小説『夢幻奇譚〜上杉軍神録〜』
作者:maruhoge()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>







「……今月に入って賊の数が増えておる」



そう呟いたのは我が主、長尾為景様である。


今朝方、為景様の遣いがやって来て、登城するようにと言い残して去っていった。


そして来てみれば此の状況。



既に春日山城には、直江大和守殿を筆頭に家臣一同が揃っていた。




「既に聞き及んでおる者も居るであろうが、賊が我が領地にて好き放題しているとの報せが入った」


「何とっ!?」


驚いたのはとある老臣。


「無論、春日山から発生した賊では無い。北越後より流れて来た輩達であろう」



「北越後……厄介ですな」。そう呟いたのは直江大和守殿。其の真意は理解に難くない。



直江殿が危惧しているのは、恐らく裏で糸を引いている者の存在。北越後の国人衆の宇佐美、柿崎両氏の存在だ。


俺は実際に見た事は無く、口伝に聞いただけだが、為景様も梃子摺る知恵者と猛将らしい。特に宇佐美という者は神算鬼謀で幾度も為景様を退けているという。


実際は其の者達が糸を引いているのかは不明だが、若し裏で糸を引いていれば確かに厄介だ。


賊の討伐に赴いたと思ったら、国人衆の軍と衝突………何て事も有り得なくない。




「此度の討伐は前原民部を大将とし、其の補佐に景綱、中条、そして……立森、貴様を出す」


「私ですか……」



少々驚いた。まさか此の様な場面で出陣の機会を貰えるとは思ってもいなかった。



「うむ。我が期待、裏切ってくれるなよ」


「承知致しました」


「では引き続き軍議を続ける」




初陣という訳では無い。が、長尾家に来て初めての出陣だ。

失敗は許されないが、失敗するつもりは無い。

例え賊だろうが軍だろうが、万全の状態で望む。如何に被害を被らずに目的を達成するか、其れが人を率いて戦う者の『責任』というものだ。



その後も軍議は続き、最終的には、


前原民部 150

直江大和守 125

中条藤資 125

安田長秀 50

立森聖正 50


の総勢500という編成となった。


前原民部の将としての器は知らないが、直江、中条、安田の三名は問題無い。特に直江殿の用兵術は見て学ぶものが有りそうだ。







「お〜い、聖正君!!」


一人考えに耽っていると、後方から声が聞こえた。振り返ってみると頭に鉢巻を巻いている若い男が駆け寄ってきた。


「何ですか、安田殿」


此の安田長秀という男は俺とはほぼ同期であり為景様も目をかけている。普段は比較的大人しいが、兵を率いると途端に性格が変わるという、一風変わった男である。

そして俺より多く戦場に出ている勇将だ。


此れに関しては、文官武官の差だな。俺は文官だし、安田殿は内政に携わらないので、多く戦場に出ているからといって嫉妬したりなどはしない。




「安田殿何て他人行儀は止めようよ。僕の事は長秀で良いよ」


「では長秀、何ですか」


「いや〜、聖正君って初陣じゃないかなぁと思ってね」


「……まぁ、ある意味初陣ですね」


「今回は賊の討伐だから手柄らしい手柄は少ないかもね。良かったら一番槍は譲ろうか」


「要らないです。其れに――――」


深く息を吸い込み、真剣な眼差しで長秀殿を見る。


「――――ただの賊討伐にならない可能性も有ります」



そう告げる。


「……そうだね。僕も少し気を抜き過ぎていたよ。有り難う」


「いえ、油断大敵ですから」


「…うん、気をつけなきゃね」



杞憂で終われば良いが………


胸に巣食う気持ちの悪いものは未だに取れないが、過ぎたるは猶及ばざるが如しと有るように、考えすぎもまた問題だな。


不安を心の中で押し殺して、長秀殿と共に城門へと向かった。

-17-
Copyright ©maruhoge All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える