面接というか会談のようなものは、大体40分くらいで終わった。
とは言え、後半はひたすら、上杉さんによる芸術論講座になっていたが・・。
『さてと・・・、面接、お疲れ様でした〜。じゃあ、一応、来週から働いてもらえるかな・・?』
『はい。よろしくお願いします!!』
僕はここぞとばかりに、気合いを入れて言った。
一方、上杉さんはゆるりと答えた。
『は〜い、こちらこそ〜。うんじゃあ、そろそろ11時だし・・、楓に行こうか〜?』
なんだかよく分からないまま、僕は上杉さんに連れられて、やわらか画廊の向かいにある喫茶店『楓』へと向かった。
僕は正直、この喫茶店には二度と来るつもりはなかった。
それほどまでに、店員の態度がひどかったのだ。
もちろん、文学少女も含めて。
しかし、改めて店構えを見ると、やわらか画廊と雰囲気がよく似てることに僕は気付いた。
レトロかつ、エレガントなレンガつくり。
『もしかして、ここも上杉さんが設計されたんですか?』
僕は気になって聞いた。
『そうだよ〜』
相変わらず、上杉さんはニコニコして答えた。
やっぱり、この人はすごいなと、僕は改めて感心させられた。
『おっす!!!ノリちゃん!!』
上杉さんは喫茶店に入るやいなや、愛想よく、マスターに挨拶した。
そして、無愛想なマスターも一応、それに答えた。
『おう、国男か・・。こんな時間にめずらしいな・・』
『へへ、ちょっとね〜。あと、ノリちゃんさ〜、このマサルくんが来週から、僕の所で働くからよろしくね〜』
上杉さんは僕の肩に手を置き、そう言って、マスターに僕を紹介した。
『・・どうも、よろしくおねがいします』
僕はマスターに軽く会釈して、そう言った。
『ああ、この前の・・』
『うんうん、一昨日も、マサルくん、ここに来たらしいね。で、マサルくん、彼はここの店主のノリスケ。通称・ノリちゃん。僕の同級生なんだよ』
『へ〜、そうなんですか・・』
上杉さんが、今度は僕にマスターを紹介すると、マスター・ノリスケは何も言わず、会釈というかなんというか、顎を、クイッとニワトリみたいに突き出した。
『マサルくん、ノリちゃんは怖い顔しているけど、いい奴だからね。きっと、色々よくしてくれるよ。ね?ノリちゃん?』
『まぁ・・、お前がそう言うなら・・、よろしく』
マスターはそう言って、もう一度僕に向かって、例のニワトリ会釈をした。
それを見て、上杉さんも満足したようだった。
確かに、同級生と言うだけあって、二人は親しそうだ。
しかし、変な格好をして若々しい上杉さんと比べ、マスターはビシッと洗練されたワイシャツを着ているので、二人はとても同い年には見えなかった。
『じゃあ、ノリちゃん。いつものスペシャルブレンドと・・、え〜と、マサルくんは何する?』
『え?ああ、じゃあ、同じのを・・・』
『あいよ』
上杉さんと僕のコーヒーの注文に、マスターは、またもや、めんどくさそうに答えた。
彼が無愛想なのは、特別、僕に対してだけではなく、もともと彼が無口でぶっきらぼうな性格のせいだと、僕はなんとなく分かってきた。
『じゃあ、いつもの席に・・、座ろう・・かね〜』
上杉さんは、一昨日、僕が座った席に座り、僕を手招きし、対面上に座らせた。
『もう、そろそろ来ると思うよ』
一体、誰が来るというのだろうか。
僕が上杉さんの言葉に不思議がっていると、一昨日の品の良い老夫婦が店内に入ってきた。
『こんにちわー』
『こんにちわ〜、ジロさん、キミさん』
上杉さんは入ってきた老夫婦に手を振って、あいさつした。
『あら〜?こんにちわー、上杉さんに・・・、アナタ!?またここに来ているの?』
上品でオシャレなお婆さんは、上杉さんと、僕の姿を見るといなや、すぐに話しかけてきてくれた。
『イルカの絵はあったかい?』
僕が答える前に、今度は、一昨日と同じ席に腰かけたお爺さんが質問してきた。
彼も、お婆さんと同様に品が良く、清潔で洒落たセーターを着ていた。
『はい。おかげさまで無事に買うことができました』
僕は愛想よく答えた。
『それはよかったわね〜』
お婆さんも椅子に腰かけるとそう言って、ほほ笑んだ。
きっと、この人は、若いころはさぞ美しかったんだろうなと僕は思った。
もちろん、今だって奇麗だが・・。
『ところで、上杉さん。こんな時間にどうしたの?めずらしい。この子と、知り合いなの?』
『いやいや〜、知り合いというかなんというか・・。彼は、色々あって僕のところで働くことになった影山マサルくん。
以前この町に住んでいた、ほら、あの秋山さんの所の、静香ちゃんの後輩だそうで・・。これから、色々よろしくお願いしますね〜』
『ええ?あの静香ちゃんの・・・?』
『よろしくお願いします』
僕は上杉さんに紹介されて、二人に向かって挨拶した。
それにしても、この二人も秋山先輩のことを知っていることみたいで僕は驚いた。
『で、今日は、このマサルくんのことで、お二人にお願いがあって来たんですよ〜。
マサルくん、この二人は、駅前の『グリーンハイツ』というアパートの管理人をやっていられるんだよ』
なるほど。
僕は、上杉さんがこの二人に用があると言ったことに合点がついた。
しかし、正直、僕は自分の新居は自分で選びたかった。
なぜなら僕は、清潔でオシャレなアパートじゃないと満足しない。
『引っ越してくるの?』
上杉さんの言葉で全て理解したらしいお婆さんが聞いてきた。
知的な見た目通り、なかなか頭が切れるようだった。
『はい。でも僕は・・』
『引っ越してくるなら、ウチのアパートに住むといい。ちょうど、ひとつ、部屋は空いているよ』
さっきと同じく、僕がお婆さんの質問に答え終わる前に割り込んだお爺さんは、ニコニコしながらそう言ってくれた。
ただ、彼はお婆さんとは違い、僕と上杉さんが最初からそのことを頼みに来たことを分かっていないみたいだった。
『はい、それはありがたいんですが・・』
『はい、おまち!』
今度は、マスター・ノリスケが僕の話を割って、僕と上杉さんの注文したコーヒーを持ってきた。
しかも、勢いよく置いたため、コーヒーが少し零れた。
『あ、マスター。あたし達もいつものお願いね』
『はい、了解しました』
お婆さんが注文すると、マスターはノシノシ、カウンターへと戻っていった。
『えっと・・、そうそう、ジロさん、そのことを僕らは頼みにきたんですよ〜。ジロさんの所なら、マサルくんも安く住めるだろうって思って』
上杉さんは話を戻した。
『ウチのアパートは、小遣い稼ぎの趣味でやっているようなものだから、割とリーズナブルなのよ』
お婆さんは僕を見て、にこやかに説明してくれた。
もちろん、僕だって安い方がいい。
しかし、やっぱり何よりも、僕が優先するのは清潔でオシャレなことだ。
そうじゃないと、どんなに安くても満足しない。
上杉さんと、老夫婦の二人には申し訳ないけれど、僕はきっぱり、自分で決めると、断る必要がある。
よし、僕は気合いを入れた。
『あ、あの・・、本当に有難い話なんですが・・・』
『それより、君は、いつ、ここに引っ越してくるんだい?いつ、ウチのアパートに来る?いつから画廊で働くんだい?』
お爺さんは、またもや割り込んだ。
彼はちっとも、僕の話なんて聞いちゃいない。
・・はぁ。
もういいや、住まいなんてどこでも。
彼らに新居を委ねよう。
僕は流れに逆らわないことにした。