小説『遠い町からやってきた。』
作者:加藤アガシ()

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駅前に着くと、さっそく僕らはビラを配り始めた。
正直、僕はこんなビラを配ったところで、誰も受け取ってはくれないと思っていた。
ポケットティッシュじゃないし、こんな変なビラだし・・。
しかし、なぜだか分からないが多くの人があっさりと、そのビラを受け取ってくれた。
中には、『超かわいいー』とマスターの描いた豚のイラストを絶賛する女子高生までいた。

そうして、学生やら、主婦やら、老人などにビラを受け取ってもらう度に、僕はなんだか自分自身が受け入れられているような不思議な感覚に囚われた。
もちろん、単純にこの福猫町の住民たちがやさしいだけなのかもしれないけれど。
とにかく、受け取ってもらうのは悪い気分ではなかった。
むしろ、僕は嬉しくなってきた。


『ねぇ、これを受け取った人たちは楓に来ると思う?』

僕とは違い、クールに配っていた茉莉は出しぬけに言った。
彼女はこういう仕事が苦手らしい。(もちろん、僕だって得意じゃないけれど)
僕は彼女を元気付けるように言った。

『でも少なくとも機会があれば行ってみようと思うんじゃないかな。広告ってそういうものだよ。こういう店もあって、こういうことをしているんだっていう概念を覚えてもらうんだ。イツカのためにね』

『ふーん・・。元広告マンの見解としては、一応意味はあると読むのね。じゃあ、そのイツカっていつ?』

『イツカはイツカだよ。そういうのはタイミングの問題なんだ』

『ふーん・・』


それから、僕らはただひたすら黙々とビラを配り続けた。
正直な話、僕は茉莉に言われるまで、自分が配るビラを受け取ってもらうことが嬉しくて、受け取った人たちが楓に来るかどうかなんて考えていなかった。
しかし、実際にこうして配っていると、広告の『効果』よりも、まず『伝える』ことの方が僕はよっぽど大事に思えた。
広告会社で働いていた時は、ただの小間使いだったから忘れていたけれど、もともと僕は絵を描くことなど『伝える』ことが大好きだったのだ。
僕は、意外にもヒノキさんのお陰で大事なことを思いだした気がした。

『おいでよぶー』

そして、僕はビラを受け取ってくれた学生の後ろ姿を見て、こっそり呟いた。
マスター・ノリスケの『伝えたいこと』を代弁しているのだ、僕は。











ビラ配りが終わると(大体30分もしないうちに配り終えてしまった)、茉莉は、まだ楓に帰りたくないと言った。
それほどまでにヒノキさんに会いたくないらしい。
だから、僕らは駅前の本屋に入ることにした。
彼女がそうしたいと言い出したからだ。

もちろん、僕は『昼食を食べるために帰りたい』と一応主張したが、彼女によって即刻却下された。
茉莉曰く、本屋で時間をつぶし、ヒノキさん達には、僕らはまだビラを配っていることにするらしい。
そして、この時点で僕は『本日は昼食抜き』を覚悟した。
まぁ、茉莉と二人でどこかで食事するのはなんとなく気まずいので、それはそれで別にかまわなかったのだが。


『何か探している本でもあるの?』と僕が聞くと、

『別に。見るだけ』と彼女は答え、文庫本の書棚へと向かった。

僕は、読書好きな茉莉と一緒にくっ付いて歩いていたら『邪魔をするな』と言われそうなので、そのまま彼女を放っておいて、一人本屋の中をぶらぶら見て歩き、目についた美術雑誌を手にとった。
『特集・美術展入賞作品図鑑』と表紙にはある。
僕はパラパラとめくり、掲載された美術展入賞作品とやらを眺めた。
僕からしたら、どれもこれもどこかで見たことあるような絵、あるいは深い意味がありそうで、実は何も意味がないんじゃないかと思えるような退屈な絵ばかりだった。

彼らの絵は一体誰が評価したのだろう。
そもそも、『表現』に順位をつけること自体おかしな話だ。

僕はその雑誌の入賞作品に納得いかなかった。
もちろん、そこには『僕だってこのくらい描けるのに』という成功している画家たちへの嫉妬心もあった。
しかし、そんなものとは関係なしに誰でも無条件でハッとさせられる絵はきっとあるはずだ。
大きさや、書き込みの量、テーマなど関係なしに。

僕は例のイルカの絵を思いだした。
まさしく、あの絵こそ、無条件でハッとさせられるものだった。

やはり、あの絵は評価されることを目的としていないアマチュアの画家が描いた絵なのだろうか。
しばらく思考をめぐらした。

それから僕は、本屋の雑誌内で『イルカの絵の作者』探しを始めた。
当然、無意味と思いつつも。
しかし、もしかしたら、プロとしてどこかに載っているかもしれない。
可能性があるなら調べる価値はあるだろう。



だんだん作者探しに躍起になってくると、もう会計を済ませたらしい茉莉がやって来て言った。

『ねぇ、まだ帰らないで平気なの?もう2時20分よ』

『え?』

気付くと僕は、昼休みの時間を長く取りすぎていた。

『職務怠慢の次は、職務放棄かい?』

僕が急いで画廊に戻ると、上杉さんはそうニッコリ笑って出迎えてくれた。
意味深な感じに。








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