小説『遠い町からやってきた。』
作者:加藤アガシ()

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彼女はなぜだか知らないが、いつも夜な夜な部屋から出ているようだった。
そして、この日も出ていたらしい。
コンビニにでも、行っていたのだろうか。
彼女は、上下スウェットという格好に、ダウンジャケットを羽織っていた。
しかし、髪型はいつも通り、編みこみヘアーで、歌手のミーシャそのものだった。


『君さー、今づkhsddcsdklでしょ!?』

『はい!?』


フナムシの部屋から流れる爆音のせいで、彼女が何を言っているのかよく聞こえない。

『だーから、lwdjfdhvdscんd!?』

やはり、何を言っているのか分からない。
僕がもう一度、ジャスチャ―で聞き返すと、彼女はめんどくさそうな顔で『こっちにこい』と僕を手招きした。
そして結局、僕は手招きされるがまま、アパートから大分離れた空き地にまで連れてこられた。

それほどまでに、フナムシのかけるアニメソングは大音量で鳴り響いていたのだ。
アパートの近隣の住人が、苦情を言いに来るのも時間の問題だろう。
僕は却って、自分一人だけが苦しめられる中途半端な音量じゃないことに、ほっとした。


『ここなら、聞こえるしょ?』

『ええ、もちろん』

ミーシャの問いに僕は答える。
彼女はいつも軽率な、というより好戦的なもの言いをする。
とは言え、挨拶程度の仲だったが・・。


『さっき、フナムシに文句言おうとしたでしょ?前に、アイツに構うなって言ったの覚えてなかった?』


僕は考える。そんなこと言われただろうか。
そもそも、できれば僕も、あんな奴に構いたくはない。
むしろ、アイツが周りに構って欲しいんじゃないだろうか。


『まぁ、どうでもいいけどさ、アイツに文句言うと、後からが面倒だよ。放っておくのが一番。明日、ジロウさんに言えばなんとかしてくれるだろうしさぁ』

『面倒って、どういう意味です?』

僕は色々おそろしい想像をする。

『前にさ、あいつの隣の部屋に男の子が住んでいたのね。そんであいつが、まぁ、今日みたいに始まっちゃったから、たぶん文句言いにいったんだろうね。そしたらその子、ゴキとかで仕返しされて、すぐ引っ越しちゃったわけだよ』

『ゴキ?』

『うん、ゴキのブリ子ちゃん。フナムシは期待を裏切らず怖ろしく陰湿だよ』


僕は部屋の中に大量のゴキブリを放流されるのを想像してゾッとした。
絶対に嫌だ。

『とにかく、明日、アタシ仕事休みだし、ジロウさんに言っておくよ。なんか知らないけど、アイツ、ジロウさんとキミ子さんの言うことだけは聞くんだよね。部屋追い出されちゃ、まずいからかね。まったくアイツも最初は普通だったんだけどねぇ』


そう言うと、彼女はダウンジャケットから、マルボロを取り出し吸い始めた。
僕も勧められたが断った。
僕はタバコは吸わない主義だ。
体に悪いことはしない。かっこいいとも思わない。
そう思い、ずっと吸ってこなかった。
しかし、星を見上げながら、白い煙を吐き出すミーシャは、まるで広告モデルのように決まっていた。
もちろん、スウェット姿ではあったが・・。


『君さー、何でこの町に猫がたくさんいるか考えたことある?』

『はい?』

彼女は突然切り出した。
猫?
僕はそう言われて、初めて考えてみる。


『きっと、住み心地がいいんじゃないですか?福猫町っていうくらいだし』

ミーシャは僕の適当な答えを鼻で笑い、続ける。


『君、インテリみたいな顔してんのに意外と馬鹿だねー。町の名前は後付けに決まってるしょ?猫が多いから、福猫町。そんな感じ。
アタシが聞いてるのは、そもそもなんで、福猫町って名前が付けられるくらい、この町に猫がたくさん集まってくるか?そういうことだよ』


『さぁ・・。何ですか?』

僕はお手上げだ。


『アタシの推測だと、きっと、ここには猫が好む何かがあるんだよ!猫の財宝みたいなお宝が!!!』

『・・・・』

『・・・・』


僕らはしばらく沈黙した。
彼女なりの冗談だったらしい。
そのパンクな出で立ちからは想像もつかないが、ミーシャは意外とひょうきん者なのだ。







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