小説『おかっぱ頭を叩いてみれば』
作者:しゃかどう()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

「飴村先輩、しっかりしてください。飴村先輩」
「…はあはあ…」
もう死ぬ、と僕は自分で彼女に余命を告げた。そんなことを言えば、彼女は眉間にしわを寄せてため息をついて背中をさすってくれる。
「肺活量が足りなすぎです。サックスで足りないなんて…異常事態ですよ」
「もともと軟弱なんだよ」
「確かに」
「そこは否定すべきところではないのかね」
僕とボブの間に進展はない。
彼女は相変わらずの冷たさであるし、その批評の冷酷さは度を増しており、顔色の悪さはもはや宇宙から来た者のようだ。
「そういえばさーあ」
空野先輩が髪をわさあっと流してボブに近づいた。ボブは必然的に彼女を見上げることになる。なんだか嫌な予感がした。
「りょうやと一緒のクラスでしょ」
「りょーた…?」
「いや、りょうやと先輩は申したのだよ」
「ああ。そんな人は知りません」
彼女には友達がいないらしいので、当り前の事だろう。無表情を貫き通しているボブを見て、僕は多分空野先輩の心中を察していないだろうと予測した。彼女はいつだって鈍感なのだから。
少し話はそれるが、中田が彼女に猛アタックしているらしい。ボブの存在は僕と中田の長年の親交関係を著しく悪化された。中田は僕がボブを…そんなことを思っているのだと知っているのだろう。しかしながら、僕もこんな軟弱な体ながら男である。そう簡単にボブを渡すわけがないではないか。しかもあんなチャランポランな男女交際経歴を持つ中田にだけは渡したくない。幸運ながらボブの鈍感さかげんに救われて未だに中田の言葉は届いていない。
そんなことを回想しているうちに、場の空気は修羅場と化し、そしてやはりボブだけが認識していないようだった。
「藤村りょうや」
「…あ、隣の席の方です」
「なんか彼にした?」
「ええと…あ、はい」
ええ、したのか!何を!というか【りょうや】と言う人物は確実に空野先輩の彼氏さんである。どうするのだボブ!
「何を、したの?」
ピキーーーンと少年漫画ならば書くところであろう。最高潮の緊張が走った。空野先輩は女帝であり、部内でもひっそりとこっそりとと張った
「今日、古典の【べし】の意味を教えてあげました」
「…あ、そ」
ふううううと僕が大きいため息をついたのを、空野先輩はギリと一瞥したあとボブに向かって放った言葉は
「なんか変なことしてみ。どうなるかね」
という昭和のかほりただようセリフであった。
しかし、この次の日、あんなことがあるなどと誰が予想しえただろう。
と、僕もありがちな言葉を書いてみた。

-12-
Copyright ©しゃかどう All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える