小説『遠い町からやってきた。』
作者:加藤アガシ()

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『うあ”あ”あ”あああぁぁあああ!!!!!!』




その声に目を覚ますと、僕は枕元の目ざまし時計を見た。
時刻は深夜3時35分。
やっぱりそうなるよなぁ。
フナムシだ。
予想通り、フナムシのシャウトは始まった。



あれから、僕とヒノキさんが楓の仕事を終えてアパートに帰ってくると、さすがにフナムシの両親の姿はなかった。

しかし、フナムシの部屋の前には『何か』があったことを思わせるには十分すぎるほどの生ゴミが散乱していた。

おそらく、引きこもりのフナムシが両親を帰らせるために、それらを武器として利用したのだろう。
ヒノキさんはそれを見て、『可哀想に・・』と誰に向けてだか分からないが呟くと、ホウキとチリトリでそれを片づけた。
当然、フナムシの部屋の前の通路に散らかったゴミは、アパートの住人みんなのゴミでもあるのだ。(ちなみに、隣のヒノキさんの部屋の前も生ゴミでめちゃくちゃだった)

フナムシは一体何を抱えているのだろうか。
どちらにしても僕は他人に迷惑をかけれる彼の神経が分からない。



ドゥンインドゥンイン!!
ドゥンインドゥンイン!!



ひとしきりシャウトが終わると、今度はアニソンが始まった。
相も変わらず、大音量だ。
いや、むしろ以前よりも音が大きいかもしれない。
部屋の窓がびりびりと揺れるのを見て、うるさい以上に部屋が壊れないか僕は不安になってきた。

さて、どうするか。

ヒノキさんは、もしパーティが始まったら、仕返しに行くと言っていたけれど、どうなのだろう。
ミーシャから聞いたゴキブリを使った復讐をされるのも怖い。
もちろん、ヒノキさんにはそのことを重々話しておいた。

僕は前と同じようにしばらく悩んだ。
どうしたらいい。頭脳を使え。頭脳戦でフナムシを鎮めるんだ・・。


と、僕が何か良いアイディアはないか考えていると、僕の部屋のドアが叩かれていることに気付いた。
フナムシのアニソンのせいでしばらく気付かなかったのだ。


僕が出ると(もちろん、確認してから)、ヒノキさんが部屋に入ってきた。


『おい!fdjjふぃjぢくぞ!!!!』

『はい!!?』

やはり、大音量のアニソンのせいでよく聞こえない。
さながら、LIVEハウスだ。



『い く ぞ』


ヒノキさんは大きく口でそう僕に伝えてきた。

いくぞ?
冗談じゃない。アイツの所に直に言ったら、復讐される。
僕は『い や で す』と同様に口の形で彼に伝える。


しかし、ヒノキさんはお構いなしに僕の腕を掴んで、無理やり僕を部屋の外へ連れ出した。
僕は抵抗するが、腕の力じゃ、ヒノキさんにはかなわない。

行くなら一人で行ってくれ。
僕はぶんぶん腕を振り回すが、結局、階段を下せられ、爆音が響き、ドアがブルブルと振動するカオスなフナムシの部屋の前まで引っ張ってこられた。

そして、ヒノキさんは一瞬、抵抗する僕のことを見るとニヤリと笑い、僕の腕を掴んでいない方の左手でフナムシの部屋のドアを力強く、何度も叩いた。



ダァンダァン
ダァンダァン



僕はブルブルと震えていた。
それが冬の寒さのせいなのか、異形のフナムシへの怯えなのか、大音量で流れるアニソンの振動のせいなのかは分からない。
とにかく、フナムシは正常じゃない。ヤツはおそらく狂っている。


そして、ヒノキさんがドアを叩きはじめてから、何秒たっただろう。(僕はものすごく長く感じた)


突然、ピタッとアニソンが鳴りやみ、静寂が訪れた。
その静けさは空気を凍らせた。


『でてくるぞ・・・』


ヒノキさんが呟いた。
僕は思わず生唾を飲み込む。


ギィィィィィッ・・・。



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