小説『おかっぱ頭を叩いてみれば』
作者:しゃかどう()

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例の真っすぐしすぎた廊下をすたすたと彼女を引き摺りながら歩く。彼女は話してくださいもなく、されるがままになっている。こんなにグウタラな彼女は見たことがない。
前を見れば、緑色の上履きをはいた背の高いミニスカートの女子が見える。3年生だ。きっと僕の予想が外れていなければ、これは…。
「ちょっと、来な」
やはり空野先輩だった。彼女は立ち止った僕の前にずんずんと来て、僕の手からボブをひっつかんだ。彼女の彼氏への執着心はストーカー並みといっても、もはや過言ではない。
「違うんです!」
僕は声を張り上げて言った。無駄に大きな声を出したために、声は裏返るわ見澤に見られるわで最悪である。格好をつけたつもりはないが、格好がまるでつかない。
「ボブに悪気があったわけじゃないんです」
「それは聞いてみないと分からないことじゃない」
かわいそうなボブは彼女に手首を捕まえられている。まあ本人は気にしたふうでも無くいつもの冷静さを美しく保っているのであった。
「いえいえ、僕は見てましたから。聞いてましたから」
「あんた…相当なストーカーねえ」
お前に言われたくないという言葉を飲み込んで、僕はその会話の内容の詳細を事細かにそして正確に確実に忠実に声真似までして説明した。
全ては惚れた女のためやらなんとやらである。
「へえ」
僕の必死な演技を聞いた数秒後に、少々引いた面持ちで空野先輩はそうおっしゃった。
「はい」
そんなもんですよ、と言ってやった。
「まあ、いいよ」
空野先輩はそういうとすたすたとなめらかに音楽室へ戻っていた。それを見ていた見澤がにやにやしながら、迫真の演技だったねえなどと腸が煮えくりかえる言動をしたが、僕はそれよりぽとりと落とされたボブの方が優先だった。
「ボブ、大丈夫か?」
「はい。先輩の演技は、なんだかすごいですね。声の裏返りようとか。私はあんなに声が高いのでしょうか」
実は見澤とボブの台詞が同じだったりしたので、二人を合わせて声を裏返らせたまま叱ったのだった。

ボブと僕とそれから中田は相変わらずだったのだが、空野先輩はなにかあったらしかった。
そう、あのバスケ部の後輩と別れたらしい。小沢情報であるからきっと確かなはずだ。
それにより、僕と中田の縺れ具合よりも高速に悪化していったボブと空野先輩の関係はパート練習にも支障をきたすほどになり、斎藤先輩も困り果てる大問題となったのである。
「どうしたことか…」
もう、あと2日で演奏会じゃないの。と斎藤先輩はため息をつく。3年生最後の演奏会の目標は終わりよければ全て良し!のため、この状態では全てが否定されてしまうのである。
「しかも、あのボブの鈍感さかげんが状況をどん底にしてますよね」
ボブは空野先輩が「りょうやを取った!」と宣言していることに対して「私を好きになる人などいるわけがない」という対応をしているのだった。現に確実に中田と僕がいるので、ボブの見解は間違っている。しかも彼女の中では自分は醜い顔という立場にあり、「空野先輩は女神なのです」発言につながった。どんな褒め言葉だよ。
斎藤先輩はあの二人に何度か和解を持ちかけたものの―正確には空野先輩に―通るわけもなく、このままではゴジラの怒りも爆発してしまい、大変なことになるのである。
「そうだ!ボブがお前に告白すればいい!」
「その解決策に至ったプロセスを説明してください、斎藤先輩」
「いいか。お前の事が好きということにすれば、りょうや君とやらを取ったことにはならない」
「でもりょうや君が彼女のこと好きだったら…」
「それは彼女の責任ではない」
「でも惚れさせたとか言うんじゃなかろうか…」
「それは空野春子に魅力がないからである」
空野先輩もゴジラに言われたら終いである。
「なぜその標的というか被害者が僕なのですか」
このままでは、なんだか微妙な感じになってしまう。嘘で彼女が告白したのを私が本気にしたようになってしまうのである。もしも今後告白するとなれば。
「お前が彼女を入れたんだろうが」
「はあっ?」
「お前のせいでこんなになったということだよ」
「いやいやいや!空野先輩のせいではないのですか!」
読者諸君に【ボブが果たしてそんなことをやるのか】と思った方もいらっしゃっただろうが、ボブにとって基本的に先輩の言うことには絶対なので、部員全員の前でコマネチもやってくれたので、これはやってくれるという確信が我々にはあるのである。
僕の反論もむなしく、彼女がみんなの前で僕に告白するというなんとも安っぽい演技作戦が決行されることになった。斎藤先輩の練りに練り上げた試行の末にできた、ぐにゃぐにゃの突っ込みどころ満載の策である。これを聞いたボブは「了解です」とだけ答えたそうだ。なんだか振られた気分になった。

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