小説『遠い町からやってきた。』
作者:加藤アガシ()

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それからしばらくして、上杉さんが僕に昼休みを知らせに来た時、僕はソファの上でスヤスヤと眠っていた。
ろくに寝ていないから、やはりこういうことになる。
もちろん、それは僕のせいではない。フナムシとヒノキさんのせいだ。


『マサルくん〜。勤務中の睡眠は職務怠慢だよ〜。給料ドロボーだよ〜』

上杉さんは僕を起こすと、冗談のようにそう言った。
彼はニコニコしながら注意するので、僕は逆に恐縮してしまい、何度も謝った。
この街に来てから少し、僕は気がゆるんでしまったのかもしれない。
気をつけなければ。
僕はもう二度と仕事中に眠るまいと心に誓った。


『うん、まぁ、今度から気を付けてね〜。それじゃあ、明日からの出張中任せないからね〜』

『はい、すみません!・・・え?、出張?』


出張?
上杉さんは何気なく、変なことを口にした。
出張って何だ?
僕は耳を疑った。


『うん、出張〜。僕、明日から何日間か、ここ開けるから〜。あれ?それは知ってた?』

『いや、聞いてないですよ!出張って、え?上杉さんどっかいっちゃうんですか?』

『うん、そうだよ〜。絵の買い付け&売りに行くんだよ。どっちかっていうと、ウチは横流しで稼ぐタイプの画廊だからね〜。BtoB、つまり法人向けの画廊ってことだね』

『へ?法人向け?』

『そうだよ〜。僕はこう見えても、目利きのバイヤーなんだよ〜』


僕はその時、衝撃の事実を知った。
この画廊に客が、まったく来なくても潰れないのは、そういうことだったのか。

この画廊は、他の画廊や、絵を扱う法人に、上杉さんが買いつけた作品を横流しにする仲介業のようなものだったのだ。
そう考えると、この画廊に新人作家の絵ばかりあるのも頷ける。
一般の客への商売は、オマケみたいなものだったのだ。

僕はひと月経って初めて、このやわらか画廊の儲けの仕組みを知った。
と言うより、よく考えれば分かったはずなのに、僕は何も考えないただのマヌケだったのだ。
僕のしている店番が、この画廊の仕事の全てだと思い込んでいた。


『そうか!だから、上杉さんはいつもどこかに行っているんですね?いつも、てっきり、ブックオフでずっと立ち読みしているんだと思っていましたよ』

『え?』

『え?違うんですか?昨日の八つ橋のおみやげとかも、買いつけの仕事とかじゃ・・?』

『え?』

『え…?』

どうやら、彼のいつもの徘徊は仕事とは関係のないものらしい。
上杉さんのきょとんとした顔で、僕はそのことを知った。

『ま、まぁ、とにかく僕は明日からいないからよろしくね〜。分かんないことあったら、茉莉ちゃんにでも聞いてよ。
じゃあ、とりあえず、今はお昼休みどうぞ〜』

『は、はぁ・・どうもです』

僕は、なんだか色んなことがありすぎて、頭の中がぐるぐるした。
とにかく今は、何も考えたくないことにしよう。
僕はそう決めた。









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