小説『夢幻奇譚〜上杉軍神録〜』
作者:maruhoge()

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「………決めたぞ!」



何か思い立ったらしい虎千代様が勢い良く立ち上がる。



「私も城へ赴く。今日の授業は終わったのだ、何も問題は無いであろう」


「有りませんが、また如何して城に行かれるのですか」


「父上に会いに行く………と言うのは建前で、聖正殿の仕事を見ようと思ってな。……迷惑か」


「……いえ、迷惑ではないのですが………」



見ていてもそう面白いものでは無い。

ただ黙々と計画書を作り、ただ黙々と指示を仰ぎ、ただ黙々と実行するだけ。面白い事など存在する筈が無い。



其れよりも、建前と言われた為景様が不憫でならない事の方が気になってしまう。



「では早く参ろう。時は有限だと今日言っていたであろう」


「…御意」



引く気は無い様子の虎千代様。

此処で渋っていても徒に時が過ぎるだけと判断した俺は、繋いで於いた馬を引いてくる。



「御乗り下さい」


「聖正殿はどうするのだ。此れは聖正殿の馬であろう」


「私は馬を引きます。虎千代様は馬に御乗り下さい」



臣下である俺が馬に乗って、御息女の虎千代様が徒歩など、無礼にも程がある。

そんな事をした暁には為景様に斬られかねない。


だから此れは虎千代様に馬に乗って頂くのが正解だ。



「ならば二人で乗れば良い」


「駄目です」


「何故」


「色々問題が生じます」



からかっている訳でも無く、純粋な提案だから質が悪い。


純粋さも時には罪とは此の事を言うのか………





どうにか交渉し、虎千代様が馬に乗るという形で決着。

不満そうな虎千代様だが、此処は我慢してもらう他無し。じゃないと俺の身命に関わるのだから。





こうして林泉寺を出た虎千代様と俺は、商人町民の声が賑やかな城下を歩いている。



「虎千代様、新しい甘味入りましたよ!!」

「虎千代様、此方の着物、きっと虎千代様に御似合になりますよ!!」

「虎千代様ぁ―!!」



驚いた事に、虎千代様の城下での人気は凄まじいものであった。


一つ歩を進めれば周りには商人町民が十人と群がり、十歩進めば周りには人、人、人の群。歩くのも困難な状況だ。


此れに虎千代様はきちんと対応する。

町民も商人も和気藹々と虎千代様と会話するなど普通は考えられない。



そういえば、最初に虎千代様を見た時、甘味屋の女将と随分と懇意にしていたのを思い出した。



「み、皆、また今度顔を見せるから今は通してくれ!」



虎千代様の困惑気味な叫びも此の騒音の前には虚しく消え去る。

其れ処か声を聞いた者達が一人、また一人と増えていっている。



人望が有り過ぎるというのも考えものなのかもしれない。




「聖正殿!! 何とかならないか!?」


「………何とかしてみます」



此れでは陽が沈んでも城に辿り着けそうに無いので、一計。




「皆、あまり騒がし過ぎると警備の兵にしょっぴれるぞ」



其の一言で辺りが静まる。

警備の兵と言うのは、治安維持の為に城下を見廻っている者達で、主に破落戸や諍いを鎮圧するのが仕事である。あまり城下が騒がし過ぎても此方の都合が悪いし弊害も起こるので、注意しても聞かない場合はしょっぴく事にしている。


まぁ、半日ほどで解放されるんだが……



徐々に人が端に寄って行き、やっと人が通れる位の道が出来上がる。




「さて、行きますよ虎千代様。………嗚呼、其れと皆、明日は虎千代様が顔を出すそうだから、盛大に持て成してやれ」



俺の一言で、周りから大歓声が起こる。

締める所は締め、緩める所は緩める。此れが治安維持には大事なのだ。




「き、聖正殿!?」


「此れも虎千代様の為に御座います」


「私は明日も聖正殿の授業が……」


「では内容変更で。民との触れ合いを学びましょう」


「聖正殿ぉー……」



虎千代様の抗議も何のその、右から左に聴き流しながら城へと向かうのであった。

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