小説『fate/zero〜君と行く道〜【改訂版】』
作者:駿上()

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4話 夜間決闘(前編)




戦士の誉れとは何か?
それは数多の戦地を超え
幾千万の骸の山を築き上げ
その果てに華々しく散ることである








勇希side




色々と思案に耽っている内に、すっかり日も落ちて時刻は夕方をとっくに過ぎていた。
俺が一人であれこれ考えている間も桜は真顔で座りながらこっちをガン見してたらしいのだが、俺が視線に気づいた頃には眠気に襲われて半目になり始めていた為、俺はオラクル細胞で出来た繊維を束ねて作った天然繊維製品も真っ青なフカフカ布団をその場に敷いて桜を横にさせ、眠るように促した。


こっちの指示に桜は「はい」とか「分かりました」とかだけ答えてすぐに眠ってしまったけど、ずっと起きられてるのも都合が悪かったので、悲しいんだけども、この場に於いては無気力故の素直さに助けられたと言える。



「さてと、そろそろ行きますか」



黒いコートを肩に羽織って窓から飛び出そうとした時、どこからか殺気の様なものを感じた。
思わず苦笑して肩を竦める。



「やれやれ血気盛んな連中がいたもんだ」



とは言え探す手間が省けたのも事実。
俺は手の平を前にかざして頭の中にとある生物の姿を想像する。


すると、右手が淡く発光し、光の中から小さな灰色の毛並みをした柴犬が現れた。
オラクル細胞操作の応用で生み出した分体だ。


オラクル細胞自体が一つ一つにつき意志を持つ自立した生命の為、この手の分体は俺の身に何か起きたとしても活動出来るようになっている。



「暫く周囲の警戒を頼む。大したことない相手なら追っ払って、ヤバくなったら知らせてくれ」

「ワン!」

「馬鹿っ、デカイ声出すんじゃねぇよ!桜起きちまうだろうが…!」



ぴしゃりと叱られると子犬姿の分体は、「くぅ〜ん」と申し訳なさそうに唸る。
それをわしゃわしゃと撫でつけた後、俺は窓から外に飛び立った。


出来るだけ人目につかないように注意しながら屋根から屋根に飛び移って移動する。


本来なら英霊に与えられる霊体化って能力を使いたい所なんだが、残念なことに俺は前の世界でも一応死んでおらず霊にはカテゴライズされない為かそんな真似は出来ない。
その代わりと言っちゃ何だがマスターからの魔力供給がいらないって利点はある。


サーヴァント等はマスターからの魔力供給を受けて現界や戦闘に必要な魔力を調達する。
故にマスターの魔力が尽きれば戦闘は行えないし、最悪現界出来ずに消滅する事もあり得る。
マスターが死んだりすればサーヴァントはその時点で御陀仏確定だ。


ただ、サーヴァントを失った他のマスターと再契約すればどうにかなるそうだが、そうなる前にマスターは敵に殺されてそこまでってパターンが普通なんだとか。


そういう側面からしてみれば俺達には相当なアドバンテージがあると言えるだろう。


俺が使用するのはオラクルであって魔力ではない。
そしてそのオラクルも自分で作り出せる能力が備わっているから滅多な事がない限りはガス欠になる事は無いだろう。


とは言えマスターに背後霊みたいに密かに付き従う事は出来ず、霊体化することによって実体化していた状態でつけられた傷を癒すって事も出来ないってのはちょっと痛い。


俺はそんな事しなくても大抵の傷ならすぐに治せるんだが、その度に一々オラクルを消費するから燃費が悪い。
流石に立て続けに再生しなきゃならない状況に追い込まれたらオラクルの消費が供給を上回ってしまう可能性は否定出来ない。



「まぁ元々イレギュラー召喚だったんだし、この際割り切っちゃおっと」



そんなお気楽な発言をしているうちに殺気の発生源を発見した。
即座に先程と同じく腕から大量の分体を散布する。
放たれたのは先端にレンズみたいな目を取り付けられた筒状の監視分体だ。
それらは空中を音も無く飛び回り、辺り一帯の様子を収集して俺に送信し、それらは網膜に直接映し出される。


この誘うような気配に釣られて来るのが俺一人ということも無いだろう。
故に、こうして監視の目を張り巡らせておく事で戦いの気配を辿ってやって来た陣営の状況を出来るだけ収集しようというわけだ。


その一方で俺は敵さんと対峙してサーヴァントの戦闘力がどれ程のモノか確かめる。
要は偵察ついでに腕試ししようってことだ。


そんな訳で俺は気配の発信源である倉庫街に降り立った。


side out







街から離れた海岸に接する倉庫街は所々に街灯が立っているものの若干薄暗い。
だからと言って視界や監視にこれと言った影響は無いが。


さっそく放出した分体から映像を網膜に投影し、周囲一帯に一般人がいないことを確認し、殺気を放っていた人物が周りへの被害を考えての事だろうと判断する。
勇希は相手が人がいる中で暴れ回るような人物でなかったことに安堵した。



「ご丁寧に人気の無い所を選ぶとは律儀だねぇ。
初戦の相手が街のド真ん中で刃傷沙汰なんぞ繰り広げるようなトチ狂った頭の持ち主じゃなくて助かったぜ」



虚空に向かって発せられた軽い調子の言葉は四方をコンテナに囲まれた静かな夜の闇を遠くまで反響し、気配の主にもしっかりと届けられた。
それに答えるようにして闇の中から一人の男が歩み出る。


両手に長さの違う二振りの槍を携えた男が、全く乱れの無い足取りで勇希の前に姿を現した。



「良く来たな。
この一日というもの街中を練り歩いたが、どいつもこいつも穴熊を決め込むばかり。
そんな中で俺の誘いに応じた猛者はお前だけだ」



街灯に照らされた敵の姿を外見の特徴から能力や真名を割り出す為に分析する。


間違い無く美形と言える顔立ちに若干乱れた短い黒髪、そして目の下には泣き黒子。
体つきはしっかりとしているが無駄な筋肉はついておらず、機敏な動きに適していることが見て取れる。


全身に暗い緑色のタイツのような薄着を纏い、下半身には動きを阻害しない程度の軽甲冑。
左肩に肩当て、両手前腕部には腕甲が嵌められており、全体的に軽量重視。


そして武器には先にも述べた二本の槍。
片方が赤い長槍、もう一方が黄色い短槍で、どちらも包帯のような物が巻きつけられている。
恐らく宝具なのだろうがどちらがそうなのか、あるいは両方なのかは現段階では判別出来ない。


ともあれ、装備からしてこのサーヴァントはランサーであると断定し、勇希はひとまず分析を終えて口を開く。



「そう言ってやるなって。
まだ聖杯戦争は始まったばっかりなんだし、待つも動くも手の内ってもんだろ?
俺達は動く方を選択し、残りの相手さんは待つ方を選んだ。
どっちも間違っちゃいねぇさ」



垂れ目がちな目を瞑って嘆かわしそうに語る美丈夫の称賛に答えつつ、勇希は相手の身体から湧き出る気迫に思わず舌を巻いていた。


一目見た時から感じていた。
眼前の男は並々ならぬ雰囲気を漂わせており、目の奥には燃え盛らんばかりの闘志が垣間見られる。


勇希の中に眠る人ならざる本能が『コイツはただ者ではない』と告げている辺り今まで殺り合って来た化け物連中と同等か、それ以上の脅威であることに疑う余地は無い。



「確かにお前の言にも一理あるが、生憎と血の気の多い質なのでな。
隠れて様子を伺うよりも、こうして矢面に立つ方が性に合っているのだ。
かく言うお前も似たような口ではないのか?」

「仰る通りで。
まぁ百聞は一見に如かずって言うくらいだし?
この祭りの間、お互い世話になる相手がどれ程の手並みなのかを直に確かめてみたかったのさ」

「成る程。見聞きするよりも己が身をもってして敵の格を知らんとするか。
結構。中々に骨のあることではないか。お前とは気が合いそうだな」

「ソイツは嬉しいね」



恐らくランサーである彼が上機嫌に口元を吊り上げ、対する勇希も不敵な微笑みで答える。


とりあえず短い対話で、ランサーに『綺麗な見た目に反して熱く真っ直ぐな性格をしている男』という評価を下し、その性格に好感を覚えると同時に少しばかり残念に思う。


もう一度言うが勇希はこの手の人物は嫌いではない。寧ろ好ましいぐらいなのだが、殺し殺される立場として会ってしまった事が悔やまれる。
だからと言って必要以上に手心を加えるつもりなど毛頭無いが、もっと別の形で会いたかったと、この不幸な巡り合わせを恨まずにはいられない。


そんな陰湿な感情が思考を犯し始めていることに気き、首を左右に振って内心に湧いた感傷を振り払う。


望む望まずに関わらず、敵として対峙したからには、事を穏便に済まそうというのは考えるだけ無駄だろう。



「で?態々あんな分かり易い気配をダダ漏れにしてたのは世間話をする為でもないだろ。
前置きは早めに切り上げて、殺り合うってんならとっとと始めないか?
出来れば無駄な事に時間を費やしたくないんだ」

「尤もだな。
武人相手に余計な問答など無用だというのに俺としたことが……どうやら初戦から活きの良い相手と巡り合えた喜びに舞い上がっていたようだ」



肩を竦めるランサーは、それ以上は語らず、赤い長槍と黄色の短槍を構え、対する勇希は右腕を頭上にかざし、そこに間桐邸で見せた黒炎を灯す。


不定形なそれはゆっくりと膨れ上がって行き、黒い渦を作り出し、その中心から腕を引き抜く様に振り払うと、黒炎の渦は一息に霧散し、振り抜かれた手には身の丈程に長大な剣が握られていた。


否、それは剣と言うには余りにも歪な姿をしていた。


影を塗り固めて作ったかの様に切っ先から柄尻まで全体が黒く染まり、刀身は鮫の牙の如く細い刃がズラリと並んだノコギリ状。
金属と言うよりも有機的な印象を受けるソレは剣なのだろうが、何故か心の何処かでそうではないと思わずにはいられないような異様な気配を放っていた。


見た目以上に気味の悪い存在感を持つ得物を腰だめに構え、右足を引いて左半身になる。
そうして剣を手にする姿をみて、ランサーは不意に問いかけた。



「剣を振るう英霊と言う事は、お前はセイバーのサーヴァントということか?」



尤もな質問に、問われた当人は正直に答えるべきか否か少しだけ悩んだものの、そこまで時間は要さずに自分の兵種を現す名を口にした。



「俺はイーター。
俗に言うイレギュラーサーヴァントって奴さ」



思いもよらない返答にランサーは目を見開いて絶句し、驚愕を露わにする。


ルール外の敵の出現など誰が予想できるのか。
同じ状況なら自分でも驚くだろうと勇希は独りごちる。


一泊の間を挟んだものの、ランサーは驚愕に染めていた顔を好戦的な笑みに変えた。



「なるほど、正しく未知の敵ということか。
加えて、それは正に修羅の如き気迫を持つ武人。
つくづく俺は敵に恵まれているらしい」



修羅と比喩されて否定出来ないことに少しばかりショックを受けるが、表情に出すような真似はせずヘラヘラとした態度で返す。



「余裕だねぇ。
寧ろ貧乏くじを引いちまったのかもしれんぜ?
初っ端から敗退しても同じセリフが吐けるかな?」

「それはお前にも言える事であろう?」

「どうだか。
確かめてみるかい?」



一通り軽口を叩きあって会話も満ち足りたので、すぐにでも飛び出せるよう腰を落として重心を前に傾けた。


互いの鋭い視線が交差する。
それは敵の動きの一切を見逃すまいという肉食獣のような威圧感を放ち、周囲に張り詰めた空気を漂わせ始めた。
そんな中、勇希は今の自分の状態を振り返って思わず内心で苦笑を漏らす。



(今回の一戦の目的は悪魔でも様子見だったんだが、そうそう思惑通りに行きそうにない相手だなコイツは。
やるからには全力でいかねぇとダメだよな〜やっぱり)



腕試し程度の気分で戦ってたら間違いなく命を取られるだろう実力が相手にはあるという確信故に当初の方針を曲げ、相手を試すのではなく倒す事を優先すべく思考をシフトする。


油断はせず、かと言って気後れもせず、敵であるからには完全に殺し尽くすつもりで戦う。
それはこれまで潜り抜けて来た戦場でずっと心がけて来た戦いに対する俺なりの姿勢だ。


それに、実を言うと勇希は対人戦の経験が全然無い。少なくとも殺し合いはした事は無い。


今思えば、人間相手の戦争を嫌というほど経験して来た英霊相手に様子見程度の力で挑もうと言う考えそのものが浅はかだったと自嘲気味に笑う。


密かに自分の短慮を咎めつつ摺り足でジリジリと間合いを詰めて行く。
ランサーも同じように少しずつ前進したり左右に動くなどして飛び込むのに最適な間合いを計る。


そして相手との距離が10メートル程になった所で勇希が思い切り地面を蹴り飛ばした。
人外の脚力によってコンクリートの地面は大きく爆ぜ、それに見合った反発力が180cm強の長躯を勢い良く前へと押し出す。


ほんの一度の踏み込みから得られた速度はゆうに時速数十キロに達し、外見にそぐわぬ重量を持った大剣を携えていながらそれほどの加速度を叩き出す姿を見たランサーは、やはり自分の敵はそこらの雑兵などとは次元の違う相手であることを確信する。


今まさに接近してくる全身を貫くような殺気と暴走トレーラーの如き猛進による圧力に気圧される事無く、ランサーは振り下ろされる刃を回避すべく小さく左に跳んだ。


全サーヴァントの中でもトップレベルの瞬発力を捉えるのは容易ではない。
当然の如く袈裟斬りに振り下ろされた剣は空を切り、ランサーの足下に叩きつけられる。


この時ランサーは最小限の動きで初撃を凌ぎ、その直後に至近距離から短槍の一撃を見舞う腹積もりだった。


だが、この場に於いてそれは悪手であったとすぐに悟ることとなる。



「何っ!?ぐお……っ!!」



大剣が地面に叩き込まれた瞬間、爆発のような……否、本物の爆発と言っても過言ではない程の衝撃が剣から放たれた黒い焔と共に周囲へと駆け巡ったのだ。


それは発せられた地点のすぐ側に立っていたランサーを当然の如く吹き飛ばし、半径数メートルに渡って深い亀裂を周囲の地面に刻み込む。


ランサーは目の前で振るわれた想像以上の破壊力に思わず背筋に嫌な汗を浮かばせた。


あのような人間が振るうモノとは思えない得物を軽々と持ち上げている時点で相当な剛腕の持ち主であることは間違いないとは思っていた。
その一方で、これから打ち込まれるであろう一撃の威力が剣の重量一つによるモノと高を括っていた。
故に一撃の後の隙も大きく、自分の俊敏性を持ってすれば翻弄出来ると踏んでいたのに、その思惑は今正に打ち砕かれた。


何故ならば、あれだけ派手な攻撃を放っていながら、勇希は既に次の攻撃へと移っていたのだ。



「どっこいしょっと!」



老人が重い腰を上げた時のような気の抜けた掛け声とは裏腹に、横一閃に放たれた剣は触れた物を真っ二つどころか粉々にしてしまう情景を容易に連想させる威力を帯びている。


耐久値が心許ないランサーでは受け切ることなど万が一にも不可能だ。



「だが…この程度では終わらん!!」



脇腹に向かって来る刃から逃れようと、弾き飛ばされた事で地面から少しだけ離れた右脚で足下を蹴りつけたのは反射によるものが大きかった。
戦士としての勘が即座に己の身体に回避運動を取ることを促したのだ。


片脚で、しかも不安定極まりない体勢にも関わらずランサーの身体は後方に宙返りを決めながら跳び上がる。


そのすぐ下を通過した一振りは野太い風切り音を響かせ、次の瞬間には周囲に無秩序な破壊を撒き散らす。


それは一閃による剣圧に乗った焔の束によるモノだった。
得物を振り払ったことによる風に押し出された焔は勇希の目の前の地面を半月状に抉り、周囲のコンテナを一斉に軋ませる。


あの場で回避が遅れればと思うとゾッとする。
2、30メートル程度の距離を開いて着地したランサーは、ほんの二度の遣り取りにも関わらず額に脂汗を滲ませていた。



(宝具の能力を上乗せしているとはいえ何という破壊力だ。
それに風圧に乗って放たれるあの黒い炎のせいで迂闊に接近出来ない。
加えて攻撃の直後には既に体勢を立て直して次の動きに移れる程の身のこなし……
身体能力一つならば間違い無くあちらが上手のようだな)



初めにそれを視認したのは足下が吹き飛んだ直後だった。
自身が黒い炎の衝撃で焼けた鉄の壁で押し出されるかのような錯覚を覚えさせられた頃には、既に相手は地面から大剣を引き抜き再び腰だめに得物を構えていたのだ。


初撃の破壊力を生み出した腕力然り、そして自分が起こした衝撃を間近で浴びながら即座に次の行動に移る事の出来た馬力然り、いっそ馬鹿馬鹿しいまでの筋力だ。


しかも、筋力だけの力任せな攻撃でなかった事も剣筋を見て理解出来た。



(あれだけ長大な得物を振るっていながら剣筋に殆どブレが見られない。
つまり奴はあの出鱈目な剣を手足の如く御し切っている。
まったくもって質の悪い話だな)



武器は本来、巨大になればなる程、振るう時に風の抵抗を受け、重量も増せばソレを保持する為に余計な握力や腕力を使ってしまう為に一撃一撃が大振り且つ不安定な軌道を取らざるを得なくなる。
加えて、攻撃の後、再び構えを取る為に振り切った得物を引き戻さねばならず、その過程で新たな隙を作り出す羽目になってしまうものだ。


ましてや勇希が持っているのはその代表例とも言える両手大剣だ。
ソレを機敏に振り回せる上に、ただ振るうだけでコンクリートの足場を吹き飛ばす程の衝撃波を発し、尚且つそれが宝具のバックアップを受けて更に強化されているなど悪い冗談にも程がある。



(何にせよ、中途半端に避ければ風圧で吹き飛ばされ、万が一あの一撃を受けようものなら掠っただけでも致命傷になりかねん。
つくづく予想の斜め上を行く相手に巡り合ったものだ)



敵の強大さを知りながらも思わず口元が緩んでしまうのは生粋の騎士であるが故か、ランサーは自分でも驚く程に胸を踊らせ、喜々とした感情を溢れさせていた。
そんな場違いにも高ぶった衝動に突き動かされて、ランサーは反撃に移る。


着地地点からクラウチングスタートのような歩法で急加速をかけ、みるみる間合いを詰めて行く。
当然の如く勇希も迎撃体勢に入り、大剣の切っ先を正面に向けたまま腕を引く。


真っ正面から突きが飛んでくる事を瞬時に予測し、右に向かって地面を蹴ると、ランサーは勇希の左側を素通りしてお互いに背中を向ける形を取った。


無論そのままにはせず、地面に踵を押し当てて急停止をかけると同時に素早く右へターンして相手に向き直り、左手の短槍を突き出した。
勇希は剣を突き出したまま振り返ってはいない。
丁度その先に心臓がある箇所を狙ったライフルのような突きは完全に死角を捉えていた。


にも関わらず、勇希はサイドステップで瞬時に左へと2メートル弱の距離を開いて飛来した切っ先から逃れた。
まるで背中に目がついているような動きには関心を通り越して呆れてくる。


とはいえ、避けられることなど先刻予想済み。
焦ることなくランサーは左脚を支柱に身体を右回転させながら長槍を薙ぎ払う。
間髪入れずに側頭部へ迫る気配を感じて勇希は舌を打つ。


確かに此方は大剣を軽々と振り回すことは出来ても、総合的な素早さと手数ではランサーに部がある。
長さの違う二本の槍による素早い攻撃と、クラス特有の機動性は怪力程度で捕らえ切れるほど生易しいものではない。


初めから分かり切っていたことだが素早さでは相手が一枚上手であることを再認識し、此方のそれとは対象的な細く高い音を耳にした直後、ランサーと同じく後ろへ回転を加えながら跳躍する。


勇希は然程遠くまでは跳ばずにランサーの頭上まで上昇。
回転も中途半端な所で停止して、頭を下方に向けた真っ逆さまな状態で停止する。


そして重力に従って落下して行く中で剣を握った右腕を突き出し、ランサーの脳天めがけて切っ先を叩き込んだ。


本来なら、ここで空中では回避が出来ない所につけ込んで敵の攻撃をかわしつつ顔面に槍を突き出してやりたい所なのだが、真っ正面から打ち合えばこちらが消し飛ばされかねない威力を叩き出す相手にそれは自殺行為に等しい。


故に無難な対応としてバックステップで回避する。
そして大剣が地面に突き刺さり、衝撃が周囲に吹き抜けていったのを見計らって、地面に脚をつく前の敵の腹に長槍を見舞うべく駆け出す姿勢に入る。
その時、土煙が漂う地点から思いもよらない反撃が飛んで来た。


剣を地面に突き立てて逆立ちするような格好になった勇希が、地面に向かって傾いて行く下半身を力一杯振り抜き、剣を握ったままポールダンスのような回転運動を取ったのだ。


その曲芸染みた挙動に意表を突かれたものの、今ならば攻撃を回避される可能性は限りなく低いことに依然として変わりはない。


しかも相手の攻撃は武器に頼らない術だ。
今までに見せた馬鹿力から、それだけでも十分な驚異たり得ることは分かるが、剣に比べればまだ防ぎ切れる見込みはある。


瞬時に判断し、視界を覆う埃を切り裂いて来た両脚を長槍で受け止めつつ短槍を繰り出した。


『ザクリ』という音と共に肉を切り裂く感触が槍を通して伝わり、同時に長槍を持った腕ごと自身を蹴り飛ばす鈍い痛みが走る。


予想通り途轍もない威力の蹴りを受けたことでランサーは所々抉れて土肌のはみ出た地面に二筋の後を残しながらバックステップした場所まで押し戻された。


勇希も地面に脚をつき、空いた左手で左の脇腹を抑えた。
そこからは血潮が流れて赤い痕を残していた。


だが、ランサーもまた蹴りをもろに受け止めた右腕に少しばかりの痺れを覚えていた。


この場合は刃を届かせたランサーの方が有効打を与えたかのように見えるが、勇希についた傷は然程深いものとも言い難い。精々擦り傷よりも深いと言った具合だ。


故に結局の所、互いに戦闘続行に支障は無く、すぐに剣劇は再開される。


先手を取るのはやはり勇希の方。右から左へ振り抜く袈裟斬りの後、返す刃で右に振るい、更にランサーがそうしたように左脚を支柱にした回転運動と共に再び右へと剣を凪ぐ。


連撃にして一発一発が即死級の威力を持ったそれを、ランサーは振るわれる方とは逆の向きに動く事で捌いて行き、勇希が攻撃を終えた僅かな節目を見逃さず、懐に潜り込んでからの短槍の刺突を放つ。


至近距離から繰り出された鋭い一撃から左に転がる事で一時的に逃れるが、体勢を整える暇など与えんとばかりに長槍が大きく振るわれた。


下段狙いの一閃が地面を切り裂き、地面を転がった後の腰を落とした姿勢の獲物に迫る。


対して勇希はほぼしゃがんだ状態から屈伸させた脚をバネのように引き伸ばして小さく宙に浮くと同時にランサーの首元へ切っ先を突き出した。
それを前転しつつ勇希の脇を通り抜ける事で凌ぎ切り、また反撃。


このように勇希が攻撃してはランサーが避け、ランサーが反撃しては勇希が避けるという流れが何合も重なり、互いに武器を振るった回数が50を上回った時には倉庫街は既に廃墟同然と化していた。


コンテナはどこもかしこもひしゃげて割れ、無残な鉄屑の山を作り出しており、コンクリートの地面は面積を大幅に減らして土肌を晒している。


一般人が見れば局地的な戦争でも起こったのではないかと思う程の惨状が作り出される程に二人の戦いは壮絶を極めていた。
とはいえ、その大半は勇希の攻撃によるものが大きいと書き記しておく。



「これ程までに血湧き肉躍る戦いは久しいぞ。
初戦から熾烈な戦いに興じる事の出来た幸運に感謝せねばな」

「いやいや。
俺からすれば、お前さんみたいな達人といきなり当たっちまった事に涙目なんですけど。
ていうかさぁ、お前さん本当に何なんだよ?いくらなんでも強過ぎね?
こんなに必死こいて攻撃して一太刀も入らないとか頭おかしいでしょ?」

「それは称賛と取れば良いのか?」



終始涼しい顔を貫くランサーはあれ程激しい打ち合いを繰り広げたのに関わらず息一つ乱していない。
勇希にも同じことが言えるが、あの嵐のような剣舞を潜り抜けながら攻撃していたのだからそれだけ消費する体力も大きくなる筈だというのに、まだ余裕の表情を見せるなど何かの間違いか悪い夢であってくれと肩を落とさずにはいられない。


ただでさえ対人戦の経験に乏しい状態でこんな常識外れの敵を相手取っているのに、これ以上長引いたら此方の精神が持ち堪えられそうにない。
などと考えていた次の瞬間ランサーが更なる絶望を突きつける言葉を発した。



「しかし、今しがた気づいたが……お前は戦いの経験に乏しいと見えるが、いかがかな?」



『あらまバレテーラ』と現実逃避まがいの素っ頓狂なセリフを脳内再生しつつ、思わず額を掌で覆った。



(何で分かるんだよ?エスパーじゃあるまいに。
刃傷沙汰の経験豊富な英霊様の勘って奴なんですかい?
よくある剣交えただけで人柄分かるとかいう不思議電波受信機でもついてんですかい?このワカメ頭が!!」

「途中から全て口に出ていたぞ」

「え、マジで?」

「ああ。だが、一様に素人とも言えない。
寧ろ、お前は戦い(・・)に関しては相当な練度を有していることは分かった。
だが、どうにも違和感がある」

「違和感だぁ?」



ランサーが感じた違和感は、勇希の挙動や身のこなしの節々から垣間見たモノだった。


攻撃は確かに素早く正確で、敵を一撃で討滅し得る威力があるのは今更言うまでもないが、そのモーションがやけに大袈裟なのだ。
攻撃の狙い目は一々鋭い癖に攻撃そのものは人間相手に振るう物にしては大振りで、しかも過剰に威力を乗せている。


回避に関してもおかしな点は幾らかあった。


これまでの打ち合いから、勇希の高い反射神経と動体視力は分析済み。
だが、やはりそれも動きが大き過ぎる。


軽い突きや連撃を捉えていて、反応出来るだけの身のこなしを持ちながら、それら一つ一つをステップ移動で半ば間合いを取り直すように避けたり前転やら側転やらで攻撃範囲から逃れるように凌いで行く。


しかも最初の遣り取りから一度も防御という防御をしていないのも不可解だ。
得物にせよ筋力にせよ反応速度にせよ、十分に此方の攻撃を防げるだけの能力を有していながら、頑なに守りの体勢に入ろうとしない。


極め付けは、これらの動作をほぼ無意識の内に行っている節があるということだ。
それはつまり、多くの修羅場を、そんな人間を相手にするには大袈裟過ぎる動きで潜り抜けて来たということ。
この歪な形の境地に、ランサーは先程からずっと疑問を抱いていた。


それらを告げられて、お手上げとばかりに言われた当人は嘆息する。
いきなり自分の弱点を見破られて、しかもその詳細までことさらに告げられたのだから本人にすれば冗談ではない話である。



「ホントに……初の人間相手がどうしてこう色々と洒落にならない奴なんだかねぇ」

「その言いぶりではまるで今まで相手にして来たのが人外であったかのようだな」

「正解正解。その通りでございますよ。
てか、お前分かった上で言っただろソレ」



つくづく敵に対する見たてが甘かったと言わざるを得ない。はっきり言って英霊の眼力を見くびっていた。


偵察に来たつもりが逆に自分の弱みを見破られるなど笑い話にもならない。
その弱みを正確に突けるだけの腕を持った相手に知られたのだから最悪だ。
勇希が細かい回避運動や防御に慣れていないのを良いことに、そこら中を駆け回りながら連続攻撃を叩き込んで相手の足を止めつつ攻撃すれば良いのだからランサーとしては自分の能力に合った戦いを展開出来る。


唯一の懸念事項と言えば大剣から放たれる黒い炎と、それを上手く剣に乗せた広域破壊攻撃だが、それを封じ込める算段もランサーにはあった。


そこへ、ランサーにとっては最高のタイミングで自分の手札を切る機会が巡って来た。



「いつまで手こずっているつもりだランサー。
無駄に戦いを長引かせるな。
そこのイレギュラーサーヴァントの弱点も判明したならば一気に畳み掛けるのだ。
宝具の開張を許可する。貴様の宝具ならば敵の能力を封じる事も可能だろう」



倉庫街に響く第三者の声に、ランサーは笑みを浮かべ、勇希は思わず歯噛みする。


一気に不利になった状況で宝具まで使われるなど堪ったものではない。
その能力にもよるが、ランサーのマスターと思しき男の口振りやこの局面での使用を鑑みるに、此方に対して相性の良い物か、それとも単純に強力な物のどちらかであるということは分かる。


思わず嫌な汗が額を伝い、剣を握る手に力が篭る。



「マスターの指示だ。ここからは獲りに行かせてもらうぞ。イーター」



ランサーの宣言に呼応する形で両手の槍に巻かれていた布が空気に溶ける様に消滅し、鮮やかな赤と黄の姿を露わにした。



「やれやれ。初戦早々にバッドエンドとか勘弁して欲しいんだが……参ったねぇ」



そして倉庫街の戦いは更なる局面を迎えるのだった。

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