十一時を過ぎると、文学少女が大学に行くために画廊の奥の部屋から出てきた。
今日は一時限だけの授業らしい。
『ちょっと、二人とも何してんのよ?』
ちょうどその時、僕と上杉さんは、落ち着かないので、トランプでもやろうということになり、ソファでひたすらババ抜きのババを押し付け合っているところだった。
『あ、茉莉ちゃん!もう学校行くの〜?いってらっしゃい〜』
『いってらっしゃい〜』
僕も上杉さんに倣い、彼女に向かってそう言った。
『・・はぁ。いってきま〜す』
僕らがババ抜きしているのを見て、ため息をついた彼女は、だるそうに大学へと向かった。
『娘さんも、今日そのお得意さんが来ることを知っているんですか?』
僕は、上杉さんが僕の手札から、ババを引いていくを眺めながら聞いた。
『ううん。茉莉ちゃんには来ることは黙ってるんだよ〜。うわっ!また、ババだ〜!
二人じゃ、ババ抜きダメだね〜。あれ・・、で、なんの話だっけ?あ、そうそう。
茉莉ちゃんも、その人のこと知ってて、嫌っているから、来ることは黙ってるんだよ』
『そんなに酷い人なんですか?』
『う〜ん、まぁ、お客様は神様ですから・・』
上杉さんは苦笑いして、続けた。
『マサルくん、僕はね、日の当たらない画家の作品をどんどん売って、彼らにチャンスを与えたいと思っているんだよ。
画家が有名になるには、作品を流通させないといけない。一つの場所で留まってちゃいけないんだ。
グルグル回して、色んな人達の目に触れないといけないんだよ』
堂々とそう言うと、上杉さんは、何回もシャッフルした手札を僕に向けて選ばせた。
そしてまた、僕の手札にババが戻ってきた。
流通したババ。
『そう言えば、秋山先輩が買ったイルカの絵なんですけど、あれは本当に誰が描いたのか分からないんですよね?』
僕は唐突に思い出した。
『え?・・ああ、うん。あの絵は本当に作者不明だよ〜。何で〜?』
『実は、今思い出したんですけど、秋山先輩にあの絵の作者を探してほしいと頼まれていたんですよ・・』
ここ最近、引っ越しなど色々忙かったせいで、僕はすっかりそのことを忘れていた。
『う〜ん、はっきり言って見つけ出すのは、かなり難しいと思うな〜。
僕も、あの絵の作者を見つけられたら、色んな所に売りこんであげたいんだけどね〜。
仕事じゃ、それらしいのは、まるで聞かないから、まだ無名だと思うんだけどね〜』
そう言いながら、上杉さんは、また僕の手札からババを引いた。
『そうですか、やっぱり難しいですよね・・。それと、秋山先輩は本当にこの町に住んでいたんですよね?』
『うげ!!またババ!!静香ちゃんはね〜、うん。そうだよ〜。
今はもうないけど、ちょうど、この通りにあるアパートに住んでいたんだよ』
上杉さんは、画廊の外を指さしながら言った。
『気になるんですけど、先輩のご両親はどういう方だったんですか?
あのイルカの絵って、先輩が見つけて一人で売りに来たんですよね?
そのことを先輩のご両親は知っているんですか?
むしろ、あの絵の作者について知っているんじゃないんですかね?』
僕は、色々な事情がありそうで、秋山先輩には直接聞けなかったことを上杉さんに聞いた。
『静香ちゃん家・・・、う〜ん、複雑だったからねぇ・・。
僕もよくは知らないんだけど・・、彼女の家は母子家庭だったんだよ。
でも、おそらく静香ちゃんのご両親はどっちも、あの絵には関係してないと思うな。
静香ちゃんがあの絵を持って来たのは・・・、え〜と、彼女が高校生の時だから・・え〜と・・。
うん。まぁ、とにかく、あの絵を見つけたのはきっと、お母さんの実家、つまり彼女のお婆さんの家でだと思うよ』
『え〜と・・、あれ?ちょっと待ってください。先輩は、この福猫町を引っ越した後、お婆さんの家にいたんですか?』
僕は混乱した。
あまりに一気に、色々聞いてわけがわからなくなった。
『だから、とにかく、静香ちゃんのご両親は、あの絵について何も知らないだろうってことだよ〜。
もしも、何か知っているとしたら、むしろ彼女のお婆さんの方だろうね』
『・・はぁ、なるほど』
僕は一応、上杉さんの言葉に頷いた。
けれど、それもおかしいと思う。
もし、先輩のお婆さんがイルカの絵について何か知っているなら、先輩は直接お婆さんに聞いただろう。
僕はなんだか、よくわからなくなってきた。
『おっと、もうこんな時間だ〜。マサルくん、今日はちょっと早めにお昼休みにしてきていいよ。
一時半までには帰ってきてね〜』
また、ババが僕の所に戻ってきたところで、上杉さんはそう切りだした。
勝ち逃げか・・・。
僕は画廊にあるハト時計を見た。11時43分。
特にやることもないから、ここにいても休憩みたいなもんだなと、トランプを片づけながら僕は思った。
『上杉さんはお昼はどうするんですか?』
僕は聞いた。
彼も、今日は朝からここにいたはずだ。
『僕は裏でテキトーになんか作って食べるから気にしないで〜』
『・・そうですか。じゃあ失礼します』
そうして僕は、またいつもの楓で、いつもの上手くも不味くもないマスターのランチを食べに行くことにした。