小説『夢幻奇譚〜上杉軍神録〜』
作者:maruhoge()

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「はぁ……ようやく着いた」





日ノ本六十余国を巡り巡って十数年、俺、『立森 聖正』は遂に最後の目的地である越後に辿り着いた。



越後。それは、今巷で話に上がる人物『長尾為景』が実権を握っている国である。



居城『春日山城』は鉢ヶ峰に築城された城。別名『鉢ヶ峰城』と呼ばれる巨大な山城である。城内部の詳細は分からないが、恐らくは難攻不落。


そして城主の長尾為景はかなりの戦上手と聞く。戦う事百戦、まさに闘将猛将である。



しかし猛将の面だけでは無いのがこの人物。内政においても外交においてもその手腕を奮っていると聞く。



この戦乱を終わらす事が出来るかもしれない稀有な人物の一人である事は間違いないだろう。




俺が越後を目指したのも、そんな長尾為景という人物が気になったからである。





「……しかしこの城下は中々に発展しているな。流民らしき者も見当たらない。治安も良い」



至る所で戦が起こる世。巻き込まれた民や敗れ去った兵は自国を捨て他国へ向かう。

他国へ向かっても、山賊等に襲われ命を落としたりするものは多い。それでも生き残った者が辿り着いてすることは一つ。



『今日を生きる為の糧を得る』



それだけだ。



が、そんな者たちが今日を生きる術など持っているはずもなく、待っているのは餓死か衰死か。


そして市井で発生するのが盗みや殺し。



すると治安は一気に悪くなり、商人は寄り付かなくなり、民は他の国へと安寧を求めて逃げる。結果、国は衰退し、攻められ滅ぶ。



不の連鎖だ。





「……ま、ここまで治安が良ければ発展するわな」



独りごちる。


そして気づく。




「……金子がもう無い」



そう、今日の分の飯を食らう金子が無いのだ。


恥ずかしながら金子は今まで芸を披露したりして稼いでいたのだが、その道具はつい先週壊れてしまった。故に、俺は金子を稼ぐ手段を持っていない。


思えば最後に飯を満足に食ったのは何時だったか。


一日一食で歩き続けたのだ。腹は物凄く減っている。





「ああ、もうダメかもしれない………」



意識した途端、空腹で視界が霞む。足から力が抜けて道に倒れ込む。



目的地に着いて早々に果てるとは………無念すぎる。







「もし、そこの方。大丈夫か」


凛とした声が耳に響く。

が、空腹で視界が霞んでいて面構えを確認できない。声からして女子である事は分かるのだが……




「和尚、その饅頭をこの方にあげましょう」


「虎よ、そのようなことをしていてはキリがありませんよ」


「しかし、目の前で倒れた者を助けてはいけぬ等、義に反します」



どうやら二人いるようだ。……しかも一人は坊主。坊主と女子とはどんな組み合わせだ?




「さぁ、この饅頭で良ければ食べてくれ」


「……忝い」



口元に持ってこられた饅頭を口に含む。


程よい甘さが口に広がり、幾らか空腹感が満たされる。





しばらくして、視界が回復する。


目の前に居たのは、切れ長の瞳に漆黒の髪を後ろで一つに結った、凛とした女子であった。




「先程は助かり申した。何かお礼を………と言いたいのですが、何分持ち合わせは何もなくて……。申し訳無い」


「何、感謝される様な事はしていない」


「いや、あのままだと今日にはこの春日山の城下に骸を晒しているところでした」


「私は当然の事をしたまでだ」




虎と呼ばれた女子は当然といったように胸を張る。



………しかし堂々としている女子である。

恐らくは何処かの武家の娘なのであろう。でなければ此処まで凛とした態度は取れまい。


ついでに、俺が敬語で話しているのは何時もの癖である。基本、誰にでも敬語だ。






暫く礼と突っぱねの堂々巡りが続いた。

そして何時の間にやら仲良くなっている自分が居た。





「―――…成る程。それで国々を巡っていたのだな」


「ええ、見聞を広めて、この乱世を終わらせることが能う人物に仕えることが私の目的です」


「では、この国に来たのは………」


「長尾為景なる人物をこの目で見定める為」


「随分と自分に自信を持っているようですな」


「……そこそこ有能ですよ、俺」


「どうやら貴殿は私が嫌いな様だな」


「というよりは坊主が嫌いなんですがね」




女子に敬語、坊主に喧嘩腰という異様な状況が出来上がってしまった。




俺は坊主が好かない。

それは霊峰比叡山、延暦寺での坊主共の無法振りが俺に嫌悪感を抱かせる。



坊主は権力を持っている。この日ノ本は、仏によって護られていると考えるのがこの日ノ本に住まう者の考え方だ。

そして坊主共はこう考える。


『仏がこの国を守護しているのだから、その仏に仕える自分達は貴ばれるべき存在であり、武家よりも偉い』




俺は仏が守護してようが何だろうが、正直どうでもいい。誰が何を信仰しようが勝手だ。元々この日ノ本は八百万の神々が住まう地とされているのだ。どれか一つに絞れというのが無理な話だ。

だが、仏を笠に無法を働くのは許されない。


延暦寺は鳥獣魚の肉は食う事は許されず、女を抱くことも禁止。贅沢で金を使うなど有ってはならないほど戒律に厳しい。が、延暦寺の坊主共は肉を食らい、女を犯し、贅沢の限りを尽くしている。


勿論、そんな糞っ垂れ坊主だけではないというのは分かってはいる。いるのだが如何しても坊主共は自分たちが偉いと勘違いしている者が多い。



だから好きになれない。




「そういえば虎殿は何故この坊主と一緒におられるのですか?寺に女子は入れないと思っていましたが」


「和尚には学問を教わっているんだ。何時か父上の助けになればと思ってな」


「そうですか…。偉いんですね」


「親を助けるのは子として当然だ。親兄弟を助けることは当然であろう?」


「今の時代、そんな考え方は稀有ですね。羨ましいですよ」


「何事も義に基づき行動すれば、乱世は必ず終わるはずだ」



然も当然という表情で言い放つ虎殿。




その言葉は真理で無い。いや、真理ではあるが罷り通らない真理と言うべきか……



確かに一人一人が助け合う事を覚えれば乱世は終焉に向かう………というか戦いなど起こらない。が乱世は常識等通らない。通らないから乱世なのだ。


だからか、俺が虎殿に抱いた感想は、



『危うい』



の一言に尽きる。

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