「ほう、ならばワシは天下を取る事は能うと思うか」
「天下……ですか。何方の意でお訊きになっているのでしょうか」
何方の意とは天下の制し方のことである。
一つは忠臣、奸臣として幕府を隆盛させ、幕府の中で権力を手にし、傀儡将軍を立て実質的に天下を支配する方法。もう一つは幕府そのものを滅し、自分で新たに幕府を開く事だ。
前者は今まさに行わつつあるもの。足利氏の血筋の者を将軍に置き、傀儡とする手法。後者は時代の転換期……とでも言えばいいのか、時代を変えた者が行うモノ。源頼朝、足利尊氏等が代表格か。
何方も相当に難しい事ではあるが、長所がはっきりしていて、短所は変わらなかったりする。
前者の場合、権力を行使して他国へ攻め込める。つまりは大義名分が立ち易い。が、諸侯の反発を招き易く、この手法で大成した者は記憶している限りでは居ない……はず。殆どは討たれて天下に居座っている期間は全体的にみれば短命。
後者の長所は己の権力が永く続き、平和な世が訪れる可能性が高い。己の手腕次第では永い間権力を振るえる、と言ったところか。短所はやはり諸侯の反発を招き易い。
無理矢理な大義名分を掲げて幕府に巣食う奸臣と反発されるか、幕府を滅ぼそうとしている奸臣と反発されるかの何方かである。
ま、前者は京にいなきゃ出来ないし、後者は戦い続ける日々が長い間続くと考えれば、何方も労力は変わらないのかもしれない。
静かに為景殿の答えを待つ。
為景殿はニヤリと笑い、そして―――
「無論、ワシが将軍となる方よ」
そう答えた。
「して、貴様はどう思う。ワシは天下を取れるか」
「為景様、そのような言葉を口になさるとは如何な御つもりか!!我等は将軍家を盛り立てていくべき存在。そのように将軍家に刃向かう様な物言いは諸侯の反発を招きましょうぞ!!」
家臣の一人が激昂する。
それを見た為景殿は苛立たし気に答える。
「ふんっ、力の無い幕府に仕えた覚えは無いわ。それに力の無い将軍など在って無いようなもの。力有る者が世を統べる、それが今の世よ。……して、先の問の答えは決まったか」
家臣達を見て鼻で笑った為景殿は俺に問いかける。
俺は………
「ならばお答えします。為景様が天下を取る、とはお答え出来ません。いや、はっきりと申しますと――――無理です」
「な、貴様っ!!」
「………ほう」
怒りに顔を染め上げる家臣とは対照的に為景殿は笑っていた、獰猛な笑みで。
「貴様、言うに事欠いて無礼であろう!!」
「黙っていろ」
「しかし殿……」
「三度は言わぬ、黙れ。………理由を訊こうか。もし理由が下らないものであれば………分かっておるな」
目の前に来て首筋に刃を添えられる。刃が少し食い込み血が滴っているが、今はそんなことはどうでもいい。
この方に嘘は通じない。嘘を直感的に見破る質の人間だ。
だから俺は有りの侭の、俺が辿り着いた答えを紡ぐ。
「恐れながら申し上げますと、まず第一に京までの道程。第二に為景様の歳。第三に現幕府の存在が有ります」
「ふむ」
「一つ、此処越後は京までに最短で越中、加賀、越前、若狭、近江と六つの国を通らなくてはなりません。しかも北陸道は一向宗が根強く、一揆が絶えない土地です。冬場の行軍は雪で困難を極め、死者も多く出ましょう」
一向宗を的に回すと言う事は民を敵に回すと言う事。この場合、戦は半永久的に終わらない。一度終決しても直ぐに一揆が起こるのは明白。何故なら一揆が起こると言う事は、民がその者の支配を拒んでいるのだから。
自国に後顧の憂いを残しながらの行軍など、攻め込んで来てくださいと言っているようなものだ。
「二つ、為景様が此れ等の国を支配下に置く為に必要な年月は最低でも十年から二十年と見ます。為景様は十年二十年後には御高齢。国の支配力は格段に落ちます。第一、為景様は越後という国を取りはしていても統一はしておりません。そう考えればもっとかかるやも知れません」
そう、越後を取っても統一はしていない。
統一とは、国人豪族等を支配下に置く事だ。一時的でも良い、支配下に置かなければならない。
現に多くの越後の国人豪族は反為景派が多数居る。代表的なのは揚北衆と呼ばれる越後下部を基盤とする国人の『本庄氏』『新発田氏』だ。
それ以外にも複数の国人衆が敵対している。
此れ等を支配下に置く、若しくは滅ぼさない限り統一は難しい。
では何故此処まで反為景派が多いのかと言えば、為景殿の『越後守護・上杉房能』『関東管領・上杉顕定』を殺害したことが起因する。
越後上杉氏被官の国人は当然主人を殺されて反発、傀儡として擁立した上条上杉定実の元での専横に上条上杉一族が反発。
当然といえば当然の結果だと俺は思う。
「三つ、現幕府は衰退しているとはいえ、まだまだ権力は有ります。この状態で天下取りに出れば、直ぐ様討伐の令が発せられることでしょう。統一もしてないのに立て続けに他国より攻め入られれば滅ぶのは必定です」
「……………」
「……あの、為景様」
一言も発さない為景殿を見て、しくじったのかと心配してしまう。が、
「くっははははは!!!!」
いきなり大笑いをし始めた。
「何か可笑しな事でも言いましたでしょうか」
「いや何、貴様の言っている事が正しすぎて何も言い返せなかっただけよ。貴様は真に面白いのぅ。聡明で、物事を冷静に見れる。肝も座っている」
「はぁ……恐悦至極に存じます」
「確かに我が娘の云うた通りじゃ。流石は我が娘」
『我が娘の云った通り』とは如何いう事だ。俺は為景殿の御子には会った事は無いはずなんだが……
「……娘とは」
「ん、事態が把握できておらんようだな。ならば面白いものを見せてやろう」
そう言って為景殿は柏手を三つ打つ。
すると奥の襖から最近知り合った者が二人出て来た。
「……嘘ぉ」
「紹介しよう。我が愛しの娘の『虎千代』だ!!」
出て来たのは紛れも無く、俺の命を救ってくれた上に金子まで恵んでくれた女子―――
『虎殿』だった。