小説『遠い町からやってきた。』
作者:加藤アガシ()

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秋山先輩は、待ち合わせ場所のファミレス『ムーチャン』に30分近く遅れてきた。
昨日の夜、僕がやわらか画廊から自宅のアパートに帰ってくると、出張から帰ってきたという、先輩の留守電メッセージがあったのだ。

『ごめんね〜、マサルくん。なかなか仕事で抜けられなくて・・。まったく、出張終わって、こっちに戻ってきたばっかりなのに・・・
人使いが粗すぎるわ。あの会社・・』

『いや、気にしないでください。おつかれさまです』

秋山先輩は席に着くといなや、すぐに、大声で店員にホットコーヒーを頼んだ。
その声で、ムッとした顔で振り返った男性店員は、先輩が美人であることが分かると愛想よく返事し、すぐにコーヒーを持ってきた。


『どうもありがとう』

店員にお礼を言った先輩は、いかにも仕事ができそうな美人OLといった感じだ。
とは言っても、もともと大学時代からそんな感じで、基本的にほとんど変わっていないけれど。
強いて変わったことと言えば、髪色が明るくなり、ゆるいウェーブかかったことくらい。
だけど、オシャレな先輩のことだから、きっとそれもまた、すぐに変わるのだろう。


『それが私が頼んだ絵?』

『あ、はい、そうです。どうぞ』

僕は、包装箱に入っているイルカの絵を先輩に手渡した。

『ありがとう!!お金いくらかかった?』

先輩は僕から絵を受け取ると、中身も確認せずに、すぐにイルカの絵の代金と、さらにプラスアルファした手間賃をしっかり払ってくれた。

『本当にありがとうね〜。本当は私が出張から帰ってきてから、取りに行っても良かったんだけどね。
なかなか休みとれそうになかったから、マサルくんにお願いしちゃったの』

『いや、別に構わないですよ、それは。どうせ暇ですし・・・。それよりも、回してくれる仕事って、あの画廊って何で教えといてくれなかったんですか?』

『あ、余計なお節介だった?求職中で可哀想なマサルくんへのサプライズだったんだけど・・』

先輩はコーヒーを啜りながら、楽しそうに言った。

『いやいや、サプライズって。そりゃ、驚きましたけど・・』

そういう問題ではないだろう。

『あのね〜、前から思ってたけど、マサルくんみたいなウジウジ虫は、あーいう、まったりした所でゆったり働くのがいいんだよ。
ぴったりじゃない?画廊の店番。綺麗な絵に囲まれて、ゆとりある絵画愛好家たちにだけ、ニコニコして接客してればいいんだから。
どうせ前の仕事だって、なじめないから辞めたんでしょ?』


図星だった。
僕は、自分が思った以上に仕事ができず、周りにもなじめなかったので耐えきれず、広告代理店を辞めた。
就職が決まった時は、結構大きな会社だと、同期生の友人に自慢していたはずなのに。


『だから、就職活動前にアドバイスしてあげたじゃない。マサルくんに広告業界は合わないって。あーいうのはねぇ、もっと口が立つ人がやるもんなの』

仕事で疲れているのか、何か広告業界に思い当たる節でもあるのか、先輩は一転、ちょっと刺のある口調で言った。

『で、やわらか画廊で働かないの?』

『とりあえず、他にいい転職先が決まるまで置いてもらおうと思っています。店主の上杉さんもそれでいいって言ってくれたんで。
明日、一応面接なんですよ。あくまで、形だけの面接だそうですが・・』

『うん。それでいい。君はあそこで上杉のおじさんの生き方を学ぶといいのだ』

『はぁ・・』


僕は、上杉さんののらりくらりした話し方と、奇妙な出で立ちを思い出した。
確かに、僕もあんな風にお気楽になれたら、もっと人生が楽しいだろうな。

『ところで、そのイルカの絵はもともと、先輩があそこに売ったものだって本当ですか?』

僕は上杉さんのことを考えてたら、彼が言っていたことを思い出した。

『え?そんなことまで、おじさん話しちゃったの?』

『ええ。先輩は元々、あの福猫町で生まれたって聞きましたよ』

『うん、そうよ。小学3年生くらいまで、あの町に住んでた。おじさんの所の画廊も、そのときによく通ってたのよ。
私、絵が大好きだったし。まぁ、色々、親の関係で、結局引っ越しちゃったんだけどね・・』


『・・そうですか』

先輩はなぜか、影のある低い声で話したので、僕はそれを察し、先輩の生い立ちについて、それ以上聞くことを止めた。
大抵の人がそうであるように、先輩にも色々触れられたくない部分があるのだろう。

『じゃあ、そのイルカの絵の作者も、誰だか分からないって本当ですか?』

僕は空気を変えるために話を変えた。
でも、それだけじゃなく本当に、あんな風に、美しいイルカの絵が描ける画家は誰なのか知りたかったのだ。

『実はそのことなんだけどさ・・・このイルカの絵の作者を、マサルくんが探して出してくれない?』

『・・はい?』

先輩の突然の言葉に僕は耳を疑った。

『・・マジですか?』

『うん、マジです。お願い!!』

出た。先輩のお願い。
僕は大学時代からずっと、彼女のお願いをたくさん聞いてきたのだ。

『えっと、それは・・何のためにですか?先輩の仕事とは関係なく・・ですか?』

『うん、そう。仕事とは一切関係なく。実はね・・・、昨日までの出張先の美術館で、このイルカの絵について、知っている人がいたの。
その人は、その美術館の学芸員で、もう70過ぎのお爺さんなんだけどね・・・。で、最初は、そのお爺さんと今まで見た中で、一番感動した絵の話をしてたのよ。
まぁ、そういう話は、仕事柄、結構よくするんだけど・・。でもね、そのお爺さんが話す絵に、私どうも覚えがあったの。
で、どこで見たんだっけ?って考えてたら、突然思い出したの!!もう私、びっくりしちゃった。本当に驚いたのよ。
だって、お爺さんがもう一度見たいって話しているのはまさに、この私が昔売った、このイルカの絵、そのものなんだもの。
そりゃ、驚くわよね?自分の家に置いてあって、自分が売った絵を、知っている人が主張先にいただなんて。
だから、私知りたいのよ。この絵が、どういう経緯で私の家にあったのか。そして、どこの誰がこの絵を描いたのかを』


先輩はいつになく真剣な顔でそう言った。
先輩が僕に向けて、こういう顔をするときは本当に本気なのだ。

『その学芸員のおじいさんは、そのイルカの絵をどこで見たって言ってたんですか?』

『それがね、残念なんだけど・・・絵しか覚えてないらしいのよ。そのお爺さんも学芸員だから、結構な色んな所で絵見ているだろうしねぇ・・。
手がかりが、まるでないから、こうしてマサルくんに捜査依頼しているのよ』

『いやいや、先輩の方が、そういう絵を扱う会社で働いているんですから、色々、探しやすいんじゃないですか?』

『もちろん、私だって一応、一通り当たって探してみたし、これからだって探すわよ。でも、まったく分からないの・・』

『じゃあ、僕だって無理ですよ。何の情報もツテもないですもん』

『いやいやいや、マサルくんには、新しくやわらか画廊という、立派なツテが出来たじゃない?
画廊で働いていれば、色々情報が流れてくるんじゃない?』

もしかしたら先輩が、僕にやわらか画廊への就職を勧めたのは、そういうことなのかもしれない。
まったく、先輩はめちゃくちゃだ。
画廊の店主の上杉さんだって、イルカの絵の作者が誰なのか分からなかったのに、素人の、この僕がどうあがいても探せるわけがない。
はっきり言って、可能ゼロだ。
やるだけ無駄とはまさに、このことだと僕は思った。

なのになぜか、僕は本気の先輩のお願いには逆らえず、やるだけやってみますと答えていた。
彼女のお願いには、いつも、やるだけやるのだ僕は。











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