小説『遠い町からやってきた。』
作者:加藤アガシ()

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ファミレスで秋山先輩と別れた後、僕はコンビニで、明日の面接のために履歴書を買って自宅に帰り、自分の履歴を書いた。
雇用主であるやわらか画廊の上杉さんは、形だけの面接と言っていたから、履歴書がなくても気にしないだろうとは思ったけれど、心配性の僕は一応用意することにしたのだ。
正直、志望動機欄には、何を書いたら良いのか迷ったが、結局、『絵に興味があり、多くの絵画に触れ、造形を深めたい』など、なんだかウソ臭い訳の分からないことを適当に書いて、その余白を埋めた。
僕の場合、いつだって流されるままで、志望動機なんてあってないようものなのだ。


翌日、僕は朝早くに起きて、始発の電車にのり、ふたたび福猫町へ向かった。
福猫町は僕の住んでいる岩熊駅から大分距離が離れているので、やわらか画廊での仕事が正式に決まったら、この町に引っ越す必要があるかもしれない。
電車での移動中、僕は、今度はどんな所に住もうか、まだ見ぬ新しい新居のことで、頭がいっぱいになった。
あくまで、その新居も、次の仕事が決まるまでの間だけの予定だけれども・・。

やわらか画廊についたのはおおよそ10時10分前だったけれど、さすがに僕の面接があることを上杉さんも覚えていてくれたみたいで、画廊はもう開いていた。

『おっはよ〜!マサルくん。今日はいい天気だね〜』

僕の姿を見かけると、すぐに笑顔で迎えてくれた画廊の店主の上杉さんは、今日も、一昨日とまったく同じ変な格好をしていた。

『おはようございます。今日はよろしくお願いします』

僕はおじぎした。

『いやだな〜、そんなかしこまらなくていいよ。一応の形だけの面接って言ったでしょうに。
今日はなんていうか、マサルくんが、どういう人間なのかを知るための面接、というか会談?みたいなものだよ。
でもまぁ、スーツで来てくれた時点で、君のキャラクターがなんとなくつかめるけどね』

そう言うと、上杉さんは僕の一張羅のスーツをジロジロ眺めた。
まるで、スーツという服を生まれて初めて見たという風に。

『いや、一応、面接にはスーツかなと・・』

僕は、彼の視線に気まずくなって答えた。
そして、やっぱり普段着で来ればよかったと思った。

『う〜ん、やっぱり画廊店主としては、スーツも悪くないなぁ。今度、僕も買いに行こうかな〜』

上杉さんはひとしきり僕のスーツを眺めた後、そう呟き、画廊の真ん中の、テーブルをはさんで対になっているソファの片方に座り、その対面側のソファに僕を誘導した。
画廊の店内は天気が良かったので、吹きぬけになっている二階の窓や、円状のガラスばりの天井から、日光が強く差し込み、一昨日に比べ、よりキラキラ輝いていた。


『ここはすごい建物ですよね。こんな洒落た建物ってあんまりないんじゃないですか?』

僕は思わず言った。

『いいでしょ、ここ。実は実は、僕が設計したんだよ。僕はもともと設計士だったりするのだよ』

『ええ、本当ですか?』

上杉さんは得意そうに続けた。

『まぁ〜ね〜。これでも昔は、業界でちょっとした有名人だったんだよ〜。
レトロで斬新、かつゴキゲンな家を建てる若手建築家・上杉国男!!!ってね〜』

『へぇ〜、すごい・・』

僕は驚くと同時に、なんだが風変わりな彼なら、どんな偉業を成しててもおかしくないような気もしてきた。

『でも、じゃあ、なんで今は画廊をやってるんですか?』

僕はそう尋ねた後で、しまった、失礼なことを聞いたかもしれないと後悔したが、上杉さんはヒョウヒョウと答えた。

『う〜ん、なんていうかな〜、有名になればなるほど、ものつくりの喜びはなくなるんだよね〜。
つまり仕事として割り切らなくちゃいけなくなるというか〜。
でさぁ、依頼主の注文も多くなって、それにハイハイ従ってたら、自分がどんどん嫌いになってきちゃってさ〜。
だから、思い切って、設計士はおしまいにして、父親がやっていたこの画廊を継くことにしたんだよ。僕は絵も好きだしね〜』


『なるほど・・』

僕はひとまず、上杉さんが自分の意志で設計士をやめたらしいので、ほっとしたが、自分と比べ、彼がとてもうらやましくなった。
僕も広告会社を、自分の意志で辞めたとは言え、彼みたいに格好よく(あるいは、潔く)、プライドのために止めたわけじゃない。
どちらかというと、僕の場合、追い込まれて嫌になって逃げ出したという感じだった。


『あ、そうだ!!お茶お茶・・』

『いやいや、おかまいなく・・』


突然、僕が遠慮する間もなく、上杉さんは画廊の奥のドアを開けて行ってしまった。
この画廊の奥はおそらく彼と、彼の娘の文学少女の居住区になっているのだろう。

唐突に一人、画廊に取り残された僕は、キョロキョロ画廊の中を見回してみた。
一階は、大体平均的な学校の教室くらいの広さで、壁一面に絵画が奇麗に並べられている。
僕が美大時代に学んだような大御所の有名作家の作品は、もちろんなさそうだったが、今流行りの若手作家の作品だとわかるものは何点かあった。
どうやら、このやわらか画廊は、若手作家や、新人作家の絵を多く取り扱っているらしい。
僕は、大体自分と同世代の作家が活躍していることを妬ましく思った。

一階の端には、簡単な作りの鉄骨階段があり、そこを上れば、一階と同様に、何点かの作品が並べられている二階に上がれるようだった。(とは言っても、吹き抜けになっているから、二階は狭い渡り廊下のような感じだが)
一方、その反対側の端には、長年使われていなさそうな(少なくとも僕がイルカの絵を買った時は使わなかった)レジスターが置いてあるカウンターと、そのカウンターの裏に一昨日、文学少女に入れてもらった地下倉庫へと続く、階段があった。

そう言えば、今日は文学少女はいないのだろうかと僕が思うと、ちょうど、お茶を持って上杉さんが奥のドアから戻ってきた。


『おまたせ〜。マサルくん、緑茶で良い?』

『あ、はい。すみません、ありがとうございます』

『どういたしまして、はいどうぞ』

上杉さんは僕にお茶を渡すと、姿勢を正して言った。

『じゃあ、一応の面接ということで、今度はマサルくんのこと聞かしてもらおうかな〜。じゃあ、まず、前の仕事は何で辞めたんだい?
まさか悪いことはしてないよね・・?』

『もちろんしてません』

僕は、カバンから、職歴も書いてある履歴書を取り出し、上杉さんに渡し、続けた。

『以前はこの広告代理店に勤めていたんですが、どうも仕事に馴染めなくて・・。
学生の時は、僕は想像力とか、その手のものに自信があったので、広告業界に向いてると思って就職したんですが、実際、広告の世界に入ってみると、想像力以前に、主張だったり、コミュ二ケーションが求められたんです・・。
僕は特別、会話が苦手とか、そういうわけではないんですか、何というか・・、押しが弱くて・・』

僕は半分嘘をついた。
僕は正直、会話だって苦手だ。
嫌いじゃないけど、苦手だと思う。

『なっるほどね〜、まぁ、良く知らないけど厳しそうな世界だもんね〜。広告代理店ってどういう広告作る会社だったの?有名なやつ?』

『え〜と、CM制作会社で、たぶん知っていると思いますけど、マリン社のお口快適・四色ガムのCMとか、作っている会社だったんですよ』

『へ〜、知ってる知ってる!あれ作った会社で働いてたんだ!じゃあ、結構大きいとこだよね〜?』

『いや、まぁ・・、僕は本当に下っ端で、ただの小間使いでしたけど・・』

確かに僕の勤めていた会社は、テレビCMなどで、なかなか実績のある制作会社だった。
そこで僕は、CM撮影のためのロケハンや弁当の手配、スケジュールの管理などの雑用をやらされていた。
しかも、朝から晩まで怒鳴られっぱなしで、かなりハードに。
そもそも、なぜ、こんな駄目駄目な僕が、そんなところの入社試験に受かったのかは今でも謎だ。

『小間使い、影山マサル・・・。うん、いいね!
静香ちゃんもそう言ってたけど、君は真面目みたいだし、信用おけそうだ。
まぁ、若干、押しが弱くても、画廊には問題ないかな・・。基本、商談は僕がやるしね。
君は、最初は一般のお客さんの相手してもらったり、雑用してもらうくらいかな。うん。
仕事について、なんか質問あるかい?』

『じゃあ、あの・・、聞きにくいんですが、給料と、勤務時間について聞かせてください』

『おお、それは確かに大事なことだ!まず、勤務時間は、火、木が定休日で、時間は10時〜6時くらいまでかな。
給料は・・え〜と、そうだな〜。もちろん働きによって変えるけど、最初はこのくらいでどうだい?』

上杉さんはピースしながら言った。
20万・・・。
まぁ、大体その程度だろう。
むしろ、割といい方かもしれないと僕は思った。

『オーケーです。ありがとうございます。それと、僕は今、岩熊に住んでいるんですけど、この町に引っ越してきた方がいいですよね?』

僕は来る時に考えていた新居のことを思い出した。

『そうだね〜、そりゃできれば、引っ越してきてもらいたいけど・・。
う〜ん、そうだな〜。本当は、画廊と僕んち、くっ付いているから、住み込みにしてあげてもいいくらいなんだけど・・
年頃の茉莉ちゃんもいるからな〜』

僕はその申し出に正直ハラハラした。
僕は他人の家族と一緒になんて暮らせない。
僕は基本的に一人でいる方が好きなのだ。

『お、そうだ!!格安のアパートを紹介してあげられるかもしれない・・。面接が終わったら、この後、隣の喫茶店に行こう!』

『え?喫茶店?』

僕は一昨日寄った文学少女と、無愛想なマスターがいた落ち着かない喫茶店『楓』を思い出した。

『喫茶店に何しに行くんですか?』

『ふっふっ。行けばわかるさ・・。迷わずいけよ・・・BY猪木ってね。
あっ、そうそう。ちなみに、あそこで茉莉ちゃん、バイトしてるんだよ〜』

『ああ、知ってます。一昨日、行ったので。それで娘さんに会って、ここを開けてもらったんですよ』

『え〜、なんだ〜。もう知ってたんだ〜』

上杉さんはなぜか残念がっていた。

『そういえば、今日は娘さんはいないんですか?』

僕は、『今たまたま思い出しましたよ』みたいな言い方で聞いた。


『おっ、気になっちゃう感じですか〜?』

『いや、別にただ、いないのかなと思って・・』

本当に単純にそう思っただけだ。
僕はもっと素直でふわふわな子が好きだったからだ。

『ふふ、茉莉ちゃんはね、今日は朝から大学だよ。高いお金払ってるんだから、まじめにお勉強してもらわなくちゃね。
これからは、マサルくんにもお給料払わなくちゃいけないし・・』


上杉さんはそう言うと、思い出したかのように、真面目に僕の履歴書に読み始め、僕の書いた適当な志望動機や、趣味の『絵を描くこと』などについて軽く触れ、質問した。
彼は、絵が本当に好きみたいで、僕が美大時代に描いた油絵の話などに、やたら反応して質問した。

どうやら僕は、このやわらか画廊への就職が決まりそうだ。
僕はひとまず、ホッとした。










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