小説『おかっぱ頭を叩いてみれば』
作者:しゃかどう()

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そこそこ良いこのマンションに男子高校生(しかも一人はバスケ部のユニフォーム)が乗り込むのはいささか不自然だったが、それは緊急事態であるから仕方がない。
ポストに、【207安曇】と書かれていたので、土だらけのローファーとスニーカーで階段を駆け上がる。僕は息が切れたが、りょうや君は颯爽と駆け上がっていった。
ピーンポーン
「返事、ないな」
「ああ。もう一回押してみろ」
「わかってるよ」
ピーンポーン
ピピピピーンポーン
ピピピピピピーンポーン
「おいっ!開けろ!ボブ!」
「開けろって!」
借金取りの真似ごとのようにドアを叩く。夢中だった。キリカは容赦しないとの噂を聞いたことがある。彼女は相当な頭の悪い生徒なのにもかかわらず、この高校に入れたということは、つまりはそういうことなのである。
ガチャン。とドアが開いた。
「煩いです…」
おかっぱ頭は崩れていない。服装は制服の白いシャツに夏服のスカートで、きっちりかっちり、このまま出かけても大丈夫といえる格好だった。彼女に部屋着は存在しないらしい。白い玄関用スリッパは、彼女の潔癖さを僕に再確認させた。そして右目は紫色になり、口の端には切れた跡があった。長い紺のソックスで隠れた個所にも、きっとおなじような痣があるのだろう。膝にはサポーターが巻かれている。
彼女は僕たちの学校から来たままの少し埃っぽい服装を見て、躊躇わずに眉間にしわを入れ、汚いとだけ呟いた。
「何ですか」
機嫌が悪化したのか、ピリピリとした口調で彼女が問いただした。
「お前っ…、無断欠席とはいい度胸だなっ」
「ああ…先ほど、連絡を入れました。ちょっと寝坊してしまいまして…」
「それより!安曇…昨日は―…」
りょうや君がバッと前に出る。彼女は家の中からゆっくり出てくると、下に行きましょうと言って階段をおり始めたので、僕たちもついていく。りょうや君は遮られたのを不満に思ったのか、口をへの字にしている。ボブといえば、すたすたと足取り軽く下って行っている。
奥まった場所にあるエレベーターに乗り、するすると駐車場に下りた。その裏まで彼女は向かうと、キリッと振り返った。
「で、」
何なんですか、この異色のメンバーは。とまるで先生のように腕組みをして青白い顔に青筋を立てて彼女は言った。あまり感情を見せない彼女は最近感情をほんの少しだけ見せるようになった気がする。しかし、こんなに怒気を露わにするようなのは初めてだった。
「キリカに…殴られてるの…見て…ごめん」
「キリカ…ああ、昨日の」
金髪の方ですね、と納得したような声を出して、あれがどうかしました?と聞いてきた。低い声はコンクリートで固められた駐車場に響き渡った。
「殴られたんだろ。なんで平気な顔してるんだよ」
「平気じゃない顔っていったいどんなですか…。あ」
思い出したようにボブは僕に向き直った。
「部活、辞めました」

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