小説『夢幻奇譚〜上杉軍神録〜』
作者:maruhoge()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>





春日山城大手門前に来ると見知った顔が待っていた。




「聖正殿!!」


「此れは虎千代様、此の様な場所で何をしていらっしゃるのですか」



虎千代様は急いで来たのか、少々息を切らしていた。




「聖正殿は初陣だと聞いてな、見送りに来たんだ」


「其れは有り難いです。が、虎千代様が見送ることも無いでしょうに」



虎千代様は意識が薄い様だが、虎千代様は長尾家の姫君である。そんな姫君に見送られるなど俺には過分すぎるし、そもそも姫君がする事では無い。



「いや……少し、な」



言葉を詰まらせる虎千代様。



「如何されたのですか。言葉を詰まらせるのはらしくありませんね」


「そうじゃないんだ。言葉にしにくいというか……あまりにも馬鹿げているんだが聞いてもらっても良いか」


「はい」


虎千代様は深く息を吸い込み、そして―――



「……嫌な予感がする」



そう告げた。



「自分の中でもはっきりとはしない。霞がかかった様に不透明だ。けど、何とも言えない…気持ちの悪い感覚が此の身を駆け巡るんだ」



俺は絶句した。同様に隣に居た長秀殿も口を大きく開けている。



「何の根拠も無いのだ。しかし此の不気味で不快な感覚が如何しても拭えない。父上が賊討伐を私に教えてくださった時から上手くは言えない、嫌な予感がする」



俺や直江大和守殿、その他重臣の方々は軍を率いる者として、出来る限りの情報を得ている。だから今回の事も裏で糸を引いている者が居るというのを予測出来ているのだ。

だが虎千代様は違う。そう言った情報は一切入っていない筈なのだ。入っている筈が無い。何故なら、俺も為景様も重臣方も虎千代様にそんな事を言う意味が無いからだ。

無論、言ったとしても重要な部分に触れない程度にしか話さない筈。



其れを勘と言えども察してしまった虎千代様。やはり此の御方は、天に愛されたとでも言うべき『何か』が有るのかもしれない。




「虎千代様、勘でものを行ってしまうのはよろしくない事です」


「うぅっ………」


「が、其の忠告、此の身に刻みまする。虎千代様は安心して城にてお待ち下さい。吉報を持って帰還致しまする」


「………分かった。聖正殿、死んではならないぞ。私はまだ聖正殿から学ぶ事が沢山あるのだからな」


「其の命、謹んで拝命致します」



片膝をついて臣下の礼を取る。虎千代様は其れを見て満足したのか安心したのか、隣の長秀殿に二、三声をかけ、足早に去って行った。




「聖正君って、姫様と仲が良いんだね」


「此れでも教育役をしていますから」


「姫様とあんなに長く話してる人なんてそうそう居ないよ」



長秀殿が言うには、虎千代様は以前は寡黙な方だったらしい。

俺が出会った時にはそんな印象は持たなかった。寧ろ、貪欲に知識を吸収しようとする、活発な方だと思っていたし、今も思っているくらいだ。


長秀殿曰く、「良い方向に変わっていってる」らしい。





「僕は為景様の後継は姫様が良いと思うんだけどねぇ……」


「長秀殿、口が過ぎますよ」


「だってそうは思わないかい? さっきも聞いたろう、あんな神懸り的な直感が有るんだよ、姫様は」


「其れは為景様が決める事です。………此れ以上は詮無き事故、此の話は終いにしてくだされ」


「………そうだね」




長秀殿は空気を読んでくれたのか、其れ以上は其の話が進む事は無かった。



「何れにせよ、死ぬわけにはいかないよね」


「ええ、虎千代様からの命を破る訳にはいきませんからね」



勿論、死ぬ気など更々無いのだが………


虎千代様からの命令を守ろう。

約定は違えず、吉報を必ず春日山に持ち帰る。


其れが虎千代様との約定であり、絶対的に遵守すべき命令なのだから。



-18-
Copyright ©maruhoge All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える