小説『魔法少女リリカルなのは 〜俺にできること〜』
作者:ASTERU()

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99. 幸せのお裾わけ









  「要するにだ。 お前は俺らの付き添いってことで良いんだな」

  「……そうですぅ」



 食堂のテーブルの上で腕を組みながらソッポを向いているツヴァイに投げかけられた質問は、
 若干の間を置きながらも正直な返答が返された。
 椅子に腰かけているユウはなんとなく不機嫌な理由を察っしたため、面倒くさそうに嘆息することに。

 はやて達と一緒に首都クラナガンに赴き、
 そこで陸士部隊のお偉いさん方に六課の設立理由等のプレゼンを行う。
 前々からはやてやフェイト、アインスと共にこの日に向けて準備を行っていたし、
 今日も朝から気合十分で向かうつもりだった。

 それが、突然の予定変更。
 ヘリへの搭乗直前にはやてから告げられた言葉を要約するとこうだ。



  『ユウとホタルはまだまだ六課のことについては不慣れで心配。
  他の皆は各々予定があるから無理。 幸いにもプレゼンは三人でも出来るから二人のことを頼む』



 もちろん、ツヴァイは断ろうとした。
 昨日アインスがユウとホタルに付き添って隊舎の案内を行っていたことを聞いていたため、
 必要ないと思ったのだ。
 なにより、ユウと一緒に居ることが、ツヴァイにとっては耐え難いことだったから。

 だから、撤回を求めてはやてに詰め寄ろうとしたのだが――――。
 


  『部隊長命令や♪』



 権力の前に屈するツヴァイ。
 そのまま呆然とヘリを見送り、しぶしぶながらもはやての指示に従い、今に至るというワケだ。



  「まぁ、なんだ……元気出せよ」

  「誰のせいでこうなったと思ってるんですかッ!!」



 ことの経緯を聞いたユウは今の自分に出来る精一杯の言葉を掛けるが、
 こうなった元凶にこうも優しく同情されては、
 顔を怒りで真っ赤にさせているツヴァイの反応は至極当然のものだと言えよう。

 

  「にしても実際問題、俺は昨日の案内で此処のことは分かっちまったからな。 ホタルは?」

  「ん、問題なし」



 二人の言葉にガックリと肩を落とすツヴァイ。
 はやてから任されたミッションは今この瞬間をもって終了してしまった。



  「……やっぱりはやてちゃんの取り越し苦労なんですよ」



 愚痴をこぼすツヴァイに対し、ユウはテーブルに頬杖を突き、口の端を持ち上げた。
 見る者を自然とイラッとさせる、そういった類の憎たらしい笑み。
 それに気付いたツヴァイは、小さな身体を一生懸命使って睨み返す。



  「お前、これからどうすんの? サボんの?」

  「サボりません!! アナタが変な所に行ったりしないとも限らないんですから、
  今日一日監視します!!」

  「信用されてねぇな」

  「それはユウさんだけです! ……その……ホタルさんは別です」

  「……私がどうかしたの?」



 不思議そうな顔をするホタル。
 ユウは椅子に背中を預けながら、二人の様子を見守ることにした。



  「あの……ホタルさんのこと、アインス姉さんに聞いたんです。
  そしたら、その……私たちは姉妹のようなモノだって……アインス姉さん言ってたんです。
  だから、その……ホタルさんと……仲良く、したいなって……」



 ホタルとツヴァイ。
 どちらもアインスがもとになって誕生した存在だ。
 アインスの言っている“姉妹”という表現は正しいモノだと言える。

 ツヴァイはアインスから、ホタルがどのような存在なのか詳しくは聞いていない。
 だけどツヴァイには、ホタルに何かしらの繋がりのようなモノを感じていた。
 ホタルを初めて見た時、自分とよく似た容姿に驚きながらも、
 真っ先に仲良くなりたいと思ったのはそのためだ。
 だから今、ユウの登場で有耶無耶になってしまったコトを、ツヴァイは果たそうとしている。

 眼の前の少女と、ホタルと仲良くなりたいと――――。



  「…………」



 袖口に手を突っ込みながらゴソゴソと何かを漁り始めるホタル。
 しかし、目的のモノが見つからないのか、悲しそうに眼を伏せる。


  
  「――ホタル」

  「なに、ユウ……!」



 ホタルの胸にスッポリと納まったのは、探していたモノ。
 昨日キャロやエリオと一緒に食べてしまったため、なくなってしまった目的の品だった。
 銀色の包み紙に包まれた“それ”を両手で掴んだホタルはビックリしながらユウを見ると、
 彼は小さく頷いただけで、何も答えはしなかった。

 小声で『ありがと』と呟くと、両手に力を込める。
 すると、パキッと小気味の良い音と共に半分に分かれた片方をツヴァイに差し出した。



  「はい」

  「……コレって、チョコレートですか?」



 身の丈ほどのサイズの、半分に割られた板チョコを受け取ったツヴァイは、
 少しだけ驚きながらホタルを見上げる。
  


  「姉妹とか、私には良く分からない。
  アナタは姉妹だから仲良くしたいって思ってるみたいだけど……そう言うの、なんだか違う気がする」



 淡々とした口調からは、人形のように表情の乏しいホタルの心情を読み取ることは出来ない。
 基本が無表情のホタルの感情を読み取るのは至難の業。
 ホタルと最も付き合いの長いユウにも、時々彼女が何を考えているのか分からない時があるほどだから。



  「……私は、姉妹とかそんなコトは抜きにして、アナタと友達になりたい」

  「あの、その……」



 ツヴァイを真っ直ぐ見詰める神秘的な紫の瞳に射抜かれ、ツヴァイは言葉を詰まらせる。
 飾り気のない、あまりにも真っ直ぐな想い。
 逃げることを、拒むことを許さない純粋な気持ちは、真正面からツヴァイを捉えた。



  「友達のなり方とか、人それぞれだと思う。 アナタが私のことをどう思ってるのかも分かんない。
  でも私は、アナタとチョコを半分こしたから……幸せを分かち合ったから。
  だから……少なくとも私は、リインのこと、もう友達だと思ってるよ」



 それは、外の世界を知ったホタルが見つけた一つの答え。

 外の世界は、素晴らしいモノで満ち溢れている。
 他の人からしたら何でもないようなことが、ホタルには嬉しくて、感動的で。
 だから、自分が感じた気持ちを、誰かに分けてあげたいから。
 自分が感じた幸福を、他の誰かにも知ってほしいと思ったから。
 こんなに素晴らしいモノを独り占めするのは、物凄くいけないことのように、
 もったいないように感じたから。

 だから、ホタルは何時もお菓子を持ち歩いている。
 自分が凄いと思ったモノ、幸せだと感じた気持ちを、誰かと一緒に共有したいから。


 ホタルがあげるお菓子は、彼女が感じたモノ――“幸せのお裾わけ”なのだから。


 自分の言いたかったことを言い終えたのか、手に持った板チョコの銀紙を剥がし、パクリと齧り付いた。
 口いっぱいに広がる適度な甘みに眼を細めて、ゆっくりと堪能する。
 


  「リ、リインもホタルさんの――ホタルちゃんのこと、友達だと思いました!!」



 顔を輝かせながら一生懸命銀紙を剥がし、端の方に口をつけた。
 口の周りがチョコで汚れることも構わず、ツヴァイは弾けるような笑みを浮かべる。

 幸せそうにチョコを頬張る二人を傍観していたユウに差し出された、二つのチョコの切れ端。



  「……ユウも食べる?」

  「コレは元々ユウさんのモノなんです。
  だから、あのですね……ッ、アナタにも食べる権利があるんです!」



 方や普段通りに、もう一方は照れ隠しのようにやけっぱちになって叫んだ。
 ユウは苦笑しながらもこれ等を受け取り、銀紙を剥がしたチョコを口に放り込む。

 一人よりも二人で。
 二人よりも三人で。
 皆と食べるお菓子と言うモノはどうしてこんなに美味しいのか。
 そんなことを考えるホタルとツヴァイ。
 
 一方、ユウはと言うと――――。



  「なぁ、リイン」

  「なんですか?」

  「今のお前、相当ひでぇ顔しているぞ。 顔中チョコまみれだ」

  「なっ!?」



 慌てて何かを言おうとしたツヴァイの言葉は、乱暴な手つきで拭かれたナプキンによって塞がれてしまう。
 恥ずかしいところを見られてしまったと、耳まで真っ赤になるツヴァイ。
 そんなツヴァイに掛けられたのはフォローの言葉ではなく、容赦のない追撃だった。



  「お子ちゃま」

  「〜〜〜〜〜〜ッッッ、リインはお子ちゃまじゃないですッ!!!」

  

 ガミガミと口を荒げるツヴァイと知らん顔をするユウ。
 そんな二人をジッと観察するホタル。



  「……喧嘩するほど仲が良い」



 ホタルがポツリと漏らした言葉は、ツヴァイの声にかき消され、二人の耳に届くことはなかった。



















 海面に位置する訓練スペースでなのはと合流したフォワード達。
 訓練着に着替え、六課の周りをウォームアップも兼ねてグルリと走って一周した四人は、
 乱れた息を整えながら横一列に並んでいる。



  「今返したデバイスにはデータ記録用のチップが入っているから、ちょっとだけ大切に扱ってね。
  それと、メカニックのシャーリーから一言」



 なのはの傍らに立つ、眼鏡を掛けた茶髪のロングヘアーの女性が一歩前に出て、
 四人の顔を軽く眼を通した。



  「え〜……メカニックデザイナー兼機動六課通信主任のシャリオ・フィニーノ一等陸士です。
  皆はシャーリーと呼ぶので、よかったらそう呼んでね。
  皆のデバイスを改良したり、調整したりもするので、時々訓練を見せてもらったりします。
  ……あっ、デバイスについての相談があったら遠慮なく言ってね」

  『はい!』



 ヴァイスもそうだが、六課には茶目っ気の多い人が多く在籍しているようだ。
 それが若さ故の事なのかは知らないが、はやての人選は確かなものだと言える。
 個人の能力もだが、コミュニケーション能力の高さも、
 部隊に大切なチームワークに必要不可欠なモノだから。



  「それじゃあ、さっそく訓練に入ろうか」

  「は、はい……」

  「でも、ここで……ですか?」



 眼の前に広がるのは首都クラナガンの高層ビル群と海上に浮かぶ、何もない無機質な小島
 訓練で来そうな場所は小島くらいだが、障害物など一切ないため、拍子抜けしてしまう。
 そう思っているであろう四人の心を正確に読み取ったなのはは、視線をシャーリーへと向ける。



  「シャーリー」

  「は〜い!」



 なのはの言葉に、シャーリーは端末を操作し、眼の前に無数のモニターを展開する。



  「六課自慢の訓練スペース。 なのはさん完全監修の陸戦用空間シミュレーター……ステージセット!」



 途端、何もなかった小島の上が歪み、小さな街が出現する。
 これから一年間、自分達が訓練することになる場所を見たフォワードの四人はただ凄いと、
 あまりにも陳腐な感想しか言うことが出来なかった。



















 そんな新人たちを六課の屋上から静かに見詰めるヴィータ。
 


  「ヴィータ。 此処にいたか」

  「……シグナム」



 後ろから声を掛けたシグナムは、ヴィータの横に並んで同じように四人を見下ろす。
 ヴィータもシグナムには眼を向けず、真剣な表情を浮かべていた。



  「新人達、さっそくやっているようだな」

  「ああ。 そうだな」

  「お前は参加しないのか?」

  「五人とも、まだよちよち歩きのヒヨッコだ。アタシが教導を手伝うのはもうちょっと先だな」

  「そうか」

  「……それに、さ――」



 付け足すような言葉は途中で途切れ、変わりに思いつめたように眼を閉じる。
 まるで思い出したくないことを振り払うかのように頭を振る。



  「……アタシはもっと強くなりたいんだ。 今度こそアイツを守れるように」

  

 決意を宿した瞳。
 まるで自分に言い聞かせるような言葉に、シグナムは声を掛けようとする。



  「――あの時のこと、まだ引きずってんのか」



 しかしそれは、背後から聞こえてきた言葉によって言いだす機会を失ってしまった。
 驚きながら振り返ると、三人――ユウ、ホタル、ツヴァイ――が近づいてきた。



  「リイン……! お前がは主はやて達と一緒にクラナガンに向かったんじゃないのか?」

  「……それについてははやてちゃんに聞いてください」

  「俺たちの付き添いだとよ」

  「……なるほど、そう言うことか」



 脹れっ面になるツヴァイ。
 ユウの言葉で、シグナムは大体の事情を察したのか、僅かに口元を緩めた。
 しかし、ヴィータが発する空気が、再びこの場に静寂をもたらす。



  「……ユウ。 さっきのはどういうコトだよ」

  「分かんねぇんなら何度でも言ってやるよ。 なのはのこと、まだ引きずってんのかって聞いてんだ」

  「だってアレはアタシの――」

  「おいおい。 それだったら俺も同罪ってことじゃねぇか」

  「違う!! ユウのせいじゃない! それだけは絶対に違うんだ!
  あの時なのはの一番近くにいたアタシが何も出来なかったから、だから……ッ」

  

 おどけた様に話すユウを見たヴィータは、まるで駄々っ子のように必死に否定しようする。
 
 ヴィータの脳裏に過ったのは、雪原に横たわる血だらけのなのは。
 自分が守ることが出来なかった、その結果があのザマだ。
 あの時ユウが来なかったら、今頃なのははどうなっていたことか。

 そんな、自分にとってのトラウマを思い起こしているヴィータにユウはゆっくりと近づいていく。



  「……俺にはお前が何でそこまで思い悩んでんのか、サッパリ分かんないんだよ」

  「ぇ……」



 意味が分からず、間の抜けた声を出しながら隣に並んだユウを見上げる。
 他の者は口出しはせずに、二人を様子を黙って見ていた。



  「なのはもだが、あの時いた奴らは皆助かったんだろ? だったら悔むことなんてねぇよ」


 
 確かにあの時、部隊の全員は大なり小なり怪我を負った。
 しかし、全員の命が助かったのは、ヴィータ達が迅速に行動したからだ。
 だから、悔むことなんて何一つないのだ。

 だって、なのは達は生きているんだから。

 

  「お前は皆の命を救ったんだ。 寧ろ、そのことを誇っても良いくらいなんだぜ」



 ヴィータの方を向いたユウが浮かべているのは感謝の笑み。
 あの時のユウに出来たことは、ただ壊すことだけ。 
 誰かを救うことなんて出来なかった。
 だから、ヴィータは何も悪くない。
 例え彼女の行動が間違っていたとしても、ユウにそのことを責める資格なんてありはしないのだから。

 ユウが再び正面を向くのと、ヴィータの顔がクシャリと歪んだのは殆ど同時だった。
 俯きながら拳をギュッと握りしめ、絞り出すように言葉を吐き出す。
 


  「…………それでも、アタシは……ッ、なのはに怪我なんて、してほしく……なかったんだ」



 それは、あまりにも贅沢過ぎる願い。
 あの時の状況で無傷なんて、それこそ不可能に近い。
 自分の言っていることがどれだけ大それた願いだと言うことを自覚しながらも、
 ヴィータは思わずにはいられなかった。


 大切な人に降りかかる脅威を打ち砕く。


 それこそが、鉄槌の騎士――ヴィータにとって絶対に譲れない、彼女の信念なのだから。









◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


ツンデレなツヴァイなんて誰得? と始終思いましたが、友人達には意外と好評。
世の中何に需要があるのかがさっぱり分からなくなった瞬間でした。
原作ではヴァイスに対して結構厳しくしていたので、ユウに対してはこんなものかなと思っています。
三人娘の前情報がそれに拍車をかけてしまう結果になってしまいましたが、
そうでなくてもこうなっていたと思いますが。

そして、後半ではユウとヴィータのやりとり。
“守る”ということに対するそれぞれの価値観が明確になった瞬間。
ユウの価値観は結構ぶっ飛んだモノですが、彼の過去を思えばそうなってしまうのも仕方のないこと。
一方のヴィータの方は、“心”というモノが芽生えてからはまだ何も失っていません。
故に、願いが贅沢になってしまうのは、これもまた仕方のないこと。

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