小説『夢幻奇譚〜上杉軍神録〜』
作者:maruhoge()

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春日山城を出てから半刻程経った。


少しばかり開けた平野、此の辺りに賊が出没しているとの事だが………



「あまりにも静か過ぎる」



隣で馬を並べている直江大和守殿が呟く。


その意見には激しく同意だ。


賊どころか人っ子一人見えない。規模は500に満たないとの情報もあるが、それにしても静かすぎる。まるで誘い出されたかのようだ。



「直江殿……」


「うむ、前原民部に伝令を……ッ!!」



直江大和守殿が前原民部に伝令をだそうと、前原民部が留まっている軍の中央を見た瞬間、直江大和守殿の表情が驚愕の色に染まった。



「何故前原民部は前進しておるのだ!!」



其の言葉に俺も言葉を失う。

確かに行軍停止命令は出たはずだ。そもそも命令を出したのは前原民部だ。命令を出した総大将が率先して命令違反なんぞ、今だかつて聞いた事無い。


急いで伝令を出そうとすると、我々の前に一人の兵士が飛び込んで来た。



「前原民部様、賊の一団と思われる集団を発見! 大将自ら突撃致しました!!」


「何故止めなかったのだ! もしかしたら敵の策やも知れぬというのに!!」


「斥候が賊の集団を発見した模様! 前原民部様は敵の策など有りはしないと、お諌めも聞かずに突撃されました! 其れに続いて中条、安田両将が前進する模様!!」


「敵の数はっ!?」


「約150程で御座います!!」



150……三将合わせれば数は勝る。中条殿と長秀殿が付いて行っているのがせめてもの救いだ。あの二方ならば、我々が援軍に行くまでは持ってくれるはず。



問題は前原民部だ。


総大将が敗走してしまえば、軍隊は軍の体を成さない。そうなれば幾ら数で勝っていても士気が落ちて敗走も有り得る。



「直江殿、我らは左右後方を警戒しつつ前進するしか有りません」


「くっ、前原民部め! 功を焦りよってからに!!」



怒り収まらぬ直江大和守殿が、手に持っていた軍配を地面に叩きつける。


怒るのも無理は無い。我らが警戒するべきは背後に潜んでいるかもしれない者の存在。其の存在を無視して突撃など下策とも評価出来ないものだ。功を焦り伏兵にでもあったら、確実にこの平野にて屍を晒す事になる。


それすらも理解出来ていない前原民部に、俺は怒りより先に憐れみを感じてしまった。




「此れより我らは周囲を警戒しつつ前進する! いざ進めぇぇ!!」



直江大和守殿の命令で、俺の部隊も前進する。


其れと同時に、前進した三将に対して伝令を送る。

内容は周囲の警戒を怠る事無き様に、と。


此れで少しはマシになるだろう。































結果から言えば伏兵はおらず、賊の大将を前原民部自ら討ち取る結果となった。


150人の賊に対して此方の死傷者は約50程。此の50人の内半数以上が前原民部の兵達である。



そして今はといえば………




「全将兵を危険に晒してまで貴殿は出世したいのか!!」


「何とでも言え。居もしない伏兵に怯えて敵に臆するは武士の恥であろう!! 三国一の臆病者と謗られても言い訳出来まい!」


「ならば貴殿は欲に駆られて将兵を危険に晒す愚将となろうな!!」




軍机を挟んで論争の真っ最中である。



「だいたい総大将自ら動く事が事後報告とは一体如何いう事なのだ!! 貴殿の軽率な行動が我等全員を危険に晒しておるのだぞ!?」


「ふん、先程から危険危険だと小煩い奴よ。危険など無かったではないか! 其れに命を惜しむとは武士の言とは思えぬな! 此れだから殿に言葉巧みに取り入った者共は………」


「貴様ッ!!」



そう言ってチラリと此方に視線を送る前原民部。


要はお前の事だと言っているのだ。

お前に言われたく無い、と言ってやろうとも最早思えない。言うだけ無駄である。


犬に吼えられたからといって吠え返す等、無駄でしかないだろう。


まぁ、直江大和守殿としては見過ごせる事では無かったのだから、暫く怒りは収まらんだろうな。

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