小説『遠い町からやってきた。』
作者:加藤アガシ()

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僕はあまりに唐突な出来事に、ただ単純に驚いた。
彼女に突然殴られたハゲ頭は勢いよくふっ飛び、その巨体は後ろにあった棚に叩きつけられた。
そして、その棚の上からは、無造作に置いてあった包装用具がバサバサと落ち、倒れたハゲ頭を追撃する。

まるで、香港映画のワンシーンみたいだ。ブルースリーも真っ青。
僕はそのシュールさに事態にをうまく飲み込めない。
そして、おそらく上杉さんも。


『え・・、あのぅ、し、下田先生?』

『うあ”あ”あ”あああああああああッ!!!』


上杉さんが恐る恐る呼びかけると、ハゲ頭は発狂して、飛び起きた。
頭からは血が流れ、目は血走っている。

『このぉッ!!ガキがぁあああ!!!』

ハゲ頭はこっちに突っ込んでくる。
危ない!
そう思った時には、僕の体は自然に動き、文学少女の前に飛び出していた。
そして、次の瞬間、僕はハゲ頭に殴り飛ばされた。

『ちょっとッ!!?』

『マサルくん!?』

上杉親子はそう叫んだ。
倒れた僕に、文学少女が駆け寄ってくる。

『ちょっと、大丈夫!?』

とても、頬が痛い。
でも、たぶんそれだけで、問題はない。
僕は体を起こしながら、上杉さんが、ハゲ頭を羽交い締めにしているのを見た。
ヤツはまだ、興奮してフ―フ―言っている。
きっと、上杉さんが手を離したら、今度こそは文学少女に殴りかかるだろう。


『下・・田先生!!落ち・・着いて・・ください!!!』

『ふッざけるなッ!!!俺は客だぞッ!!!昔の恩も忘れやがってッ!!!このゴミ女ッ!!!!!!』

ハゲ頭はジタバタしながら、僕を介抱する文学少女を罵倒する。

『このゴミがッ!!ゴミクソッ!!!!』

『下・・田先生・・!!落ち・・着いて!!!』


罵倒された文学少女は、宥める上杉さんの腕の中で暴れるハゲ頭をキッと睨む。

『誰がゴミよ!!?あんたの方がよっぽどゴミでしょ!!!このクズ教師!!!』

『ああ”あ”あ”ッ!!?』

『先・・生!!茉莉ちゃんも!!!とにかく・・落ち着いて!!!』

ハゲ頭は、自分を押さえつける上杉さんの腕を振り払おうと必死だ。

『お前も・・!その手を・・放せッ!!馬鹿親がッ!!誰がコイツを助けてやったと思っているんだッ!!?』


僕は、必死だった上杉さんの顔が、一瞬曇ったことに気付いた。
しかし、一方の文学少女はその言葉で完全に火が付いたようだ。


『何が「助けた」よッ!!?あんたなんかに助けてもらったことは一度もないわ!!むしろ、逆よ!!このクズ!!!!』

『何だとッ!?人の恩を忘れやがってッ!!!だから、お前みたいなヤツは苛められてたんだよッ!!!!』


文学少女が苛められていた?
僕は思わず耳を疑った。
あんなに気が強い彼女が?

僕が思わず彼女の顔を見ると、彼女は唇を噛みしめ、その小さな拳を震わせていた。
その姿を目にした僕は、なんだか急に胸が苦しくなり、ハゲ頭を激しく憎悪した。
まったく、どうにかなりそうだった。


『下田先生・・・、茉莉ちゃんの前でそういうこと言っちゃダメでしょうに・・・』

しかし、どうやら、怒りがピークに達したのは僕だけじゃなかったらしい。
上杉さんの声の調子が変わった。
背筋が凍るような、とても冷たい乾いた声だ。

『ああ”あ”!?事実だろッ!!?それに、それを助けてやったのは、この俺だろッ!?』

『どこがよ・・・?』


ハゲ頭がどや顔でそう言い張ると、文学少女はポツリと呟いた。
まだ、その握られた拳は震えている。

『あんたなんか事態を悪くしただけじゃない・・?美幸が苛められたことも、最初から全部知っていたくせに!!!』

美幸?
僕は彼女の話がまったく読めない。僕だけじゃない。
上杉さんも、そしてなぜかハゲ頭も、彼女の言葉をうまく飲み込めず、ポカンとしていた。

『それに、あんたが何もしなければッ!!!あたしだって!!!』

『おい?ちょっとまて!どういう意味だ?』


彼女が肩を震わせてそう言うと、大分落ち着いてきたらしいハゲ頭がそう聞いた。
ハゲ頭は本当に、何も分からず、困惑しているようだった。
もちろん、言うまでもなく僕も困惑している。
ハゲ頭のその態度に、一層腹を立てたのか分からないが、文学少女は急に怒鳴った。


『もう、いい!!!死ね、ハゲ!!』


そして、彼女は、僕ら三人を置いて、倉庫から走り去っていってしまった。
当然、話の途中で突然取り残されたハゲ頭は、彼女に向かって怒鳴り返し、彼女の後を追おうとしたが、上杉さんは手を緩めない。
未だに、羽交い締めにされたままだ。


『マサルくん、茉莉ちゃんのこと頼んだ!』

ワーワー喚くハゲ頭を押さえながら、上杉さんの目は僕にそう合図した。
僕は無言で頷き、急いで彼女の後を追い、倉庫を後にした。

彼女の抱える事情もよく知らない僕が、一体彼女に向かって何を言ってあげれるのだろう?
しかし、その時は、そんなことは考えられず、ただ無心で、必死になって僕は彼女を追いかけた。












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