〜夜中〜
俺は眠れず、窓から差し込む月明かりをなんとなく見つめていた。
――月、か。
気にしたこともなかったが、月って太陽の光を反射して光ってるように見えてるだけなんだよな。
太陽がなければ、月は光ることさえない。そもそも地球は無かっただろうし・・・というか、生命は誕生していなかったよな。
そんな壮大なことを考えてみても、この考えが何かの役に立つとは考えづらい。
でも、何か意味があるように感じた。
視線を月明かりから、月へ向けた。
薄黄色の光。満月の夜。
なんだか、月の光って落ち着く。
太陽は光り輝き、俺たちを強く照らすけど、月は違う。
弱くも柔らかい光で俺たちを包み、穏やかな気持ちにしてくれる。
俺は起き上がり、窓を開けた。
ビュウッと、強い風が部屋へ流れ込む。
月明かりが、外の電灯に邪魔されてあまり届かない。
もしかしたら、というかもしかしなくても、今まで月明かりだと思って見ていた光は電灯の光だったのだ。
なんか、悲しくなった。
何故かはわからないが。
俺は、よくわからない悲しみを振り払うと、月を真っ直ぐ見た。
太陽より、俺は月が好きだ。落ち着く。
俺は窓を閉めた。
こんなロマンティックな夜は久しぶりだ。というか、初めてだ。キャラじゃない。
コンコン
俺の部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」
俺はそう静かに言い、ドアをこれまた静かに開けた。
そこには、レンが立っていた。
「レン?どうしたんだ?」
俺がそう小声で話しかけると、レンは、
「マスターに言いたいことがあって」
とレンらしくない低い声で意味深に言った。
「・・・?なんだ?」
そう言うと、レンは何かを決意したように俺を真っ直ぐ見た。
「オレ・・・歌いたい」
「は?」
思わずそう返してしまったが、レンたちVOCALOIDにしてみれば無理もない・・・というか願うべき願いだ。
俺は、ボカロを買っても何も歌わせなかった。ただ話し相手がいればいい。そんな気持ちだった。
だが、VOCALOIDは違うのだ。彼らは歌うことを目的として歌うために生まれた。
でも、俺作曲できないんだもん。
「マスターが作曲できないのは知ってる」
「ぐっ・・・」
知っているのに痛いところを突くとは。こいつもSなのか。
ふざけている場合ではないことは、俺だって分かっていた。
けど。俺は認めたくない。
自分の無力さ、作曲センスの無さ、やる気の無さ、腐りきった根性、弱い心、・・・。
俺は、これらをずっと拒否してきた。
だが、いずれこうなることは分かっていた。避けては通れない。
俺は、これら全ての問題に向き合っていかなければならない。
きっとこれらの問題に向き合うということは、夏休みの宿題よりも途方もなくめんどくさく辛いことなんだろう。
だが。俺は退化してはならない。
「・・・でも、オレらだって歌いたい。変な曲でもいい。どんなにつたなくてもいい。稚拙であってもいい。ありふれたメロディーでいい。カバーでもいい。・・・歌いたい」
レンの目は本気だ。
これ以上、俺は逃げちゃならない。向き合って、レンたちVOCALOIDの願いを叶えてやらなければならない。
俺はこの事態に、後ろめたい思いを抱くことは無かった。
「・・・わかった」
俺は頷く。
「今日からレンたちの歌える曲を作る。きっとヒドイことになるけど・・・それまで、待っててくれ」
「・・・うん!」
レンは嬉しそうだった。
――もう、俺は逃げない。