小説『夢幻奇譚〜上杉軍神録〜』
作者:maruhoge()

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「此れは此れは重臣の御歴々、こんな場所で何をなさっているのですか」



春日山城の大手門を潜り、少し歩いた開けた場所に居たのは、長尾家の重臣に名を連ねる方々だった。



「おお、立森殿か」


長尾家筆頭、内政、外交、軍事面で活躍する、直江景綱殿。



「立森よ、きちんと励んでおるか!?」


重臣の中でも年長組で、古くから仕え、高齢な今でも現役続行中な猛将、中条藤資殿。



「おお、虎千代様ではありませぬか!! 暫く見ない内に、益々見目麗しくなられて…………爺は嬉しく思いますぞ!!」


幼い頃から虎千代様の教育係を務め、今は内政面で忙しく働き回っている御老体、金津義舊殿。



「虎千代様、此の着物を着て下され!! 此れを着て為景様の御前に出て差し上げれば為景様も御喜びになりますぞ!!」


色艶やかな着物を手に熱弁を振るい続けているのは、虎千代様の軍学の師、今は只のはっちゃけた御老体、本庄実乃殿。







此の四人に為景様を加えると『虎千代親衛部隊』の完成だ。



五人が揃うと何かしらの問題が起こる。主に虎千代様関連なのだが、此の方々は限度というものを知らない。

何度か見かけたのだが、虎千代様が人形宜しく御歴々が購入してきた着物を延々と着せられていた。まぁ、その後如何なったかは推して知るべし。


唯言える事は、古くから仕えているせいか為景様の影響をかなり受けているという事である。





「………で、御歴々、此の様な場所で何をしておいでなのですか」



本来ならば此の様な場所に居る方々では無いのだが、何故だか知らないが一堂に会している。

正直、あまり良い予感がしないのだが……



「良くぞ聞いてくれた!! 我等が選んだ着物でどれが一番虎千代様に似合うのか討論しておったのだ」



代表して答えたのは直江大和守殿。


其の手には見るからに高そうな紅色が目立つ艶やかな着物があった。


其れを見た俺と虎千代様は、その他の御歴々の手を見る。


金津殿は朽ち葉色の着物。

中条殿は薄桃色の着物。

本庄殿は浅葱色の着物。



各々、自信満々な表情で着物を握りしめているのが笑える。




笑っている俺とは対照的なのが虎千代様。

喜怒哀楽が抜け落ち、悟りでも開いたかの様な表情だ。



「……虎千代様、如何なされましたか」


「また私は二刻も弄ばれるのかと思うと………気分が滅入る」




今までの経験からか、此の後の展開が分かっているらしい。




「御愁傷様です」


「聖正殿、助けてくれるという選択肢は無いのか」


「助けた方がよろしいのですか」


「勿論!!」


「其処まで言われるのであれば仰せのままに……」



此れに関しては無視を決め込もうとしていた俺だが、あまりにも虎千代様が必死だったので助ける事にした。




「……御歴々、よくよく御考え頂きたい。虎千代様の意に沿わない事をしても御喜びになられますまい。此処は一つ、虎千代様の喜ぶ事をする方がよろしいかと思いますが……」


「「「「虎千代様が喜ぶ事?」」」」


「然り。虎千代様は御歴々の仕事ぶりを御覧になりたい御様子。此処で御歴々が真剣に仕事へ打ち込んでる姿を見せれば、虎千代様の好感度は鰻登りかと………」


「「「「それだっ!!」」」」



俺の発言を聞き、蜘蛛の子を散らす様に一斉に自分の仕事へと戻っていく御歴々。散り様から、如何やら仕事の途中にも関わらず、討論していたらしい。

………全く、重臣が率先してさぼるとは何事かと言いたくなるが、言ったところで治りそうにも無いだろう。





「本人が居る前で好感度は云々の話をされるとは思わなかった……」


「此れが最良かと………」



仕事は進むし、虎千代様を気疲れさせなくて済む。一石二鳥とは此の事だ。……いや、元々さぼっていたのだろうから作業効率は元に戻ったと言った方が適切か。

まぁ何方にせよ、此れが最良だろう。




「では此方です、着いて来て下さい」


「う、うむ……」



思わぬ足止めを喰らったが、気にしていても詮無き事。

俺と虎千代様は、其の儘俺の仕事部屋へと向かうのだった。

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