小説『遠い町からやってきた。』
作者:加藤アガシ()

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『あの二人が…?』


僕は衝撃の事実に驚いた。
あの引きこもりのフナムシに親がいたなんて。
いや、もちろんいて当然なんだけれども、なぜだか意外に感じた。
それほどまでにフナムシは浮世離れしていたからだ。

『たぶん一人暮らししている大学生の息子に会いに来たってところだろう?息子は引きこもっているのに・・』

ヒノキさんが言うと、茉莉は聞いた。


『あの二人は、そのフナムシという人が引きこもっているってこと知らないみたいなんですか?』

『ああ、知らないんだろうな・・・。俺が知っているっていったら、自慢の息子だって笑ってたぜ。もちろん、言えるわけないしな。「オタクの息子さん、引きこもってますよ」なんて言ったら、あの二人、きっと発狂しちまうぜ』


自慢の息子か・・・。
確かに、この街にある大学(フナムシが通っているのを見たことがないけれど)は、この辺じゃ、割と頭の良い大学らしい。
もちろん、茉莉もその大学に通っているから、彼女もそういうことなんだろう。

僕はコーヒーを飲んでいる夫婦を再び、覗いた見た。
フナムシは髪が伸びきっていて妖怪のような風貌だから、似ているとかそういうことは分からなかったけれど、なんとなくあの二人がフナムシの両親であることに違和感を感じなかった。
きつそうな教育ママと、子供に無関心そうな気の弱い夫。
『なるほど、なるほど』と僕は一人頷いた。
家庭環境による性格形成。
僕は失礼な考察を始めた。







夫婦がコーヒーを飲み干し、席を立つと、茉莉はレジに立ち、彼らの会計に当たった。(僕はレジの扱いが分からないので、二人が使ったコーヒーカップの片づけに当たった)
きつそうなオバサンは会計を済ませると『さっきの子に、よろしくね』と言って、顔を綻ばせて店を後にした。
きっと、ヒノキさんがおべっかでも使ったのだろう。
フナムシの母親は、そういうのに、いかにも弱そうだ。

『どうなるんでしょうね?あの二人がアパートに行って息子の現状を知ったら・・・。ひと雨きそうですよね・・・』

僕が二人を見送り、心配してヒノキさんにそう言うと、彼は楽しそうに笑った。


『さぁな。まぁ、とにかく面白いことになるんじゃないか?これは見ものだな』

見ものか・・・。まったく、この人は。
僕はまたフナムシのせいで眠れなくなるんじゃないかと怯えているのに、彼はむしろこの状況を楽しんでいる。
なんというお気楽さだ。

そして、ヒノキさんは、マスター・ノリスケと一緒に、自分が作った余った定食をムシャムシャ食べ始めた。


『こんなに、うめぇのに・・・。これを食わないなんて頭がおかしいんじゃねぇかな、あの夫婦・・』


はぁ・・。
その言葉に僕は思わず、ため息をついた。







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