小説『fate/zero〜君と行く道〜【改訂版】』
作者:駿上()

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5話 夜間決闘(後編)





剣を振るえば血が流れる
槍を突き出せば血が流れる
流れた分だけ命が消えゆく
其れを是とする獣達は
紅い大地で踊り狂う











この戦いが始まってから既に一時間以上は時が経った。
尤も戦っている本人達からすれば、まだ一時間しか経っていないのかと感じるのだろうが。


人間は濃密な体験をすれば、その間の時間感覚を延長して現実よりも長い時を過ごしたように感じてしまう。
故に、ランサーと勇希にとって、これまでの遣り取りはまるで永遠のように長く感じられた。
これから更に長いようで短い時間を過ごすことになるのだろうと一方が嘆息する。
ただでさえ厄介な相手に弱点を見破られた挙句、宝具まで持ち出され、状況は芳しくない。
近接戦闘では分が悪いことは今更深く考えるまでもないだろう。
一旦距離を取れば遠距離攻撃の手段もあるのだが、容易く離脱させてくれるような相手でもない事は今更考えるまでもないだろう。


正面から当たれば技量で押し負け、遠ざかろうとすれば間違い無く攻撃の手が緩んだ隙を突かれる。
それを防ぐ為に何とか応戦して行って少しずつ体力を削られた挙句敗北するという流れは容易に想像がついた。
そこに宝具という未知の要因が加わるのだからもしかすると予想以上に拙い状況になっている可能性もある。



「こりゃぁ、下手すると早々に奥の手(・・・)使わされちまうかもな。
やれやれ、初の戦闘パートから全力出さなきゃならんとか……俺さん格好つかないじゃないの」



これまで状況が不利である事について散々言及して来たが、実のところ打つ手が無くなった訳ではない。
ただ、まだまだ先は長い現在の状況で、初戦早々に手札を見せて対策を講じる機会を与えたくなかったのだ。



「とはいえ……そう悠長なことも言ってられないシチュエーションだよねコレは」



やれやれと言わんばかりに肩を竦めた所へ、封を解いた宝具を構えたランサーが突風のような勢いで接近する。


速度を保ったまま突き出されたのは短槍の方。
能力が分からない現状では掠めるのも危険だ。
万が一、人外の存在に対して追加ダメージを与える代物ならば此方にとっては相当な打撃になりかねない。


確実に避ける為、よりいっそう強く地面を蹴りつけて横っ跳びに離脱し、その先に積み上がっていた瓦礫の山を足場にして更に跳躍。
要は三角飛びの要領でランサーの背後に移動し、着陸と同時に背後を振り返る。



「なっ…!?」



突然言葉に詰まったのは、いつの間にか方向転換したランサーが正面から長槍を突き出していたからだ。
しかも既に切っ先との距離は1メートルも無い。



(いくらなんでも反応が早すぎる。
さっきの曲芸機動だって一瞬のやり取りだったってのに……!
まさか、こっちの動きを読み切ったってのか!?)



勇希の考えは的を得ていた。
ランサーは、勇希が回避の後には必ずと言って良いほどの割合で自分の死角に回り込もうとすると踏んでいた。


それは勇希が人間などよりも遥かに巨大な怪物と渡り合う為に培って来た本能にも似た行動だった。
それを反射的に行っているからこそ動きが単調になり、高い技量を有する相手、増してや心眼のスキルを持つランサーのような相手には簡単に読み切られてしまう。
勇希は今まで散々助けられて来た己の戦闘感覚(バトルセンス)を生まれて初めて恨んだ。



(着地間際の体勢じゃ避け切れねぇか…!
だったらオラクル放出の出力を上げて強引に押し切るのみ!!)



咄嗟の判断で、槍を弾く為に剣を右に払う。
今までの攻撃に比べれば天と地ほどにも完成度に差がある苦し紛れの一振りだが、そこから放たれるオラクル細胞のエネルギー体である黒炎がその破壊力を何倍にも高めてくれる。槍を弾き返すだけの威力も十分に兼ね備えていると思われた。


だが、槍の側面に衝突した剣は炎を発しなかった。
否、発しようとした所で炎そのものが自壊するようにして吹き散らされたのだ。
黒炎の爆発力を受けることなく大剣を受け止めたランサーが不敵な笑みを浮かべて短槍を突き出してくる。


何度目かという驚愕と困惑は勇希の動きに致命的なまでの空白を生み、防ぐことも避けることもままならない勇希の右脇腹に切っ先が食い込んだ。


焼けるような痛みが走り、思わず悲鳴を上げそうになるのを堪えるのは思った以上に労力が必要だった。
力の抜けかけた身体に鞭打ってランサーの鳩尾に至近距離から蹴りを入れようと足を突き出すが、靴底が触れるよりも早く後方へ離脱されてしまう。
同時に突き刺さった槍が引き抜かれ、二度目の痛みに続いて鮮血が噴き出す。


だが、傷口を手で覆う暇も与えずにランサーは畳み掛けるような連続攻撃を放って来た。
両手の槍から繰り出される突きや切り払いは、これ以上勇希が大きく踏み込めないことを悟っているが故に激しさを増して行く。


対する勇希は、脇腹を貫かれたせいで腰に力が入らず、並行して踏み込みにまで支障が出る始末だった。
つまり先程までのように地面を蹴っての跳躍による回避運動が取れなくなっていたのだ。
それだけでなく、どう言うわけか先程から黒炎が敵の長槍に触れる度に吹き消されて威力の上乗せが行えない。
敵の間合いから抜け出せず、敵を間合いから吹き飛ばせなくなった結果、慣れない斬り合いに持ち込まざるを得なくなってしまった。


それでも持ち前の反射神経や動体視力、正確な太刀筋で何とか敵の猛襲を捌いて行くが、如何せんこういった戦いに不慣れなせいもあってか少しずつ身体を削り取られて行った。


情勢が大きく傾き、勇希にダメージが蓄積されて行く一方で、優勢に立っているランサーはーーー


ーーー必死の形相を浮かべていたーーー


一見圧倒的にも見える状況下でありながら、ランサーはこのままでは拙いと危機を覚え始めていた。
何故ならば、この打ち合いの中で少しずつだが勇希が此方の攻撃に確りと対応し始めていたのだ。


恐ろしいまでの適応力に、ランサーは心中で称賛を送る。
目に見えて人間相手の戦いに不慣れだった相手が視認出来るほどの速さでこの剣戟に順応し始めている。
ならば敵が完全に動きを見切る前に勝負を決めてしまえと思うだろうが、それはある意味命懸けの行為と言えた。


そもそも、攻撃や防御ごと敵を粉砕し得る破壊力を持つ勇希と切り結ぶ事が出来たのは、単にランサーが持つ破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の能力によって勇希の大剣から放たれる黒炎を封じ込めているからだ。


故に、勇希が反撃や防御に移る度に長槍を振るわねばならず、必然的に狙いが剣にばかり集中して勇希の身体をあまり狙えない。
度々隙を突いてもギリギリで避けられて擦り傷に留められてしまい、決定打が打てない。
そして左手に持つ短槍は大剣と長槍の2メートル近い間合いの中では僅かに短く、届かせようにもリーチが若干足りない。


しかも、黒炎は封じたとは言えランサーはステータス上では勇希に大きく劣っている。
とりわけ、今この場に於いてランサーを最も苦しめているのが筋力の差だった。


ランサーの筋力はBランク。一方で勇希はA+という馬鹿げた膂力を誇っている。
単純な力で勝る相手の剣を長槍でひたすらに防ぎ続けた右腕は既に悲鳴を挙げ始めていた。


とどのつまり現状は一方的なモノなどではない。
相手の宝具の能力で攻撃力を奪われた勇希と、相手の適応力を読み違えたランサーの根比べにも近い状態と言うのが最も当て嵌まる表現だろう。
勇希のダメージの蓄積が限界に達するか、ランサーが槍を震えなくなるかで状況は動く。


故に二人は応酬を続けた。相手が膝をつくその時まで。


そんな中、既に余裕など無いというのに、ランサーの表情は実に充実感に満ちた色を見せていた。



(本当に見上げた奴だ。
未熟さの残る剣を戦いの内に更なる高みへと昇華させ、これ程までの激戦を繰り広げようとは)



初めから強敵である事は分かっていたし、苦戦は免れないことも覚悟していた。
だが、こうまでも拮抗し、互いの全てを出し尽くすまで戦えるとは思ってもみなかった。


全身を満たす充足感を噛み締めながら、どうかこの時が終わらないでくれと祈らずにはいられない。
時が経てばこの男は、この男の剣は更に鋭さを増して行く。


ならばこの場で決着をつけなくても良いのではないかと不謹慎な考えが脳裏を横切るが、それは右肩に走った激痛で掻き消された。



「ぐっ!?不覚をとったか……!」

「ハァ…ハァ……漸く…モロに…入ったな……」



視線を向ければ、してやったりと言わんばかりの笑みを貼り付けた勇希の顔と、右肩に食らいついた黒い刃があった。
ついに右腕が限界に到達し、防いだ長槍ごと肩に刃を押し付けられたのだ。



「脇腹の礼だ。喰らいやがれぇぇ!!」



雄叫ぶと同時に剣を大きく後ろに引く。
すると、まさしくノコギリで削り取る様に凹凸の激しい刃が接した肉を抉り取る。
素早く後方に跳んだ事で腕を切り落とされる事はなかったが、右肩には痛々しい傷跡が刻まれていた。


激しい攻防に一端の区切りがつき、両者は詰まっていた息を思い切り吐き出した。


いつの間にかお互い傷まみれになっていた事に気がつく。
大きな傷は互いに一つずつしかないが、刃が薄皮を掠めたのであろう小さな傷が所狭しと顔を覗かせていた。



「つくづく……すんなり勝たせてはくれんか。
悪くはないぞ、その不屈ぶりや見事。
我が人生に於いて、お前程の豪傑はいなかったぞ」

「そいつは過分な称賛だな。
俺にしてみりゃ今までのブッ殺してきた化物連中よりもお前さんの方がよっぽど始末に負えないって話だっつうの。
人間相手の戦いで初っ端からお前さんみたいな達人様と当たっちゃうなんて、俺さんホントに涙目だよ。
幸運D+は伊達じゃないんだね。トホホ……」

「生憎と付け焼き刃の剣技に手折られるほど俺の槍術は柔ではないのでな。
完全に打ち破ろうなど10年早い」

「おやまぁ手厳しいことで」



肩で息をする二人は再び称賛を交える。
浅からぬ傷を互いに負っていながら、どこか満足気な相手の様子に呆れる一方で、勇希は自分が抱いている感情にも苦笑いを浮かべていた。



(やれやれ。バトルジャンキーな気質なんて無いつもりだったんだがねぇ。
なのにこのギリギリな状況で楽しい(・・・)とか感じちゃってる俺さんはもう色々と手遅れかな?)



これまで体験して来た戦いは、ただ殺し尽くすだけの作業か、文字通りの死闘のみだった。
そこに戦いを楽しむ余裕など無く、如何にして敵を屠り、如何にして味方を守るかという思考以外に余計な感情は存在していなかったし、それ以前にスポーツでもあるまいに、増してや化物相手に張り合いのある闘争を求めるなどナンセンスにも程がある。
そう思っていた自分が、強敵とギリギリの攻防を繰り広げて確かな充実感を得ていることが何とも可笑しかった。


だが、こんな風に磨き上げた技を競い、称え合うのも強ち悪くはないような気もした。
所詮殺し合いでしかなかろうと、殺し殺される覚悟を持った者同士による甘美な戦いを味わえるのならと思うと、世のバトルジャンキー共の性根も捨てたものではない。
現に、初めて味わう死闘の味はゆっくりとアルコールを摂取した時の様に広がって行き、勇希の全身を僅かに火照らせていた。


だが、そんな良い心地は余計な横槍によって台無しにされてしまう。



『宝具まで使っておきながら何故仕留められんのだ馬鹿め!
それどころか手傷まで負うなど言語道断だ。
私に恥をかかせるきか?』



心底不愉快と言った調子でマスターの声が響くと、ランサーの全身についた傷がみるみる内に癒えて行く。
マスターの治癒魔術によるものだろうと判断し、勇希も全身の細胞を活性化させて傷の修復に取り掛かる。


指示を受けたオラクル細胞は結合と分裂を繰り返して傷口を即座に修復して行くが、その最中、どれだけ治癒しようとしても塞がらない傷がいくつかある事に気が付いた。
その中に脇腹に空いた穴も含まれている事がかなり痛い。
何故治し切れなかったのか、勇希は思考を巡らせる。



(脇腹の傷が治らない所を辺り、恐らく奴の短槍の能力なんだろう。
治らない傷をつける短槍。
加えてオラクルのエネルギー体を吹き散らした長槍。こっちもこっちで不可解だ。
オラクル細胞に対抗する技術やら魔術やらは少なくとも今まで得た情報の中には無かった。
となると、エネルギー体そのモノに作用する能力か、それともオラクルそのものが槍が干渉する範囲内だったのか……
考え得る中では魔力を無効化する槍って所か。
だとすればコイツは……)



この戦いで収集してきた情報を元に勇希はランサーの正体を割り出す。



「なるほど。
決して癒えることのない傷をつけるという呪いの黄槍と魔を断つ赤槍。
そして女を惑わすとか言う右目の泣き黒子。
お前の正体はフィオナ騎士団随一の槍使いディルムッド・オディナか」



その名に至った時、何度めかという溜め息を吐いた。
よもや一国単位で最強レベルの使い手と戦っていたとは。
そんな相手にここまで食い下がったなど、我ながら感心してしまう大健闘である。
挙句には一番強かったと称賛を受けてしまい感無量とはこのことか。



「戦いの中で我が真名に辿り着いたその洞察眼は見事。
だが、あと少し早く答えを出せていれば我が必滅の黄薔薇(ゲイ・ジャルグ)をその身に受けることも無かったな」

「ところがどっこい。
お手上げって状況にはまだ足りないんだな〜これが」



脇腹に決して浅くない上に治せない傷をつけられたのにも関わらずヘラヘラとした態度を崩さない敵に、ランサーは怪訝な眼差しを送る。
よもや傷を負ったまま勝てるなどと踏んではいるまい。
だとすれば槍の能力を無効化するだけの手札を相手が持っているのだろうか。


黙して思案するランサーを横目に、勇希はそこかしこに積み上げられた瓦礫の山の一角に歩み寄って行く。
そしてその中から徐にトラック一台分はあるコンテナの残骸を引っ掴むと


それらを驚異的な早さで咀嚼し始めた


突然の奇行にランサーは思わずたじろいだ。
それ程までに目の前に広がる光景は異質極まりなかったのだ。


鉄の残骸をバリバリと掻き込むように口に含んでは飲み込んで行く姿は明らかに常軌を逸していて、とてもではないが人間の所業には見えない。


そこでランサーの脳裏に『奴のクラスは何だったか』と一抹の問いが横切る。


答えは喰らう者(イーター)
目の前の男は正しくその名の通りの行為を見せている。


暫し硬直している間に数トンは下らない瓦礫の山は勇希の胃袋に収まっていた。
その早さもさることながら、驚くべきは先程まで治らなかった傷が塞がっている事だ。



「これはある意味じゃ俺さんの本分とも言える能力だからな。
喰っただけ強くなる。それがイーターである俺の真骨頂ってわけよ」



片手で保持した剣の切っ先を突き付けるようにランサーへと向けながら勇希は己の健在ぶりをまじまじと見せ付ける。


ここまで来ればもはや笑い話である。
人間離れしているだとか化物染みているだとか、散々この男が普通ではないと分かっていたが、まさか鉄屑の山を食して宝具によって治らない筈の傷を癒やすなど訳が分からない。
だが、勇希がやった事は言うだけならば単純な事だった。


ランサーの必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)は、斬りつけた状態を相手にとっての全快状態にする宝具、つまりは耐久値の上限を削る能力を有している。
故にどれだけ回復しようとしても耐久値は削られた分を上回る事はない。


それを勇希は耐久値そのものを上昇させる事で補ったのだ。
とにかく必要な質量を摂取し、その分だけ自分の耐久値を底上げして上限を削られる前の状態に戻しただけ。
元々、この世界に於ける勇希の身体、強いて言えばオラクル細胞の神秘性がランサーの宝具のそれを上回っていたというのも要因の一つだ。



(良かったぁ〜今のでちゃんと治って。
これでもし傷口塞がらないまんま戻って来てたら俺さん『いきなり鉄屑の大食い選手権おっ始めてドヤ顔で戻って来た痛い人』になってたよ間違い無く)



色んな意味で安心した所で剣を構え直す。
応えるようにランサーも戦闘体勢に入った。



「よもや、不謹慎と承知で抱いた願いが現実のものとなろうとしているとはな」



不意に口をついて出た一言を勇希は確かに聞き取ったが、問いを投げかける前にランサーがそれを手で制した。
その動作だけで、あまり深い意味はないのだろうという結論に至り、勇希は言いかけた言葉を飲み下す。


そして二人が前に踏み込もうとしたその時、轟音と共に夜空から一対の巨影が飛来した。












中途半端な所で終わっちゃいましたがランサーvsイーターはひとまず終わりです。
何となくこの二人をライバル関係みたいにしてみようと思ってセイバーの役目を取っちゃったりして見たんですけどどうでしたかね?
感想、ご指摘などがありましたらコメントをお願いします。
因みに作者は読者の皆様の意見に飢えております。とてもとても飢えておりますので、辛口コメントだろうが何だろうが構わないので何か意見を述べて下さると幸いです。



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