小説『コメディ・ラブ』
作者:sakurasaku()

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ここはとある県のとある山の中にある小山村という村だ。


地味な名前から想像できる通り、我が村の自慢は大自然だ。まあもちろん大自然だけを売りにする我が村にはこれといって何の産業も観光地もない。主な公共施設は役場、駅、小・中学校が一つずつあるだけだ。


それでも私を含め、村の人達はまあまあ楽しく生活している。(と思う)


正直、この村にいると服装なんてどうでもよくなる。この村に来る前までは服装に気を使っていたような気がするけれど、今日もジャージ、明日もジャージ、明後日もジャージだ。


自己紹介が遅れたけれど、私は山村美香、27歳。職業は小学校教師をしている。


もちろん今もジャージ着用中。日焼け対策に近所のおばちゃんからもらった農作業帽子をかぶり、村自慢の小山川で獲物を捕獲している最中だ。


6月なのに、このくそ暑い日には、くるぶしほどの水位の小山川は水が冷たくて気持ちいい。




今日は獲物がどんどんとれる。いい調子。よし、もう一回、そう思い再びしゃがみ込んだ、その時。


「お母さん」


遠くから誰かが叫ぶ声がする。誰か若者が里帰りでもしてきたのだろうか。


「おかあさーん!!」また叫ぶ声がした。


声がどんどんと近づいて来る気がする。


「おかあさーん」


ひょっとして私?そんな馬鹿なと思いつつも振り向くと、30代ぐらいの都会風な男が駆け寄ってくる。その後ろからテレビカメラ、撮影スタッフらしき人が小走りについてきている。


「お母さんこんにちは」


都会風の男がさわやかな笑顔で話しかけてくる。


「お母さん?」


この男は芸能人のようだ。しかしそんなことどうでもいい。


今まで感じたことがないような怒りがふつふつと沸いてきた。こっちのことはお構いなしに芸能人風の男が両手を広げて大げさにアピールする。


「素晴らしい大自然ですね。マイナスイオンが気持ちいい。ねえお母さん」


体中から殺気という殺気を放出しながら言った。


「……私まだ27でお母さんでもありませんが」


芸能人らしき男が慌てながら色んなことをごまかそうと言う。

「あっすいません……いやあ太陽が眩しすぎて顔がよく見えなかったな」


「今曇ってますけど」。


凍りついた雰囲気をなんとかしようと、芸能人風の男は自分の顔を得意げに差しながら尋ねてきた。


「そ、そういえばぼくのことご存じですか?」


不審に思いながらも芸能人風の男の顔をみる、何か思い出した気がして。


「あっ」と言ってはみたが、やっぱりわからない。


けれども、さも当然かのように芸能人風の男は答えた。


「気づいちゃいました?参っちゃうな〜」


やっぱりどれだけ考えても知らない。


「やっぱわかんない。」


芸能人風の男はテレビ番組のように大げさにこけた。なんだこの男は。もう相手しているのも面倒になった。


「ちょっと邪魔だからむこういって。はいカメラさんごめんね」とカメラの前を通り過ぎ、川岸近くでピンセットを取り出ししゃがみまた作業に取り掛かった。


芸能人風の男はむっとしたように見えたが、営業スマイルを見せ、再び近寄ってきた。


「お姉さん、今何してんですか?」


「虫とってんだよ」


「虫?虫?なんの為に?」


「食べるためだよ!!!」


「ひえ!」


芸能人風の男は驚きのけぞった。つくづく大げさな男だと思った。もうこいつに関わりたくない。
ここで紹介が遅れたがこの地域では川の虫を佃煮にして食べる文化がある。ひぃって感じだけども伝統食で結構おいしい。今じゃ東京にも少し出荷しているらしい。(多分)


「……この地方はみんな食うんだよ」


芸能人風の男はカメラの方を急に振り向き報告をし始めた。


「緊急事態です。虫を食べる人を発見しました。まさかこの現代の日本に虫を食べる人がいるなんて」


自分の中で何かが切れた。


「虫食べて何が悪いんだよ!?この村の食文化馬鹿にしてんのかよ!」


男は必死に首を左右に動かし答える。


「馬鹿にしたわけじゃないんですよ。」


男は再びカメラのほうを向き小声で報告した。


「変な人とあっちゃいました〜♪」


年齢と共に穏やかになったとはいえ、このウルトラスーパー短気な私にはもう限界だ。


私の怒りを察したらしく、男はふざけたポーズをとり、さらに畳み掛けてきた。


「ごめんなちゃいちゃい」


「ふざけんなよ」


自分が怒ってることをとりあえず知らせたかったので、お決まりの指をポキポキならしながら男に近づく。他のスタッフ達はおろおろしているがそんなこと関係ない。


男は後ずさりしだした。


「おい、待て、俺は天下の晃だぞ、5000万人が真実の愛に涙した伝説のドラマ、ラブアゲインの主人公なんだぞ」


「ぷっ。何だよ。そのドラマ知らねえな。っていうか真実の愛?ってなんだよ」


男が真実の愛なんていうあまりにも陳腐な言葉を当然と口に出したので、思わず吹いてしまった。


「真実の愛は……真実の愛なんだよ」


私は心底愛だの恋だのいう人種が嫌いだ。心の底からこの言葉がでてきた。


「くだらねえ。なんだよその陳腐なドラマは?」


段々と男もイライラしてきているのがわかった。上等だ。やってやる。


「……fランクの女が俺のこと馬鹿にしやがって。」


「fランク?」


マネージャーらしき男がダメダメと晃に合図を送っている。


「そんなこともわかんねえのか。お前みたいな、不細工で性格も悪い女はな、最下位のfランクなんだよ」


美香は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。わかっちゃいるけど、改めて言われるとこれほどショックな言葉はない。


「晃さんやめてください。一般の方ですよ!」マネージャーらしき男が必死に叫んでいるのが遠くで聞こえる。


「ついでに言うと、Fランクの女達は俺としゃべることすらおこがましいんだよ。」


その言葉で我に返った。天罰だ


「最低な男だな。鏡でもう一回自分を見てみろよ」言い終わると同時に激しく拳をかかげ攻撃するふりをして、男の肩をそっと指で押してやった。


「うわぁ」普段なれない川にいるであろう男は案の定後ろに倒れた。


ばしゃーんという大きな音が周囲に響き渡る。


スタッフ達が晃さんと叫んでいたがもう遅かった。男は川に見事にしりもちをついてびしょびしょだ。


「次はこんなもんじゃ済ませねえからな」


なんだか安い捨て台詞を吐いてその場から立ち去ってやった。
もう2度と会うことはないだろう。会ったとしてもこれ以上のことをする勇気はない。
この平穏な暮らしを失いたくはないからね。




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