小説『夢幻奇譚〜上杉軍神録〜』
作者:maruhoge()

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「虎千代見たか、ワシの威厳ある雄々しき勇姿を!! 二人を黙らせてやったわ!!」


「………父上」


「どうした虎千代よ! まさかワシの勇姿を見て、再度この父を尊敬するようになったのか!? いやぁ、父として嬉しい限りじゃ!!」



ガハハッと笑う為景様は気づいておられない。

だいたい同じ様な遣り取りを先程やったと思うのだが、上機嫌が過ぎて全く気づいておられない。


大事な事なのでもう一度言う。



為景様は気づいておられない。







虎殿の額に青筋が浮かび上がっているのを………





「父上っ!!」


「は、はひぃ!!」


「何故あの様な乱暴な止め方しか出来ぬのですか!!」


「ま、待て虎千代落ち着くんじゃ」


「此れが落ち着いていられますか!! 常々思っておりましたが、私は父上の其の何でも力ずくという遣り方は好きません!!」



虎殿の溜まっていた鬱憤が爆発した。烈火の如く為景様に対して普段から抱いていた不満を吐露していく虎殿。

目の前に居る為景様は、初めは唖然としていたが、不満内容が吐露される度に、どんどんと背中が小さくなっていき、最後には目頭に涙すら浮かべていた。


愛娘に嫌われたと落ち込んでいるのだろうと、推測出来る。




虎殿の怒りが納まった頃には為景様は膝を抱えて泣いている様だった。その落ち込み具合に、此方までも為景様側に引き込まれそうになる程だ。



「父上、何か申し開きは有りますか」


「………申し訳無かった………以後気をつける………」


生気の宿らない眼で謝罪をする為景様。ブツブツと同じ言葉を繰り返している様は、この越後に覇を唱えている人物とは思えない。



「全く……聖正殿も和尚もいい加減にしてください。何がそんなに不満なのですか」



「私はこの坊主が嫌いなだけです」

「私はこの小僧が嫌いなだけだ」


同じ言葉を紡いでしまった自分に苛立つ。相手も同じ様だが、その様がさらに苛立ちを加速させる。



「何だ糞坊主」

「何だ小僧」




「同じ事を言うな。反吐が出る」

「同じ事を言わないでもらおうか。反吐が出る」




くっ、この糞坊主。何故同じ言葉しか言わないんだ!!




「「真似をするな!!」」



遂には完全に同じになった。



「……実は二人は仲が良いのでは有りませんか? 先程から同じ時に同じ言葉を言っておられるのですよ」



「こんな糞坊主と一緒にされるのは心外です」

「こんな小僧と一緒にされるとは心外だ」




最後の最後まで言葉が同じになってしまった。今なら為景様の様に、膝を抱えて三日三晩泣き明かす事が出来そうだ。それくらい苛立ちと悲しみが混同している。




「ハァ………」



虎殿の呆れか諦めかそれとも他の何かか、深い溜め息が聞こえた。



溜め息を吐きたいのは此方なのだが、虎殿に当たっても何の解決にもならないので、もう此の糞坊主に対して無視を決め込むという事で、どうにかこの苛立ちを腹の中に収める。








「……で、何故私は此処に呼ばれたのですか。まさか治療の為だけというわけでは無いでしょう」



各々落ち着きを取り戻したところで本題に入ってもらう事にした。


何故そう言ったかと言うと、此の場には為景様、虎殿、俺、糞坊主が居る時点で不可解な点がニ点有る。



先ずは何故治療が為景様の私室なのかと言う事。

治療だけなら何処でだって出来る筈。何なら先程の謁見の場でも良い。態々為景様の私室に来る必要が無いのだ。



二つ目は此の部屋に坊主が居る事。

別に私怨で言っている訳では無い。如何に僧侶と言えど、長尾家の長の部屋に入る事など有り得ない。その点は俺にも同じ事が言える。登用したばかりの男を部屋には普通入れない。



まさか親子の仲の良さを見せたいが為に呼んだ、何て事は、虎殿の性分からして無いだろう。………為景様は分からんが。

兎角、そう言った点で本題は他に有ると推測した。



重臣の面々が一人も居ないとなると………何か内々の話の可能性も無きにしも非ずだ。

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