小説『夢幻奇譚〜上杉軍神録〜』
作者:maruhoge()

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為景様に仕えてから光陰矢の如し、はや三ヶ月が経った。


仕えるまでは分からなかったが、長尾家の内政事情は中々に進んでいなかった。





なので、俺が最初に為景様に提言したのが街道整備と城下整備だった。


街道整備を通り易くし春日山に商人を呼び込み、城下整備により城下町の発展を促す為であった。





担当奉行の直江大和守殿が優秀であった為、滞り無く城下の整備も街道の整備も終わった。


此れで春日山の城下はもっと発展することだろう。




次に手にかけたのは鉱山開発だった。

此れは中々に手間取った。


何せ、鉱山開発は危険が伴う。山を掘り進んでいくのだから落石落盤、病にかかる者も出てくる。その為、人手が圧倒的に足りなかった。

其処で提案したのが、今年の民の税を五公五民から四公六民まで引き下げる代わりに人足として鉱山で働く事だった。当然、働いた分の給金も支払う。


一見、損している様にも見えるが実際は此方の利益の方が大きい。


こうして鉱山開発は着々と進み、今では莫大な利益を生む結果となった。





金銭面での問題が解決したので次に着手したのが領民問題。


此れは一部問題は有ったが、問題無く解決。不満の声も格段と少なくなった。






最後に新田開発、開墾。


此れも大きな問題は起こらず、民にも利益が有ると説明したら簡単に解決。

元々米が良く取れる事もあって、今では昨年度の収穫高の三割増だ。






此の様に様々な問題に対して提言、解決していった結果、三ヶ月足らずで重職に着く事になった。


しかし問題は山積みだ。



此れから領地を拡げ様としている長尾家には、文官より武官が多い。詰まりは領地が拡がれば拡がるほどに内政面に支障が出てくる。


武官の方々に手伝って貰おうと考えたのだが、効率が悪くなると大和守殿に言われたので諦めて新たに文官を登用する事になった。


しかし武官は即登用出来るのだが、文官はそうはいかない。

能力がなければ仕事は任せられないし、何より、此の越後には武を重んじる風潮があるらしい。故に文官が集まらない。来ても使えない。




結果、俺や大和守殿や少数の文官が馬車馬の如く働く事となった。


大和守殿が『立森殿が来てからは随分と楽が出来る様になった』との事。

今まで何れだけ余裕が無かったかが伺い知れる一言だった。






「大丈夫か聖正殿、随分と疲れている様に見えるが………」


「心配には及びません、虎千代様」




今現在、俺は林泉寺にて虎千代様と共に、縁側に座り茶を啜っている。

呼称が変わったのは、何時までも虎殿と呼ぶのも不敬かと思っての事。




「んー……やはり聖正殿に様を付けられるのは違和感が………」


「虎千代様もいい加減『殿』を付けるのを御止めになったら如何ですか。私は虎千代様の臣でも有りますから」



こんな事を言い合えるのも、今日は糞坊主が此の寺を留守にしているからである。俺が来る日は和尚が出かける日になった、と寺の小坊主に言われた。


此れは此れで腹が立つが、顔を合わせるよりは断然良い。口論になり様が無いからだ。




「しかし虎千代様の飲み込みの早さには驚くばかりです。今日も時間より早く終わってしまいました」


「何、教える者が上手いからこそだ。大変分かり易い説明が無ければ此処まで早くは無いだろう」




謙遜しているが、お世辞抜きに本当に虎千代様は飲み込みが早い。

今日も孫子の一節を間違う事も無く、正しく理解し、其れを軍師将棋で実践した程だ。

此の儘いくと、俺の教える事は早々に無くなるだろう。



武術も男顔負けの腕前。剣の扱いも槍の振るい方も理解している。

実戦では思う様にいかないものではあるが、其れを差し引いても通用する腕前だ。


まぁ、剣槍を振るう事にならない様に注意はしているが………





「さて、私は此れからまた登城して一仕事して参ります」



立ち上がり、背筋を伸ばすとゴキゴキッと骨が鳴る。




「もう行くのか」


「ええ、あまりのんびりしていると、大和守殿が働き過ぎで倒れてしまいますから」



今も目まぐるしく城の中を走り回っている事だろう。



「私も何か手伝えれば良いのだが………」


「其の御言葉だけで十分で御座います」




此の言葉を大和守殿に伝えれば、また半日ほど働く元気が出るだろう。

大和守殿も大概に虎千代様を溺愛している。

きっと為景様の影響だろう。言動が為景様にそっくりだ。

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