小説『副社長 北条明良?再会?』
作者:ラベンダー()

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<再会>


捜査一課 能田班の部屋−

班長席に能田が座って資料を読んでいた。

「あー…目がかすむな。」

前の席でパソコンを操作している、監察医の鍋島が「老眼ですかー?」と振り向かずに言った。

「うるさい。私はまだ35だ。」

と能田が言い返した。

「それより、監察医のお前がなんでここにいるんだ。自分の部署へ戻れ。」
「だって、ネットできないんだもん。」
「うちは、ネットカフェか!」

その能田の言葉に、鍋島は思わず笑った。

「おかまはどこ行った?」
「?…さぁ?」

鍋島はあたりを見渡した。

「誰がおかまよ!鎌本でしょうっ!?」

その裏声と同時に、鎌本が部屋へ入ってきた。

「やめてそれ。もう飽きた。次からは別バージョン考えておいて。」

鍋島が言った。鎌本は椅子に座り、真面目に悩みだした。

「おい、おなべ。」
「なあに?」

鎌本が答えた。

「おかまじゃなくて、おなべの方。」
「なんです?」

鍋島が答えた。これもお決まりだ。

「お前、友達大丈夫か?」
「…ああ…落ち着いたとは思うんですが…」

友達とは、先日、彼氏に振られて、自殺未遂をした舞のことだった。といっても、大した怪我じゃない。
たまたま、鍋島が訪れたので、軽い手首の傷で済んだのだった。

「しばらく、様子を見といてやった方がいいんじゃないか?」
「かといって、四六時中一緒にいることもできませんしね。」
「まぁそうだな…」

その時、鍋島の携帯がなった。

「!舞からメール…」

能田が資料から目を離して、鍋島を見た。

「…なんだか…遺書のような…」

その鍋島のつぶやきに、能田が「行って来い」と言った。鍋島はためらっている。

「でも…個人的なことですし…」
「そんなこと言ってる場合か!鎌本、バイク出せ。」
「はい!」

鎌本が部屋を飛び出した。鍋島は能田に頭を下げて、後を追った。


・・・・・

鍋島達は、舞の家についた。鍵は開けっ放しになっていた。
飛び込んだが、誰もいない。

「どういうこと?」

鍋島が息を切らしながら、頭の中を整理しようとした。
鎌本もどうすればいいかわからない。

その時、鍋島の携帯がなった。慌てて開くと、能田からだった。

「相澤プロダクションへ行け!舞かどうかわからないが、刃物を持った女の子が入ったって相澤社長から電話が…」
「相澤プロダクション!?…どうしてそんなとこ…」

鎌本が驚いている。鍋島は部屋を飛び出した。鎌本も後を追った。


相澤プロダクションのビルの前に、鎌本はバイクを止めた。警察も救急車も来ていない。
鍋島は不審に思ったが、バイクの後部座席から飛び降りて、中へ入って行った。

「!!北条さん!」

鍋島が驚いて、思わず声をあげた。明良が鍋島を見て一瞬微笑んだが、すぐに顔をゆがめた。
明良の手首にタオルが巻かれている。しかしそのタオルは血だらけになっていた。相澤が新しいタオルを上から巻きながら「車はまだか!」と叫んでいる。

「舞が!?…舞がやったんですか!?」
「あの子は舞って言うんですね。」

明良が痛みを堪えながら言った。
舞は、警備員に押さえられていた。

「舞!?」

鍋島が舞に近寄った。

「あんた、どうして北条さんを!?」
「違うの!あの人を刺そうとしたんじゃないの!」
「!?」

舞がそう言って暴れだしたので、警備員達が必死に抑えた。
鎌本は、明良にソファーに寝るように指示している。

「心臓の方を下にして下さい。でないと出血が収まりません。」

明良はうなずいた。そして鎌本に支えられて体を横たえた。明良の息遣いが荒くなっている。

「救急車遅いな…」

鎌本がそう呟くと、相澤が首を振って言った。

「呼んでません。」
「呼んでない!?」

その時、車が来たと事務員が走ってきた。
相澤が鎌本に言った。

「とりあえず、明良を病院へ連れて行きます。お話は後でも構いませんか?」
「それは構いませんが、どうして救急車を呼ばなかったんですか?」
「いや、明良がね。大げさにしない方がいいんじゃないかって言うものですから…。それで能田さんにお電話したんです。」

明良が体を起こした。鎌本があわてて体を支えた。「すいません」と明良は言い立ち上がった。

「明良…歩けるか?がんばれ…」

受付嬢と相澤に支えられながら、明良はビル前に用意された車に歩き出した。

「あの子、行かせないで!」

舞が暴れながら、明良を車に乗せようとしている受付嬢を指さして言った。

「あの子が私の彼を取ったのよ!」
「!?」

受付嬢は驚いた表情で舞を見た。舞の言葉を聞いた相澤は「一緒に乗れ」と言った。受付嬢はうなずいて、明良の後に乗り込んだ。
相澤は助手席に乗り、運転手を促した。
舞が叫ぶ中、車は走り去って行った。

・・・・・
舞は相澤プロダクションの会議室に、警備員と鍋島、鎌本と一緒にいた。
しきりに泣いている。

「あんた…なんてことしたの…。あの受付の人を殺そうとでも思ったの?」

舞はうなずいた。

「それで、一緒に死のうと思ったの。」

鍋島が、頭を抱えた。

「北条さんを刺したのはどうして?」
「私…何もないような様子で、このビルに入ったの。そしたら入口のところで、あの北条って人が通りすがりに、私に何か呼びかけたの…。私がびっくりして返事をしたら、そのポケットに隠しているのは何?って聞いたの。」
「!?」

その時、舞は上着のポケットに小さな果物用ナイフを隠していた。…明良は、そのポケットの膨らみ具合からそれに気づいたらしかった。舞は咄嗟にそのナイフを取り出して、受付嬢の方へ向かおうとしたが…。

「あの人が、私の腕を掴もうとしたから、咄嗟に腕を振ったら、あの人の手首にナイフが食い込んだのがわかって…。」

鍋島は、目を手で覆った。

「それなのにあの人、すごい力で私の腕を抑えて…。そしたら、警備員の人が来て…。」

舞がそこで黙り込んだ。

「…あんな大怪我負って、救急車も警察も呼ばないなんて…」

鍋島が呟くように言った。

「…北条さんの心遣いには悪いけど…あんたには自分のした事への責任をとってもらわなきゃ。」

鍋島がそう言って鎌本を見た。鎌本はうなずいて手錠を出し、舞の手に掛けた。



翌日、鍋島と能田が相澤プロダクションを訪れた。
受付嬢が、少しうつむき加減に、鍋島達を副社長室に案内した。

「あの子の事、気にしないでね。」

鍋島が、そっと受付嬢の背にささやくと、受付嬢が小さくうなずいたのがわかった。
受付嬢は副社長室のドアをノックした。

明良の「はい」という声がした。
受付嬢は少し涙声で「能田様と鍋島様がお見えです。」と言った。

「ああ、どうぞ!」

その元気な声に、能田達はほっとした表情をした。そして受付嬢がドアを開けた。

明良が立って待っていた。そして2人に頭を下げた。

「わざわざありがとうございます。どうぞ。」

明良はそう言って、来客用のソファーを右手で指した。左手に包帯を巻いている。その手が少し青白く見えた。
それを見た鍋島の胸が、ずきりと痛んだ。
2人は、明良に頭を下げて、勧められるまま椅子に座った。

「傷はどうですか?」

能田が心配そうに尋ねた。

「大丈夫です。縫った針の数は多いようですが。」
「…本当にごめんなさい…」
「鍋島さんがどうして謝るんです?」

明良が微笑んで言った。しかし、ふと表情を暗くした。

「…あの子は…結局逮捕になったんですね。」
「北条さんのお気遣いに背く形になってしまいましたが、ほっといたら、また何をしでかすかわからないと、鍋島が判断したんです。」

能田が、涙ぐんでいる鍋島の代わりに言った。

「そうですか…鍋島さんも、お辛かったでしょう…。」

明良がそう言って、鍋島を見た。鍋島が涙に言葉を詰まらせながら言った。

「…本当にすいません。…まさか、こんなことになるとは思わなくて…」
「鍋島さん。僕の事は別に構いませんが…」

明良が微笑んで言った。

「あなたの気持ちは、舞さんに伝わっていると思いますよ。」

鍋島は一層、言葉に詰まった。
能田は(この人は変わらないな…)と思っていた。すると明良がふと思い出したように能田に向いた。

「あの、能田さん…。相澤から聞いたんですが、私が刺された時の事件を担当されていたとか…。」

能田は驚いた表情をしたが、少し照れくさそうに「ええ」と答えた。

「もしかして、あの時病院に事情聴取に来られた刑事さんですか?」

能田が微笑んだ。めったに笑わない能田が微笑んだ顔を見て、鍋島は心の中で驚いていた。

「そうです。」
「やっぱりそうですか!」

明良がそう言って、右手を差し出した。能田も手を出して握手した。

「すいません。あの時もお名前をお聞きしていたとは思うんですが、すっかり失念してしまって…」

明良の言葉に、能田は首を振った。

「…もう10年…いや、18だったから、12年ですか…。」

明良が感慨深げに言った。能田もうなずいた。

「時の立つのは早いもんです。あれから、ずっとあなたが活躍されているのをテレビで見ていましてね。」
「!…それは…ありがとうございます。」

明良は少し照れくさそうにした。

「まさか、こうしてお話できるとは思いませんでしたよ。」
「…私もです。」

明良も能田も感慨深げに微笑みあった。

・・・・・

帰りの車の中で、鍋島は能田から、明良が刺された事件の事を聞いた。

明良はその時まだ18歳だったが、両親も唯一の親族だった姉も亡くして、独りで暮らしていたそうだ。
明良を刺したのは、同じ18の息子を持つ父親で、その息子が大学受験に失敗したことを苦に自殺未遂をし、意識不明の重体となっていた。
犯人はその時、デビューして間もない同い年の明良の人気が出ていることに逆恨みし、明良のステージを壊すよう細工し、そのため怪我をした明良が入院している病院で命を狙ったりしたのだという。

能田はその時、病院で明良に事情聴取をしている。その時に見た明良の顔は、とても子どもっぽいように見えた。
しかし事情聴取の時点で、明良は犯人がわかっていたらしかった。だが能田はそれを見抜けなかった。あの時見抜いていたら、もしかすると明良は刺されなくて済んだかもしれない…と能田は今でも悔やんでいる。
が、明良は犯人が捕まるのを望んでいなかった。その上、明良は刺される前に、匿名でその犯人の意識不明の息子に、花束を贈っている。

「…よくできた子だと思ったよ。」

能田が運転しながら話を続けている。

「明良君が退院した後、犯人は明良君を公園まで追いつめてとうとう刺した。結局、犯人は自首してきたが、明良君の身の上と気持ちを知って、犯人は警察署で泣き崩れていた…。その姿は今も目の奥に残っているんだ。明良君は刺された瞬間に「姉さん」と言ったんだそうだ。それを聞いた時、私まで涙が出たよ。…もしかすると死んでお姉さんのところへ行くつもりだったのかも知れない。」

鍋島が涙ぐんだ。

「結局、彼は助かった…そして被害届を出さなかった。…最後までやられたと思ったよ。…そこから私もいろいろ考えるようになってね。厳しくするばかりが、罪を償わせることにならないんじゃないかって…。」

鍋島は能田の顔を見た。

「私はテレビで彼の成長する姿を見ていた。引退すると知った時は心配したが、監督のパーティーで、奥さんと一緒にいる彼の元気そうな姿を見た時…彼が生きていてくれてよかったと、親のように嬉しかったのを憶えてる。」

鍋島は、本当に嬉しそうにしている能田の顔を見た。普段、表情が変わらないだけに、本当に能田が喜んでいることがわかった。

「あ、それでなんだ!」

鍋島が突然声を上げたので、能田は眉間にしわを寄せた。

「急に大声を出すな。」
「すいません。監督のパーティーの時、北条さんのグラスにワインを入れた犯人がどうしてわかったのかな…って、すごく疑問に思ってたんですけど、ずっと北条さんを見ていたからなんですね。」
「ん…まぁ、そうだ。」
「…まぁ…って?」
「実は、奥さんの方を見ていた。」
「!?」
「綺麗な人だなぁって、ついつい…そしたら、あの夫婦の傍で、あの少年がうろうろしているからおかしいなと思っていた。でも、まさかワインを入れていたとは思わなかったがね。明良君が倒れて急性アルコール中毒だってわかった時、もしかして…と思って、誘導尋問したんだ。」
「…能田さんって、おかまとかおなべとかが好きじゃなかったでしたっけ?」
「好きだ。」

能田が真面目に答えるので、鍋島はつい笑った。

「でも、奥さんに見惚れるということは…ノーマルですよね。」
「あのな、鍋島。」

ここで、鍋島はしまったと思った。しかしもう遅い。

「おかまとおなべがノーマルじゃないという考え自体がおかしいんだ。世の中にはノーマルもアブノーマルもなくってだな…」

この説教は多分、鍋島の家に着くまで続くだろう。…あと1時間は覚悟しなければならない。
鍋島はため息をついた。


(終)

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