小説『おかっぱ頭を叩いてみれば』
作者:しゃかどう()

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「メアド、交換しようよ。すっかり忘れていた」
屋上を出ようとしたとき、はっと気づいて彼女にそういった。彼女といえば、ぶんぶんとおかっぱ頭を揺らしてそれからうんうんとうなずいていた。一体なんの動作なんだろうか。
「…メアドですか」
その一連の動作が終わった後、もごもごと歯切れ悪く答える彼女だった。
「携帯、今持ってないの?」
「持っています」
ごそごそと例の白い携帯を取り出すと、ぱちりと開けて止まっている。実は…と言いにくそうな顔をしながら右足首をぐりぐりと回している。おかしな癖で、ぷ、と笑いそうになるのをこらえながら彼女の顔を見ていた。
「操作の仕方が、イマイチ分からないのです」
「え…まじかあ…」
驚くべき女子高生。若干引いた感は否めないが、顔を顰めて携帯と睨みあっている姿は少し子供っぽくて可愛らしい。伏せ目がちに逸らした目は、今更ながらに気付いたが、びっしりとした睫毛に覆われている。一重まぶたなのに、ばっちりと大きな目はこの睫毛のせいでもあるのだろう。
「やろうか」
「すいません」
お願いします、と言われたので遠慮なく赤外線でデータ交換をした。ちらりと見れば、大人しく彼女はそれを見守っている。飴村は、知っているのだろうか。ぶんぶんと頭を振る。人のデータを盗み見るなんて、それは卑怯じゃないか。
「なにか…」
彼女が不安そうな顔をしている。
「いやいや、何でもない。飴村とかともメールしているの?」
「いいえ」
「あ、そうなんだ」
飴村はやはり、ショウシンモノらしい。彼は初恋だから戸惑っているのだろうか。しかし、彼女と同じ部活なのだ。油断大敵。友人に好きな人をとられるなんて、どこぞのドラマでもあるまいし。などと思い彼女に携帯を返した。彼女の携帯には小さな鈴がついたみかんのストラップが結ばれていた。
「もうすぐ、授業が始まりますね。急ぎ目で帰りましょう」
ぱさぱさと階段を軽々降りて行った彼女を追いかけるようにして俺も続いた。残り香はやはりキンモクセイで、彼女は香水でもつけているのかと思ったが、彼女はそんな子には見えない。
イマイチ掴みにくい子だし、変わり者なのは分かる。
今まで付き合ってきた女子たちは縋りついてくるばかりで、なんの魅力もない奴らばかりだった。だが、彼女は違う。風のように去っていくけれど、それでも何かを確実に置いて行くのだ。

彼女のキンモクセイの秘密が分かるのは、それからずっと、後の事。

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