



 誰もいない自宅に向かって帰宅を告げる辺り、この男は律儀な性格をしているのだろう。
 リビングに入ると部屋の明かりをつけ、上着をハンガーに掛けた後、
 倒れこむようにしてソファーに寝そべる。



  「今日も忙しかった〜。 まぁ、明日は休日だからまだマシな方、か。
  ……そう言えば、帰ったら電話するように言ってたな」



 そう呟きながら部屋に設置された時計を見やるが、今は深夜。
 此処とは別世界にいる男の家族たちも、今頃は寝静まっていることだろう。
 明朝に電話しようと決めた男は、少しずつ圧し掛かってくる睡魔という誘惑を頭を振ることで打ち消し、
 就寝の準備をしようとする。



  『ピンポ〜ン』

  「……誰だ、こんな夜中に」



 突如響いた電子音に、男は立ち止まり、少し不機嫌そうな表情をする。
 こんな夜中に訪れるなんて、あまりにも礼儀知らずだと思いながらもしかし、緊急の用事かも知れない。
 嘆息しながら空中にモニターを呼び出し、訪問者の顔を確認しようとする。



  「はい、どなたでしょうか……!?」



 モニターに映し出されたのは、一組の男女。
 その顔を見た瞬間、男はこれでもかというほど眼を見開き、急いで玄関へと向かい、その扉を開けた。

 扉の向こうに人物。
 それは男にとって、忘れることの出来ない人なのだから。





 ――――再会の時は近い









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