小説『考えろよ。・第3部[それはペンですか? いいえ、ボブです編]』
作者:回収屋()

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 [政府の任務と学校生活]

 キ〜〜ンコ〜〜ンカ〜〜ンコ〜〜ン♪

 少し暖かくなった春風に乗ってチャイムの音が流れる。優しく降り注がれる日光を浴びて、今日も大勢の学徒達が登校している。ここは学校。『都立日ノ本第二高等学校』。創立から120年経つ歴史ある学び舎だ。その歴史を反映するかのような古風な造りで、正面校門から見える本館は殆ど改装されておらず、木造の三階建て。
「おはようございま〜〜ッす!」
「はい、おはようございます」
 元気良く挨拶してきた生徒に、校門の前に立つ教師の一人が、ニッコリと微笑んで挨拶を返している。年の頃は二十代前半くらいだろうか、まだ初々しさが充分に残った顔で生徒達に声をかけている。担当する科目のせいか、他の教師達とは違い白衣を着ていた。
「おはようございます、蒼神先生。そろそろこの学校には慣れてもらえましたか?」
 『蒼神』と呼ばれた教師の隣に老齢の男性が立った。白髪の多い総髪で、六十代半ばくらいの苦み走った顔つきをしている。
「いやぁ〜〜、まだまだですよ、教頭先生。けど、ボクの経験を生徒達の学業に活かせる場を得られたんですから、精一杯頑張らせてもらいます」
 蒼神先生は少し気恥ずかしそうに答えた。
「そういえば、先生のクラスに転入生が来ることになってましてね。確か明日だったと思いますよ」
「転入生? 一学期の始まるタイミングに合わせられなかったんですか?」
「文部科学庁からの要請でして。他校との文化交流を趣旨とした半年程の在学だそうです」
「文化交流? 外国の方ですか?」
「分かりません。が、手続きは校長が滞り無く済ませてありますので、明日のHRには登校してくるハズです」
 教頭はそう言って本館二階の職員室へと戻って行った。
「こらァ、走り込みの前には必ずストレッチしなさいッ! 膝を痛めるでしょッ!」
 本館の裏側にある広大なグラウンド。新校舎や体育館に囲まれるように位置し、陸上部や野球部の朝練風景が見える。そんな中で一際目立つジャージ姿の教師が一人。ブルネットの肌とマニッシュショートの髪が特徴的な女性で、年の頃は二十代半ばくらいだろうか。額にはバンダナを巻き、陸上部の部員達を活き活きとして指導している。
「おはようございます、エン……じゃなくて、白藤(しらふじ)先生。調子はいかがですか?」
「ええ、問題ありません。思ってたより早く生徒達も打ち解けてくれましたし」
 蒼神先生がジャージの女教師に声をかけた。
「ところで、例の件……何か変わった様子は?」
 蒼神先生の表情が急に神妙になった。
「いえ、特には。一応、初等と中等の校舎も大まかに視察してみましたが、教員や生徒に反社会的な行動はありませんでした」
 この学校はエスカレーター式になっており、大通りを挟んだ直近のエリアに初等部と中等部がある。そして、この二人がこのような社会的立場にあるのは、深い理由があった。事の始まりは『ポイント32』のテロ事件終結から約2ヶ月後――

「さて、拘留生活は快適ですかな? 蒼神君」
 ソファに深々ともたれかかった男が、慇懃無礼な態度で問う。スーツ姿のハゲオヤジで、出っ張った腹の主張が激しい。不摂生な日常を送る役人の典型的な例だ。場所は内務庁が設置された中央合同庁舎。その最上階の応接室。
「人類の環境適応能力を痛感してますよ、錦木庁長」
 ガードマンに付き添われ部屋に入ってきた青年が、少し疲れた声で答えた。
「それは結構。しかし、博士の相棒の方はそうでもない様子だ。彼女は政府側の人間なのだから、このような空気には慣れているハズなのだが」
 共に連行されて来たフォーマルスーツの女性を睥睨し、皮肉のこもった声で迎えた。
「庁長、失礼ながら、私は?元?政府側の人間です。それと、現場一筋の人間でしたので、砂上の楼閣に長期滞在するのは慣れておりません」
 その女性――『エンプレス』が澄ました顔で皮肉を返す。
「それまた結構。次の職場はまさに?現場?。いわゆる?教育現場?とういヤツだ」
「は?」
 蒼神博士が小首を傾げた。
「君達による『柊沙那』連れ回しの件で、政府がこうむった人的・物的被害は甚大。本来なら、国家反逆罪の適用により、長期拘留以前に厳罰に処せられている。だが、君達は『ポイント32』という最前線で活動し、我々が見聞きできていない情報も得たハズ」
「……要するに、重要な情報を隠し持っている可能性がある以上、ヘタな処罰もできないし、一般社会に解放するワケにもいかないと?」
「その通り。ならばと考えた末、君達の経験を活かせる任務を与え、尚且つこちらの監視の目が届く環境に置くことにした。蒼神君、『称号者』という存在を知っているかね?」
「……いえ」
「かつて、ポイント32の地下に建造された巨大収容施設・エリジアムには、ダリア准将により世界中から集められたDNA異常者500名が収容され、研究の対象となっていた。その中でも特に危険度の高い6名が称号者と呼称され、あらゆる精密検査と実験が繰り返された。そこから得たデータは、通常社会から逸脱したテクノロジーをいくつも生み出した。ちなみに、蒼神君がよく知る『柏木茜』も称号者の一人だ」
「――――ッ!?」
 彼の表情が分かりやすく歪んだ。
「今言ったように称号者は6名。一人は『視界の女王(クイーン・オブ・ビュー)』こと柏木茜。そして、軍部の一斉捜査により、エリジアムの跡地から『幻惑の僧正(ビショップ・オブ・ファントム)』こと氷上御形の遺体が見つかった。残るは4名……我等内務庁の諜報活動から得た情報で、都内の高等学校にその内の一人が潜伏していると判明した」
「庁長、まさか……蒼神博士と私にその学校へ赴けと?」
 エンプレスが小さく動揺する。
「文部科学庁には既に話を通してある。君等は臨時教員として学校に入り込み、潜伏している称号者を見つけ出すのだ」
 錦木庁長は押し付けるようにそう言って、応接室を後にする。彼は長い廊下を歩き、突き当りのエレベーターに乗った。
 ガコォォォォォン……
「彼等は承諾しましたか?」
 エレベーターに乗っていた先客が話しかけてきた。浅黒い肌にショートのカーリーヘアが目立つスーツの女性だ。
「あの二人に帰る場所は無い。引き受けざるを得んよ、芙蓉大臣」
 相手の女性に背を向けたまま答える。
「ならばよろしいのですが……それにしても気にかかります」
「何がかね?」
「称号者の件……ダリア准将が実施し、彼女が現地で直接指揮を執った『エリジアム掃討作戦』で、収容されていた者達は殲滅されました。掃討作戦を実行に移した理由までは認知しておりませんが、どうやって称号者6名はあの離島から逃げおおせたのでしょう?」
「私もその件はずっと釈然としないままだった。ダリア准将に直接問いただした事もあったが、?軍事機密?の一点張りで話にならん」
「何者かが手引きし、本土へ逃がしたという可能性は?」
「考えられるな。しかし、そうなると余程の手腕の持ち主だ。作戦当時、ポイント32はイージスシステムを搭載したミサイル巡洋艦に包囲され、トマホークによる対地集中精密攻撃も可能だった。にも関わらず、称号者共はレーダーやソナーにも引っかからず、包囲網を抜けたのだからな」
「……それはそうと、別件で非常に差し迫った脅威が」
 そう言って脇に抱えていた資料を手渡した。
「――――ッ、アノ男、まだ諦めていなかったのかッ!?」
 資料をつかんだ庁長の手に力がこもる。
「どうあっても首相と面会するつもりです。面会の理由は未だに不明ですが、今回はわざと招いてみては?」
「正気かッ!? 称号者の一人を手下にし、テロ事件を画策・支援した張本人だぞッ!」
「しかし、前回は居所まで突き止め、一個小隊に制圧任務に当たらせましたが、チームに死傷者を出した上、まんまと逃げられました」
「あの時は称号者を雇っていたなどと知らなかった。不測の事態というヤツだ」
「なら、今回も不測の事態を考慮に入れるべきです。向こうからわざわざ来てくれるのなら、我々が地の利を活かせる場所に招き、首相と接触する直前に拘束すればいい」
「カナリのリスクを伴うぞ」
「しかし、外交特務庁にはハイリターンをもたらします」
「どういう意味かね?」
「アノ男……『立案者(プランナー)』には世界中に張り巡らせた太いパイプがあります。先進各国の軍部が武器・兵器の密輸用に設置したダミー会社や、国際的テロリスト、果ては民間の傭兵派遣企業など、数多くの取引が成されています」
「なるほど。ヤツを捕らえて情報を引き出せれば、水面下の外交での切り札にもなる」
「そういう事です。ただ、彼について一つ重要な事実を耳にしました」
「事実?」
「理由は不明ですが、彼は『米英合衆国』とは一切取引を行わないそうです」
「ふむ……そいつは妙だな」
「ええ。世界随一の軍事大国であり、現在、世界で出回っている武器・兵器の約45%が合衆国製です。密売業者にとっては、最も確実に利益を上げられる顧客のハズ」
「何か個人的な裏事情があるな」
「外交特務庁(うち)としては、合衆国政府との外交及び、密約に使いたいのです」
「……分かった。内務庁(こちら)も全面的にバックアップしよう」
 蒼神博士達のうかがい知れぬ所で、政府は危険な領域に踏み込もうとしていた。
 
「は〜〜い、皆さん静かにしてください。今日はこのクラスに二名の転入生が来ます。半年ぐらいの在学ですが、この学校の生徒として恥ずかしくない生活態度を心掛けましょう」
 朝のHR。出席をとり終わった蒼神先生が、教壇の上で生徒達に伝える。当然、そんな知らせを聞かされた年頃の連中は、良くも悪くもテンションが変わるもので。
「えッ、ホントにぃ? ねえ、聞いてたぁ?」
「男子? 女子? あ、そういえば、後ろに席が二つ増えてるじゃん」
「先生ぇ〜〜、カワイイ娘だったら、オレの隣の野郎を後ろに飛ばしていいっスか?」
「うわッ、ひでえッ! オマエこそ後ろにブッ飛べよッ!」
 早速のワイワイ、ガヤガヤ。
(ふぅ、まいったな……本来の任務は遅々として進展しないのに)
 生徒たちの明るい表情を見るのは和むが、決して自分の置かれている見地を忘れてはならない。学校に隠れ潜む称号者を特定せねばならないのだ。
 ――コンコン
 教室のドアを廊下側からノックする音。一瞬にして、クラスのガヤ音が一時停止する。磨りガラスに映った二つの影が見えた。
(もし、転入生の身に何かあったら、他校にも迷惑をかけることになる……憂鬱だな)
 どうしてもネガティブな方向に考えが傾いてしまう。が、とっくに後には引けない。万が一、生徒達に被害が及ぶ時は、身を挺してでも守る覚悟を決めた。
「はい、どうぞ。お入りください」
 蒼神先生が入室を促すと、ドアが――

 ――――――――――――バンッ!

 やたら勢いよく開いた。そして、そこに居た二名の転入生が口を開く。
「はっじめましてぇぇぇぇぇ〜〜☆ 山田でぇ〜〜ッす!」
「佐藤ですゥ。仲良くしてくださいね☆」

 ブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!

 蒼神先生が吹いた。ダイナミックに吹いた。人体が物理法則をちょっぴり無視した。
「あ、ああ……何で……!?」
 ドアの向こうに汐華咲と柏木茜が立っていた。

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