小説『夢幻奇譚〜上杉軍神録〜』
作者:maruhoge()

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「して、どうなんじゃ」


「どう、とは」



暫くして落ち着きを取り戻した為景殿は、先程の表情を一変させ、戦国大名としての顔を見せる。

釣られて俺も虎殿も家臣一同も顔を引き締める。




「ワシは貴様の力が欲しい。我が臣となって長尾家を支えてくれるか、と言う事じゃ。貴様の有能さは逃すに惜しい。敵に回さば必ず苦戦を強いられるだろう」


「……高い評価を頂いて嬉しい限りです」


「禄は貴様の望む禄を出そう。……どうじゃ、ワシに力を貸さんか」


「為景様っ!?」


「……何じゃ」


為景殿の一言に、とある家臣が過敏に反応する。それを見て為景殿の眉間に皺が寄る。


「それがしは反対で御座います!! このような素性も分からぬ輩を登用するなど断じて認める事は出来ませぬ!!」


「…何故じゃ、前原民部少輔。小奴の力は疑うまでも無く本物。ワシと虎千代の眼を疑うか」


「そうでは有りませぬ。この若造が何処ぞの間諜だったらどうするのかと申しているのです!! 新たに家臣を召し抱えるなど、今の当家にはそのような余裕は有りませぬ」



前原民部と呼ばれた男が為景殿に噛みつく。言ってる事は前半は正論だ。が、後半は何処か思惑は他に在る様な言い回しだ。

新たに家臣を召抱えないのならば、戦場は老将で埋め尽くされていることだろうが……



「小奴にはそれほどの才が有るという事じゃ。有能な者が高禄を食んで当然じゃろうが」


「しかし………」


「それに最近、貴様は戦でも功名を立てていなかったな。内政でも同じく民の苦情が時折来ておる。……まぁ、些細な事が多いから口には出さなかったが、あまりに使えないとワシが判断した場合………どうなるか分かっておるな?」


「ぐっ………!!」


「分かったら少し黙れ。小奴と貴様では食む禄も、有する才も格が違うのだ」




此処までの方に此処までの評価を頂いたのは素直に嬉しい。長年の知識や経験諸々が報われる……そんな感じだ。


が、為景様のこの物言いは、あまりにも相手の自尊心を傷つけている。これでは何時離反、謀反を起こされても不思議では無い。最悪、城内にて殺害され『春日山崩れ』となるだろう。


そうなれば虎千代殿の身も危ない。一族皆殺しか人質生活か………。まだ恩も返してないのに……其れだけは回避せねばならない。




………もう、俺の答えも、覚悟も決まっている。




「為景様、此方から条件を出させてもらっても宜しいでしょうか」


「…申せ」


「禄は為景様がお決め下さい。生憎、私は金欲があまり無いので、食事に困らない位の禄で十分ですので悪しからず」




こうすれば、多少……気休め程度かもしれないが、場を収める事が出来る。


前原民部には分を弁えた若造と思われてくれるだろう。




だいたい、金を使うような事があまり無い俺には、飯が食える禄が貰えれば十分生活出来る。望む禄と言われても特に思い浮かばない。必要な時は、ちゃんと必要経費として為景様から賜れば良い話なのだから。


其れに必要以上に金を貰っても碌な事が無い。金に埋もれ、亡者となるのは本意では無い。




必要な事に、必要なだけ使うのが金の正しい使い方だ。



無駄に持てば使いたくなる。それは自身の欲求に蓄積していき、何れは爆発するだろう。それが着服、横領、贈収賄に繋がることだろう。

一家臣がそのように腐っていては、国は瞬時に滅ぶ。


仕えるならそれくらいの覚悟を持っているべきだと俺は考える。




「あい分かった。禄は此方で決めおこう。今日よりその力、十分に奮ってもらうぞ、立森」


「ハッ!! この身、この命尽きる時まで為景様の御為に使わせていただきます」


「うむ、此れにて今日の合議は終いじゃ!! 解散せよ!!」


「「「ハッ!!」」」




こうして、若干の不安を残して俺は為景様に仕える事となった。


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