小説『fate/zero〜君と行く道〜【改訂版】』
作者:駿上()

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1話 神喰者 顕現


嘗てこう言われた事がある
お前は世界を救った救世主だと
そんなもん知ったことじゃない
元々世界なんてどうでも良かった
俺はただ
俺が大切と思えるモノを守れれば
それだけで良かった








何時の間にか真っ暗な空間に佇んでいた。


背中まで届く程に黒髪を伸ばし、顔の右半分から服に隠れた部分まで刺青のような痣を走らせた長身が、困惑に身を強張らせる。


何が起きたのかを脳が分析する前に、夥しい量の知識と情報が頭に流れ込んでくる。


魔術

英霊

聖杯


情報の奔流が治まった時、俺は思わず米神を指で摘まんだ。



「何なんだよこれ、洒落になってねぇし……」



何てことに、何てものになってしまったんだと嘆かずにはいられない。


この冬木市で、過去何度かに渡って繰り広げられる、使用者の願いを叶える願望器「聖杯」の奪い合い。その名も「聖杯戦争」


この戦いの為に、その参加者たるマスターは生前大きな功績を残し、信仰を受けるまでに至った者の魂を“サーヴァント”として呼び出す。


言い方を変えれば、英雄またはその敵として恐れられた、いわゆる反英霊達をちょっとした使い魔として呼び出して戦わせるというものだ。


最後まで生き延びることが出来ればどんな願いでも好きなだけ叶えられる。



「どこの龍玉だよ」



などと意味不明な事を呟きつつ辺りを見渡すと、足元を気味の悪い蟲が大量に蠢いていた。


「うげっ!?気持ち悪っ!何だよこれ気持ち悪っ!!」



大事な事なので二度言ったが、それ程にショッキングな光景が足下に広がっていた。


突然の事態に一瞬鳥肌が立つが、何とか気を落ち着かせて周囲に殺気をばら撒いく。


同時に、まるで吹き飛ばされるような勢いで蟲共が離れる。


足場を確保した所で辺りを見渡すが、相変わらず暗くてよく見えない。


しかし、暫くして暗闇にも目が慣れてきたのか、石整の壁と天井が朧げながら目に映った。


床も壁も天井も石整で、窓一つ無い薄暗い空間。


そして、床にはさっきの蟲がまるでカーペットのように満遍なく敷き詰められている。


その一画にある物を見つけた。


蟲のカーペットの一部に異様に盛り上がっている箇所を見つけたのだ。


どうやら蟲が一箇所に集まって小さな山を作っているらしい。


気を巡らせてみてふと気づく、その中に人の気配があると。


即座に殺気を放ちつつ蟲の塊に向かって走った。


蟲の蠢く音以外に何も音を発していない空間に、乾いた靴音はよく反響する。


力強い足音が響く度に蟲は彼から離れて行く。


程無くして蟲の塊の前に立つと、殺気に当てられた蟲は一目散に逃げ出し始め、山はみるみる内に霧散して行った。


茶碗をひっくり返したような塊は完全に崩れ、気配の主が姿を現した瞬間、思わず言葉を失った。


そこには、未だに年端もいかない少女が焦点の定まらない瞳で天井を見上げながら横たわっていたのだ。


それはサーヴァントとして呼び出されたが故の第六感のようなものか、彼は一目見た時点で、その少女こそが自分の召喚主


つまりはマスターであると悟っていた。


そうと分かったならばこんな所に長居する必要は無い。


彼は肩に羽織っていた黒いロングコートを少女に被せてそっと抱き上げる。


その時ふと思った。



「軽い……」



まだ幼い少女なのだからそこまで体重が無いのは分かるが、それにしても軽過ぎる。


身体は痩せ細り髪も若干色素が落ちて紫がかっており、その上に血色も良くない。


あんな蟲共に集られていたのだ、間違い無く何かされていたのだろう。


まだ名も知らぬ少女の衰弱ぶりに心が氷点下まで冷めた「一体どこのどいつがこんな下らない事をしたのか」と。


だが、今すべきはこんないたいけな少女を蟲地獄に放り込んだ犯人を探す事よりも、この子をどこか安静に出来る場所に連れて行くことだ。


周囲を見渡して、出口らしき物を見つけ、その場を後にしようとした時、突然声を掛けられた。



「待て」

「あ?」



突然の制止の声に振り返れば、そこには小柄な老人が一人立っていた。


いつの間に現れた?などという事はどうでも良い。


一目見た瞬間に理解した。コレは人では無いと。


この老人は未だに気味の悪い音を立てて床を這いずり回っている蟲と同じ気配を放っている。


つまりはこの男こそが、今自分の腕の中で眠る少女を苦しめていた張本人と解釈出来た。


胸中に渦巻く絶対零度の如き殺気を必死に圧し殺しつつ警戒心だけを露わにする。


しかし、老人はそんな事など気にもとめずに言葉を紡ぐ。

「驚いたのう。八人目のサーヴァントとは……お主、クラスは何という?」


「クラス」それはサーヴァントにそれぞれ与えられる兵種のようなもの。


剣兵のセイバー

弓兵のアーチャー

槍兵のランサー

騎兵のライダー

魔術師のキャスター

暗殺者のアサシン

狂戦士のバーサーカー


総勢七人のサーヴァントにこれ等の内のどれかのクラスが与えられる。


しかし彼は八人目の英霊であり、七つの枠は既に埋まってしまっている。


故に彼のクラスはそれらの内のどれにも当てはまらない。


確認の意も込めて答えた、己を示す記号を。



「“イーター”だ」



それは正式なクラスには当てはまらないイレギュラーサーヴァント故に与えられた名だ。


こと自分にとってはお誂え向きな名前であると、自嘲気味に鼻で笑う。



「ほう……アヴェンジャーとも違うイレギュラーサーヴァントとはな。
そして身に溢れるこの気迫。アインツベルンが呼び出した紛い物とは比べ物になるまい。
これは聖杯に手が届いたか。ククク……」



不気味に笑う老人、自嘲の笑いも既にイーターの表情からは伺うことは出来ない。



「お主、ソレの代わりに儂のサーヴァントになるつもりは無いか?小娘程度に従えるよりも余程有益じゃろうて」



何でも無い事のように告げた老人の一言でイーター脳裏で怒りの撃鉄が打ち下ろされた。


今まで抑え込んでいた殺気が、決壊したダムから溢れ出す様に老人に浴びせられる。



「これは…何と……!」



流石に気押しされたのか、老人は後ずさる。



「この害虫以下の汚物野郎が……さっきから目障りなんだよ。
とっとと死んどけ」



感情など一切篭っていない声できっぱり告げると、彼の全身から薄暗い部屋の中でもはっきりと目に焼きつく程に深い闇の色をした炎が撒き散らされる。


それは彼の肉体を構成する細胞とそれら一つ一つが発する膨大な捕食エネルギー体の乱気流。


真っ暗な空間を、更に深い闇が侵食して行く。


老人は声を上げる間もなく闇色の焔に飲み込まれ、他の蟲諸共、跡形も無く消えさった。


ものの十秒足らずで部屋の中にいた蟲は完全に消滅していた、老人も含めて。


沈黙に包まれた部屋をつまらなさそうに一瞥した後、イーターは静かにその場から去って行った。




-2-
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