「………本当に虎殿は愛されておられますね」
「むぅ………」
「良い意味で、で御座います。此処まで親に愛されている子は、天下広しと言えども虎殿位なものです」
「お主の親はどうだったのだ」
「さてどうであったのか……」
俺は親の顔を知らない。一族は俺以外皆殺し。
そして物心つく前から諸国を俺を助けてくれた供の者と旅をしていた。
だから親の愛情を直に受けたと感じる事は出来なかった。が、もしかしたら俺の親もこんな感じだったのだろうかと、詮無き事を思ってしまう。
愛情という感情は知っている。愛情という感覚を知らないだけ。
だからなのか、親子の絆の形成具合を客観的に見てしまう事が多い。
「為景様、一つ訊いても宜しいでしょうか」
「何じゃ」
「虎殿を守る―――此れは万が一は晴景様を討つ事も辞さない……と解釈しても宜しいのでしょうか」
「………」
為景様は黙って、ゆっくりと首を縦に振る。
「……出来ればそのような形での終結は避けたいと御思いですね」
「………」
「私には為景様の心情を理解する事は出来ませぬ。が、為景様が其処までの覚悟を御持ちならば、私は虎殿を害す者を容赦無く全て排す所存です。……例え其れが晴景様でも、誰であろうと」
覚悟を決めるとは何かを捨てる事だ。
誰かを助けるには誰かを見捨てる。そんな当たり前の事は皆知っている。だが本当に覚悟を決める者は両手で数える程しかいない。
我が子を守るには我が子を廃し、排す。
為景様の覚悟は本当の意味での覚悟。其れに応えないなど、俺には出来ない。
我が子を殺す事がどの様な気持ちか……俺は親では無いので理解出来る筈も無い。だが、為景様の覚悟を理解する事は俺にも出来る。
だから俺も覚悟を決める。
為景様の気持ちに応える為に、虎殿を守る為に、俺は鬼にも修羅にもなる。例え其れがどんな誹りを受けようとも、虎殿に恨まれる形になろうとも。
此れが覚悟を決めて、主に仕えると言う事だ。
「……感謝する。其れと……すまぬ」
「謝らないで下さい。私が決めた事は私が全てを背負います。だから為景様は気になさらずに、虎殿を愛して下さい。其れが虎殿の為になります」
「……ふっ、そうであるな。……全く貴様は真に優秀だな」
「恐縮です」
「もういっその事、虎千代の婿にならぬか。お主程の男で有れば、ワシも喜んで虎千代の晴れ姿を見る事が出来る」
「虎殿の意を無視など出来ませんし、私には虎殿は過分過ぎます。大体、其の様な眼で見る事は虎殿に失礼です」
虎殿は俺が恩を返す人物。
そんな眼で見る事などしてはいけないし、主になり得る方にそんな感情は持ってはならない。
「……ふむ、残念じゃな。ま、ワシが生きておる間に虎千代の晴れ姿が見れれば満足じゃ」
「くれぐれも虎殿の意思を尊重されますように」
「分かっておる。虎千代に嫌われてしまったら、何を糧に生きていけばいいのか分からなくなるでな」
ハハハッと笑い飛ばす為景様。
やはりこういう方に天下を治めて欲しいものだ。
しかし其れは叶わない。だから出来るだけ今此の時を謳歌してもらおう。
「しかし何故お主は虎千代に気に入られたのだ。如何に優秀であろうと、虎千代が気に入るのは本当に珍しい」
「さぁ……分かりかねます。もしかしたら此の包帯が目に止まったのかも知れませんね」
冗談めかして言う。虎殿の真意など俺には理解出来よう筈も無い。客観的に見たって、俺の姿格好は不審者だ。
「……そういえば何故包帯など巻いておるのだ。怪我という訳では無さそうじゃが。……取って見せよ」
「あまり見ていて面白いものでは有りませんが………」
「構わん。取って見せよ……いや、取れ。気になって仕方ないわ」
ズイっと前のめりになる為景様。
どうやら逃げる事は叶わない様だ。
……仕様が無い。此れも忠誠の証だと思えば……
「他言無用にお願いします。特に虎殿には……」
「分かっておる」
言質を取った事を確認し、徐々に包帯を取り払う。
全て取り払うと、為景様の表情が綻んでいく。
「おおっ、此れは………」
「こういう事です。満足しましたか」
「ははっ、中々に面白いではないか!! 益々気に入ったぞ!!」
「そんな事を言った方は初めてです。為景様は変わっておられますね」
気が済んだのを確認し包帯を戻していく。
「では為景様、私は此れで失礼します」
もう用は全て済んだ。
あまり長く居ても悪いので、俺は一度平伏してから静かに退出した。