解散した後、城から宿へ帰ろうとしていた俺は虎殿に捕まり、何故か為景様の私室へと連れて行かれた。
其処には為景様は勿論、生臭坊主が居た。
其処までは良い。分からないのがこの状況だ。
「………あの、包帯位自分で巻けますが」
「いや、これくらいさせてくれ」
何故か虎殿に包帯を巻かれているのだ。
女子独特の柔らかい甘い香りが鼻を刺激するが、虎殿に対してそんな事を考えるのは不敬だと思い、意識から外す。
「……本来なら父上が謝る可きなのだが……父上はああいう性格でな。……我慢してくれ」
虎殿が言うには、父親が傷つけた傷なのだから子の自分がこれくらいはする義務がある、との事。
……如何いう理屈なんだか理解出来ないのが本音だ。
気にしていないと言った筈なのだが、やはり真っ直ぐな方故なのだろうか………
「ぐぬぬぬ……っ!!」
目の前で為景様が唸り始める。
多分、自分の愛娘が今日仕官したばかりの男に包帯を巻いているのが気に食わないのだろう。現に、先程から射殺さんとばかりに鋭い視線を此方に向けてくる。
しかし虎殿が視線を為景様に向けると、視線を横に逃す。
此方からは確認出来ないが、恐らく虎殿が『良い笑み』を向けているんだろうと推測する。
生臭坊主が横で笑っているのが気に食わないが、態々食って掛かるほど馬鹿では無いので無視する事にする。
「――…よし、此れで大丈夫だ」
首には真っ白な包帯が綺麗に巻かれている。締め付け過ぎず緩過ぎず、とても快適だ。
虎殿は手先が器用らしい。
「何から何までお世話になりっぱなしで………情けない限りです」
「いや、気にするな。当然の事をしているだけだ」
そう言って箱を持って、為景様の隣まで移動する虎殿。
「助けて貰って、金子も頂いて、仕官の口まで利いてもらえば、情けないと思わない者は居ないと思います」
「ふっ、全くだ。僧侶の私から見ても此処まで情けない者は初めて見た」
生臭坊主が何か言っているが無視。相手にするだけ無駄。
「何を言う。助けたのも金子を施したのも父上に話したのも、全て私が勝手にやったのだ。聖正殿が気にする事は無いぞ」
「其れでも助けられたのは情けないがな」
我慢だ俺。此処は為景様の御前。無礼に準ずる行為はしてはならない。
「そもそも武士の癖に施しを貰うとは………恥じて己で首を刎ねる可きであろうに」
我慢………我慢……
「私が貴殿の立場なら己で首を刎ねるがな。其れも出来ないとは……いよいよ武士を辞める可きではないかな。武士には斯くも情けない者が居るとは……」
大体の事では怒る事は無い俺だが、俺はこの坊主と根っこの部分から反りが合わないらしい。もう限界だ。
為景様の御前だという事も忘れて、自分の頭の中で何かが切れたのが分かった。
「和尚、失礼が過ぎ―――」
「さっきから散々言ってくれたな糞坊主」
「聖正殿!?」
「坊主が挑発とは……恐れいった。坊主に対する評価を変えるとしよう」
「ほう、どの様な評価かね」
「口も態度もやる事なす事、存在全てが塵芥に等しいどうしようも無い存在だ。坊主は黙って寺で経でも唱えてろ」
「ならば貴殿は武士らしく腹を切りたまえ」
自分でも驚く程に饒舌だ。
今、虎殿が刀を預かっていてくれて正解だった。もし刀を差していたら、今度こそ本当にこの生臭坊主を斬り捨てていただろう。
「父上っ!! お二人をお止めになってください!!」
俺と生臭坊主の険悪な雰囲気を見ていた虎殿が為景様に助けを求める。
其れまで笑って見ていた為景様は、可愛い愛娘の頼みとあらばと徐ろに刀を抜いた。
「二人共いい加減に黙らんか。此れより互いを挑発若しくは其れに準ずる行為をした者は斬り捨てる」
為景様が斬り捨てると発言した事により、渋々ではあるが引き下がる。
引き下がった事に満足したのか、為景様は虎殿に向かって良い笑顔を向ける。が、虎殿の表情は下を向いている為、伺い知る事が出来ない。