小説『おかっぱ頭を叩いてみれば』
作者:しゃかどう()

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屋上での素敵な出会いから、2日経った。今度は一人で屋上へ行こうと思い、席を立って弁当を持った。飴村が嫌な顔をしたのだが、気付かないふりをする。うすうす、彼が【はんなちゃん】を好きなのは理解できていた。
はんなちゃんは、多分彼の初恋の相手だろう。彼はいつも堅物で、優柔不断で、のさのさとなんの悩みもなさそうに生きていた。俺がそういう話を振ったところで、きちんと回答したためしがなかった。恋愛小説よりも推理小説、そういうやつだ。
「あ、いた」
彼女はやはり、メンロンパンをもさもさむっしゃむっしゃとひたすらに食っていた。右手にはパン、この間左手にあったはずの煙草はない。
「はんなちゃん」
声をかければ、そのおかっぱ頭をふさふさと振りまわして声の主を探している。俺一人しかいないのに、不思議だなあと思うと、ぱっと俺の方を見て頭を下げた。
「ワタル先輩…」
「屋上、好きなんだ」
「はい」
「友達と食べないの?」
「友達は、いないです」
彼女は、そんなことも抑揚のない声で喋っていた。
二人で壁にもたれかかっていたのだが、そんな不快な思いをさせてしまったにもかかわらず、顔もゆがめない。そして彼女は一向に顔を見ようとはしなかった。
「ごめん」
「いいえ。転校して来たときに、話しかけられて。あまり、人が…得意でないんです」
そういった後にまた、ぱくんとメロンパンを食べた。
「人見知り?」
「そうです」
「どこに住んでたの?」
「すいません」
ちょっと言えませんと苦笑した。どういうことだろうか、と思う前に、今日初めての笑みだなあなどと考えていたら、俺の沈黙を気まずく思ったのか彼女が話し始めた。
「今日は、飴村先輩といらっしゃらないんですか」
メロンパンの紙袋を音もたてずに畳んだ。
「ああ…今日は。はんなちゃんと仲良くなりたいと思って」
飴村の話。あまり良い気がするわけない。
「はあ」
それとなく言ってみるも、彼女は相当な鈍さを持つらしくどこ吹く風のようだった。
「煙草…好きなの?」
「…」
はっとした顔で、初めて俺の顔を見た。それが、どんな会話であれ俺は嬉しかった。今頃、飴村はどうしているんだろう。
「この間、煙草を銜えてて、すごい幸せそうというか、笑っていたから」
「においが」
好きなんです。と彼女は言ってふあふあと音がしそうな笑い顔をしている。もう心臓がどくどくどくと鳴って、脈拍が体中を揺らしていた。
煙草の匂いは普通の人だったら嫌うはずだ。
「好きなものはメロンパンと、煙草かあ」
「なにか、変ですか」
むす、と彼女は顔をゆがめた。たくさんの表情を知れた。飴村はこういう顔を知っているのだろうか。
「変じゃないよ。変わってるけど」
「…それは…変って意味じゃないんですか」
「違う。違う」
二人の声は、空虚で無機質な灰色の空間を満たした。
こんなに人を好きになったのは、恋に恋しているのではなくて、こんなに恋しているということは、ある意味初恋だった。
はんなちゃんのおかっぱ頭からは、金木犀の匂いがした。

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