目を開けた。
黒。
闇
真っ暗な世界。
そこに自分一人がいる。
立っている感覚があるから、かろうじて地面があるのだと認識できる。それほどまでに天地というものが希薄な、宇宙にも似た世界だった。
ここはどこだろうか……。
なぜこんな不思議な場所にいるのか何とか思い出そうとする。だが思い出そうとすると頭痛がするだけで何も見えてこなかった。
一つ、思い浮かんだのは死後の世界。
不可解な空間も、そう考えるとすべて納得がいく。なにせ死後の世界など未知。どんな世界であっても不思議ではない。
ただ死後の世界だとしても何故自分が死んだのかが分からなかった。
何をするわけでもなくなんとなくあたりを見渡す。
するとふと背中に視線を感じた。
ゆっくりとそちらを向く。
そこには黒いフードをかぶった人影があった。黒闇の中で黒いフードを纏っているものの、何故か輪郭がぼんやりと白く光っているので見ることができた。人間のようには思えなかった。その人影は小さな木舟のようなものに乗っていた。
「さぁ、どうぞ。こちらが冥土。ほら、舟にお乗りなさい」
男とも女とも取れない声で、彼(もしくは彼女)は手招きして舟に乗るように促す。
俺はすぐにこいつが死神ではないかと思った。死後の世界ならそれくらいいても不思議ではない。ただ手には鎌ではなく舟を漕ぐための櫂があった。
俺はすぐにはそいつの言葉に従わなかった。死神の乗っている舟。ならば行き着く先は完全なる死そのもののはずだ。
そうして乗りしぶっていると彼は困った表情になり(顔は見えないがなぜかそう感じられた)、暫く考え込んだ後に、そうだとばかりに、
「代金なら頂きました。どうぞ、お気になさらずに」
さぁ、と再び乗るように促す。
気にしていることはそんなことではないのに。
「代金なんて支払った覚えはないが?」
「あぁ、そうだ。あなたは知らない」
「知らないって何を?」
「あなたは一人になられたんです。言ったでしょう? 命は頂きました、と」
其れは死の宣告だった。
彼はさすがに待ちきれないとばかりに、俺の腕をぐいと引っ張って強引に舟に乗せた。
俺は小さくため息を吐いた。
もう諦めた。理由は分からないが、たしかに俺は死んでしまったのだ。
「この舟、何処に行くんだ?」
「さぁ、それはあなたしか知らない。ほらこれを」
そう言って櫂を俺に手渡す。
「お前が船頭じゃないのか?」
「いえいえ。私は船頭ですよ。どうでもいいんです、細かいことは」
暗闇に薄い透明な水の流れが現れた。
「さぁ一緒にうたいましょう」