小説『保障無し』
作者:裏音(雨月夜ノ歌声)

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保障されない安全。
保障されない命。
そんな世の中、貴方は生きていける?

「ほらー、さっさと席に付けー」
「五月蝿いハゲー」
「誰がはげだ!!」
ここは某中学1年3組の教室。いつも通り、担任の田中がやってきて、いつも通り生徒にハゲと言われる。
完全にいつも通りな生活。だけどこの国は、安全の保障、命の保障、生活の保障。全てが存在しない。
「せんせー。健太が来てませーん」
ふと、生徒の一人、洋美が、クラスメイトの健太がいないと告げる。
「ああ…健太はな、生活の保障が無くなったから、学校を辞めた。」
そう。ここは保障がない国。一度生活ができなくなれば、そうそうに復活できるものじゃない。
「あ、あとな…隣のクラスの東が、昨日亡くなった」
「うそ…、東が?」
洋美がショックを受け、呆然とする。
「どこで…どこで亡くなったんですか?」
「…警察署の中でだ。殺された」
クラスがざわめいた。警察署、命と安全を保障されているはずの場所なのに。
そこで命を落とした。
「た、たたた大変だー!」
すると、しんみりとしたく3組に、1組の担任、鈴木が飛んできた。
「ど、どうしたんですか鈴木先生?」
「大変です。今政府から国に発表があって…」

『今この国に、ほとんどの保障はありません。なので、最後の一つ…国の保障も、無くします』

「国の保障を無くす…? 先生、どういうことなんですか?」
田中は黙った。そして、クラスを見回し、深呼吸をした。
「俺たちが…この国にいる権利がなくなった。つまり…いつ殺されても、誰が何をしても、罪に問われない」
その場にいた全員から、血の気が引いた。
ここまで政府は腐ってしまったのか。もう、この国は独裁国家と何もかわらない。
「早く逃げた方がいい…今この国は、腐った。さぁ、行くんだ!」
生徒たちは田中と鈴木に誘導され、学校を出て行った。出て行った生徒の中には、泣いて前が見えなくなっている生徒もいた。
だが生徒が出て行った瞬間、田中と鈴木。そして他の先生たちの中に、何かが芽生えた。
(もう、先生をしなくもいい――?)
教育委員会にこびを売る必要もない。わがままな生徒の話を聞く必要もない。
生徒の親に怒られることもなければ、給料が低いと嘆くこともない。

(保障は――無いんだ)

田中と鈴木につられるかのように先生たちは生徒を襲い始めた。
「キャアアアー!」
(このわがまま女が!)
「う、うわああ!」
(補習ばっかりさせやがって!)
「先生…なんでぇ?」
(ぶりっ子すんなよ!)

(憎い。憎い。生徒が、全てが憎い!)

先生たちの正常な意識は、既になかった。

「み、皆…大丈夫?」
生き残ったのは、洋美と、2組の里奈。そして、2年の尾崎。
「先生…なんで…」
里奈は涙こそ流さなかったが、悲しそうにうつむいていた。
「大丈夫か1年」
「あ…尾崎先輩」
尾崎は、疲れきった二人のために、コンビニでジュースを買ってきてくれたようだ。
「ありがとうございます、先輩」
「いいさ。困った時はお互い様だ」
二人から見て尾崎はとても気が利く人だ。二人はすぐに尾崎をいいと思うようになった。
「もう、あちらこちらで人が人を殺してる。保障を無くすことで、人の曇った心が露になったんだ…」
曇った心。尾崎はそう分析した。
「少しでも心に迷いがあったら…ああなっちゃうの?」
「そうだろうね。今町は、殺人鬼だらけさ」
三人がいるこの場所…学校の体育館の倉庫。時期にここも見つかるだろう。と、尾崎は続けた。
「イヤアアア!」
悲鳴が聞こえた。そして、何かが切り裂かれるような音。洋美と里奈は、最悪の現実に耳を塞いだ。
「駄目だよ、耳を塞いじゃ。現実を感じよう」
尾崎の言葉に、ゆっくりと耳から手を離す。現実…そう、今のこの状態が、現実。
「ねぇ…なんで、政府はこんな独裁的なことをはじめたんだろう?」
里奈がふと考えた。確かにそうだ。何故、こんな急に…?
「そうだよね。なんで、政府はこんなことを…」
「きっと、誰かに脅されてたんだよ。しないと国を潰すってさ」
「脅される…って、誰に?」
「まぁ、アメリカとかが妥当かな」
尾崎の言うことも一理あると、里奈はうなずく。だけど、そういう国際関係に興味のない洋美には、少し難しい話だった。
「脅されてるってことは、…終わるのかな。ちゃんと」
洋美は小さく呟いた。けど、その答えは誰も知らない。そして誰も答えない。


政府管理局。
「一体どうすればいいんだ…」
「この国は殺人鬼だらけだ」
「あんな子供に脅されるなんて…」
「あれは人じゃない。鬼を超えた…悪魔だ」
政府管理局の人間が、外に漏れない程度の声で話す。
「うぅ…全てを壊すつもりなのか」

『この国の保障を無くして下さい。でなければ…死ぬのは貴方たちですよ』

「我々だって、死ぬのは惜しい…すまない。民たちよ」
長官である人物が、悲しくもうな垂れる。
たった一人の子供。中学生ぐらいの子供に、国が潰された。


「ん…あと5分」
時間は既に夜中。洋美は寝言を言いながら、倉庫の中で丸まっている。
「洋美、起きてよ。洋美」
里奈が小声で洋美を起こそうとする。
「洋美ちゃん、起きなよ」
尾崎が軽く洋美の頬を引っ張る。
「いひゃい!」
「しー!」
赤くなった頬をさすりながら、洋美は眠そうにする。
「まったく…洋美、静かにしないと見つかるよ」
里奈が文句をいうと、尾崎が指を唇にあてた。
「…足音が聞こえる」
コツコツと体育館を歩く声が聞こえる。そして何かを引きずる音が。
「…そこの扉から少し見てくるよ」
「私たちも行きます」
「え、私たち…?」
里奈が強気な性格なのは知っていたが、巻き込まれるとは…と、洋美はあきれた。
キィ…という無機質な音が、三人をより恐怖させた。
「…いない?」
ドアの向こう側に、人影は無い。あるのは…、
「ひっ…あ、あれって…」
「見ちゃ駄目だ。あれは…人間だ」
いくら現実を見ると言っても、人の死は見ていいものじゃなかった。
「人間〜だったものでしョ〜?」
「!!」
背後から声がした。三人は振り向きたくなかった。
「ドアは一つじゃないのヨ」
女…もはや人間にすら見えないようなおぞましい顔をしたものが、三人に大きな斧を振り上げた。
「ヒヒヒ…人を切るのって、た〜のしいッ!」
釜がまず、隣の尾崎を切った。
「うがあっ! に、逃げろ…」
「先輩…イヤアアアアアアァ!」
洋美が悲鳴を上げた。里奈の姿なんか、見ている暇もなく走った。もう自分だけでも生きたい。
「あーあ…結局洋美も同じかぁ」
体育館の入り口で、誰かが待っていた。いや、待っていたんじゃなくて、先に逃げていた。
「里奈…」
「ふふ。楽しかったよ。人間の心の闇が露になる姿」
里奈は笑っていた。洋美には何がなんだかわからない。
「まだ理解できない? 政府を脅してたのは、私。人間の本性が見たくてねぇ…」
ペロリと唇をなめるその姿は、人間を超えた恐怖を感じた。
「大丈夫。そんなこわばった顔しないで? 洋美は殺さない…洋美には、人間の醜さを最後まで見てもらうから」
里奈は、高らかに笑い、姿を消した。洋美は、この現実が夢だと思いたかった。
でも夢で、目が覚めたら、また目の前に笑う里奈がいるのではないか。そんな恐怖が洋美を覆った。
「嫌…嫌アアァァ!」
洋美は悲鳴をあげ、その場に倒れこんだ。それでも死ぬことはできず、この世界の醜さを最後まで見届けなければならない。
死することは、許されない。

里奈の笑い声が、国中に響き渡る。

FIN

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