小説『遠い町からやってきた。』
作者:加藤アガシ()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>










僕が倉庫の外に出ると、画廊を出ていく文学少女の後ろ姿が見えた。

『まって!!キミ!!』

僕が叫んでも、聞こえていないのか、無視しているのか分からないが、彼女はそのまま走り去る。
そして、当然僕はそれを追いかける。

『まってって!!!おーい!!キミ!』

しかし、彼女は応じない。
それどころか、一層スピードを上げる。
とても早い。
普段から、まったく運動していない僕にはとても追いつけない。
小さい体なのに、どこにそんな力が隠れているだ。

『まてって!!!おーい!!キミ!』

いくら呼んでも彼女は一向にスピードを緩めない。
そして、そのまま、角の通りを超え、駅前通りを抜ける。


『まってって!!キミってば!!!』


もう限界だ。これ以上、僕は走れない。
この前の公園にまで来て、そう思った僕が最後の力でそう叫ぶと、突然、彼女は逃げるを止めた。


『ハァ・・ハァ・・あんた、しつこい・・。それにキミって・・ハァ・・、その呼び方、かなりキモい・・』

『ハァ・・ハァ・・、ごめん』

『あたしには、ちゃんと茉莉って名前があんの!マ、リ!!』

『ごめん・・、茉莉・・、ちゃん』

僕は上杉さんが呼んでいるように、彼女をそう呼んだ。

『ちゃん付けは、お父さんみたいでもっとキモい!呼び捨てでいい!』

『了解、茉莉・・・さ』

僕はなんとなく居心地が悪くなって、さんを付けようしたら、彼女の三白眼に睨まれた。
彼女には、なかなかの眼力がある。


『あの・・えっとさ、大丈夫?』

僕はハゲ頭のことを思い出し、何て言ったらいいのか分からず、そう聞いた。

『え?ああ、走ってたら忘れちゃったてた』

彼女はそう言って笑った。
僕はその笑顔になぜかドキッとした。




『あなたも聞いたと思うけど、あたし、中学の時に、その・・、苛められたの・・・』


一息つき、公園のベンチに腰掛けると、彼女は話し始めた。
きっと、誰かに吐きだしたかったんだろう。


『始めはね、あたしじゃなくて別の子が苛められていたの。その子は、その、あんまり自分のことを主張できる子じゃなくてね。
みんなから、馬鹿にされていたの。でもね、あたしは別にその子に対して、何も悪いことはしてないのよ。
そもそもあたしは、クラスに関わりを持ちたくない人間だったから・・。
でも、ある日、あまりにもその子に対してみんなが酷かったからね、あたしがイジメのリーダー格の子を殴ったのよ。
そしたら、それ以来、その子はいじめられなくなったわ。
標的が変わったのよ。正義のヒーローの、あたしにね』


『殴った?』

僕は思わず聞いた。

『ええ、その子が水をかけられているのを止めるためにね・・』

彼女は公園のテニスコートでテニスをしている大学生たちを見つめながら、続けた。

『結局、あの人達は誰でもよかったのよ。
退屈な日常にスパイスを加えられるなら、誰でもね。でも、最初はまだ良かったの。
ただ単に、嫌われて、悪口を言われているうちはね。
あたしが辛くなったのは、あのハゲ教師が注意してからなの…』

『注意?』

あのハゲ頭が?
僕は不思議に思った。

『そうよ、注意。あたしにとっては大迷惑だったんだけど、正義感の強い学級委員の子があいつに言ったのよ。
「上杉さんが苛められています」ってね。
あたしは教師に言うなんてそんなこと、これっぽちも求めてなかったのに。
そしたら、あのハゲ教師は、それをまた全校集会で言ったのよ。今でも忘れないわ。
「私のクラスの上杉さんが苛めに会っています。みなさんも苛めはやめましょう」』


あのハゲ頭ならいいそうだ。
僕は心の底から、彼女に同情した。


『それ以来、あたしに対しての苛めは、だんだん陰湿に酷くなっていったわ。
あたしが教師にチクったって言われてね。例えば、上履きを隠されたり、ノートを破かれたり・・。
そういうの、あなた分かる?』


僕は何も言えず、ただ頷いた。
そして、僕は、僕の中学時代に苛められていた女の子のことを思い出した。
確か、その子も、ひどい苛めにあっていた。
その子はそのうち、学校に来なくなってしまった。

『君は、それでどうしたの?』僕は聞いた。

『どうした?別にどうもしていないわ。ただひたすら、卒業するまで耐えたわよ。
別にどうしようもないわ。やられたことはやり返そうともしたけど、そう言うのって結局、馬鹿らしいじゃない。
自分もアイツらと同等の人間になってしまうのも嫌だったし・・・』


『あのハゲ頭はそれに気付かなかったの?その、君の苛めがまだ続いていることに?』

『気付くわけないわ。一応、表向きの苛めはなくなったんだから。
苛めることに飢えているアイツらはね、馬鹿な教師なんかより、よっぽど頭が切れるし、うんと狡猾だわ。
きっと、あのハゲ教師はこれからもずっと、あたしのことを自分が救ったって思い続けるんだわ。
アイツが余計なことしなければ、あたしはもっと楽だったのに・・・』

彼女はずっと、テニスをする大学生たちをぼんやり眺めている。

『じゃあ、なんで上杉さんはあんな奴に?』

『何で、媚びるかって?』

僕は頷いた。


『あなたは親に言える?「わたしは苛められていました。
先生が注意してから、もっと酷く苛められて、あなたに買ったもらった上履きをゴミ箱に捨てられて、登校するたびに毎日机をひっくり返されていました」って。
言えるわけがないじゃない。
お父さんはね、アイツが言うことをそのまま信じて、アイツにヘイコラしているのよ。
本当のことなんか何も知らないでね!
あたしがアイツを嫌いなのも、あたしが中学の時のことを思い出すから程度にしか思っていないのよ!!』


彼女がそう言いきってしまうと、僕はまた何も言うことができなくなってしまった。
彼女に何を言ったらいいのか分からない。
僕はあまりに無力だった。










-18-
Copyright ©加藤アガシ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える