小説『おかっぱ頭を叩いてみれば』
作者:しゃかどう()

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実際のところ、芝居は実行されなかった。彼女が来なかったのである。斎藤先輩は憤り、僕はほっとした。
しかし、今日も来なかった。学校には何の連絡も来ておらず、九田先生は「無断欠席だ、無断欠席だ!」と怒っている。
部活は練習をしているものの、斎藤先輩は彼女の自宅にも連絡し、先生の方へ報告に行ったりと事件は解決していなかった。
僕は例の廊下に空野先輩とともに呼び出され、空野先輩はいい気味だと言う表情をしていた。見澤は終始苦笑している。「あのおかっぱ頭の肝の据わり様はすごいねえ」などと言ったので、僕が彼の胸倉をつかんだ時だった。
「少し、いいですか」
この間の少年が立っていた。いわゆる問題のりょうや君である。なかなかのさわやかな少年であったが、眉が整えられていたので、僕にとっては恐ろしかった。
「ああ、うん」
僕は返事をした。体育館の裏で話したいと言われ、殴られるのかとビビりながらついて行った。
「あの…」
少年は気まずそうに口を開いた。彼の背を見ながら、バスケ部なんてかっこ良い、と少女の様な視線を向けていた僕は我に返った。
「どうしたのかね」
「ボブ、ソロやれるのか。明日だろ?演奏会」
「ああ…。多分急きょ、空野先輩がやることになるだろう」
前日に来ないということは、当日にも出席できないと僕らの部活では意味づけられている。
彼女は、もちろんそれを承知していることであろう。空野先輩への罪悪感によってなされているのであれば…。
「そうなんですか…」
そんな会話でたどり着いた体育館の裏は、フェンス越しに団地が見え、地面にはたくさんの枯れ葉が生い茂っていた。体育館にはバスケ部が練習しているはずだ。きゅっきゅっと小気味よいスニーカーが地面を蹴る音が聞こえた。
「実は、その」
「うん」
「ボブ、虐められてて…。この間女子に蹴られていたの見たんです。俺も止めようとしたんですが、何しろ、キリカという女が中にいたもんで下手に突っ込めなくて」
彼は自分自身を責めるように下唇を噛んで俯いていた。ぎゅうと握りしめられた拳が彼の痛みを表しているかのようだった。
キリカはこの学校の最上級生で一番のリーダー格の女で、彼女に目をつけられたものは退学かあるいは入院になるらしかった。しかしながら、家柄がいいためか先生が彼女を恐れているからか、彼女に処罰はない。
「多分…ワタル先輩の事だと思う…んです。でも言いにくいし」
もそもそと足を動かして、僕は居心地の悪さを蹴散らした。
「でも、彼女は何の表情も示さなかった」
「は…?」
「ロボットみたいに。俺が見ているのは多分分かってて…でも…」
助けも何も求めなかった。
「場所は」
「体育館…倉庫」
「ああ…だから君はいたんだね…」
「裏口から入って、ずっと隠れてた…最低なのは分かってたんだよ…」
でも足も何も動かなくて…悲痛な叫びだった。僕ももしその場にいたら、彼と同じ行動をとっていた。だから、彼を責めることなどできなかった。
「キリカは彼女が気を失ったと思って、また出て行った。でも…彼女に意識はあった」
「…」
「それで、目をあけて、ぼろぼろの足で立った。俺は駆け寄ったんだ」
「うん」
「来ない方がよいです。練習に戻ってくださいって。そのまま行っちまった」
血とか埃まみれで…彼はそういうとガッと僕の腕を掴んだ。僕はその時彼の顔を見た。目は潤み、ゆがんでいた。彼にとっても彼女は大切なのだ。彼女はどんな人にも必ず痕跡を残して行く。それがきっと彼の心の中にも残っているのだろう。
「あいつの家…知らないか」
「知ってるから、僕も行こう。駅前なんだ」
「練習、大丈夫か?」
「なあに大丈夫さ。君は?」
「責任は取らなきゃいけねえ」
体育館裏にひそかに一本あるキンモクセイの木がもう花を散らしていた。なんだか、嫌な感じが心に広がった。

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